06
遥か遠くの中央大陸から、クルスペーラ王太子の新たな花嫁候補であるフィオがやって来て一週間が過ぎた。
『ねぇ、聞いた? あの赤毛女の子、大層な戦艦で護られながらやってきたけど。本当にクルスペーラ王太子の花嫁候補として登録されたらしいわよ』
『えー本当に、大丈夫なの? だってあの女の子って、本当に貴族の御令嬢かどうかすら分からないんでしょう。そんな子を島で受け入れちゃって平気? 子供だからって、大陸から送り込まれたスパイかも知れないじゃない』
『けど、大陸公爵の血縁者だって噂もあるし、断れないんじゃないの。それに、今の王妃様は大陸の出身者だし、何かしらの繋がりがあるのかも』
実のところ赤毛の少女フィオの出自は、世間には隠されている部分が多く、何故彼女がペリメライドの次期王妃に相応しいとされるのか疑問を抱くものも現れた。しかし、庶民の声など無視してどうしても大陸推薦のフィオを次の王妃にしたがる派閥が王宮内にいた。
ある満月の夜、王宮に勤める魔導師達が定例会と称して魔術儀式の計画を相談していた。黒いフードを目深に被り、お互いの顔ははっきりとは見えないが、志しを同じくすることが彼らにとっては重要なようだ。
『ようやく、フィオをこのペリメライドへと呼ぶことに成功しましたな。まずは、第一段階突破というところか』
『だが、喜ぶのはまだ早い。我々にとって必要なのは今現在の少女フィオではなく、【伝説の赤毛の魔女】だ。彼女は赤毛の魔女を現世に降臨させるための依代にしか過ぎんよ』
彼らの目的は、伝説の赤毛の魔女をこの世に降臨させることに他ならなかった。フィオそのものが魔女という訳ではなく、魔女になるのに相応しい器を持っていると見込まれたのだろう。
『しかも、我々が求める赤毛の魔女はかつて実存していた魔女狩りに遭っていた普通の魔法使い達ではない。人々の魔女に対する畏怖の念が生み出した現象としての正真正銘の魔女なのだ。架空とされていた魔女の意識集合体をフィオの体に取り込み、本物の魔女を我々が生み出す』
『ようやく、悲願が果たされますな。この島が女神信仰のただの田舎の島だった頃に、赤毛の魔女の依代を送り込んで国を造った。そしていよいよ、数百年の時を経て我々魔術団体の計画が遂行されるのだ!』
かつて、ペリメーラ島周辺海域に大陸の公爵と赤毛の少女が流されて来て、命を島民に救われたことがあった。その時の少女こそが、現在のペリメライド国の始祖である赤毛の王女フィオリーナなのだが、彼女の存在は歴史から揉み消された。最終的には島民達の手により処刑された女王の記録は、きっと次世代にとって不都合だったのだ。
初代女王の記録はきちんとした形では残らず、中央大陸とペリメーラ島を行き来する限られた魔導師の一族達だけがひっそりと覚えていた。
『初代女王フィオリーナ様が処刑されたのは、自分の身に赤毛の魔女の魂を魂として降ろすことが出来なかったからだ。建国の際にフィオリーナ様が赤毛の魔女として目覚めて下さっていれば、今頃我々魔導師は肩身が狭い思いをせずに済んだ』
『だからこそ、今から儀式を始めるんじゃないか。ご先祖様達が果たせなかった赤毛の魔女による新たな楽園の支配を。今度こそは、赤毛の少女フィオの肉体を用いてな!』
彼らは赤毛の少女フィオを王妃にすることを目標としながらも、フィオという個人の人格は赤毛の魔女として上書きしてしまい、さらにはその魔女でさえ自分達の傀儡として考えていた。つまりは、都合の良い傀儡を作り出して自分達がこの島の真の支配者になろうとしていたのだ。
そして、支配を求める理由の根源には長きに渡り、自分達を魔法使いというだけで差別をしてきた【非魔法使い】達への復讐心である。同胞であるはずの魔女の少女の肉体を生贄にしてでも復讐を果たそうとする彼らは、もはや魔女よりも醜い心の【悪魔】に他ならなかった。
* * *
自分が依代として狙われているとは夢にも思わないフィオは、次の日に他の花嫁候補と会うのを楽しみに眠りについていた。夢の中では、生まれて初めての友達と楽しくお茶を飲んでいる自分が描かれている。それが儚い夢に終わるか否かは、まだその頃は分からなかった。




