06
一方、病によりこの世を去った網元の娘ヒメナの魂は、懐かしい神殿の女神様の元へと送られました。
「ん……うん。ここは何処? 私は一体……」
『ヒメナ、ヒメナ……あぁ貴女はこの世での役割を終えてしまったのですね。ごめんなさい、以前と違って今の私には、この島の住民に深く干渉するチカラが残されていないの。島民の信仰が殆ど消えているから……』
「その声は、女神様。そうか、私ついに病気で死んでしまったんだわ。私の方こそごめんなさい……最近は忙しさのあまり神殿に通わなくなっていたもの。きっとこれが私の寿命だったのね」
ヒメナが辺りを見渡すと、どうやら神殿の上に位置する雲に足をつけているようでした。不思議なことに、雲の中にある泉から地上の様子を伺うことが出来ます。
『島に干渉するチカラを失った代わりに、こうして雲の中に出来た泉に魔法をかけて島の様子を時折見るようにしているのです。それですら、大きな変化があった時しか見えなくなっているけど』
「今は、泉が輝いているわ。ということは、大きな変化が島の中で起きているということなのでしょうか?」
『えぇ、とても大きな変化が起ころうとしています。この島に正式な国が出来るそうなのです。女神信仰を離れて、自分達で独立すると……けれど、それを先導しているのは大陸の魔女の血を引くフィオリーナなのです。上手くいけばいいのですが……』
* * *
「今日より、ペリメーラ島はペリメライド国を設立し島民は女神信仰に縛られず、国の自治は自分達の意思で行うのですっ!」
族長の妻フィオリーナだけは女神信仰に立ち返ることを反対し、女神から独立し自分達の国を造ることを提案しました。外部からやってきたフィオリーナが国を仕切ることを快くない者もいましたが、生まれながらにして女神信仰に縛られている島民には建国が出来なかったのも事実。
『ねぇ、どう思う? 次期族長の妻フィオリーナさんがこの島に新たな国を作るって。あの子、中央大陸から移住してきたよそ者なのでしょう? いくら族長一族に嫁いだからって、まさか王族になるつもりだったとは』
『けどさ、オレ達じゃ生まれついての女神様との契約に縛られて、国家を造るなんて不可能じゃないか。これも島の運命だと思って、国造りを任せたらどうだろう? もしもの時は、義父の族長が何とかしてくれるさ』
『フィオリーナは南国蚕のお世話係から随分と出世したもんだね。本当……まぁよそ者の嫁を使い、王族になるつもりなのは族長の意思ですかなぁ」
中央大陸領主の手助けもあり、族長の一族は国の王家に、網元の一族や農家の長などはそれぞれ貴族となりました。
(網元の娘ヒメナの一族が伯爵の爵位を得てしまったのは気に入らないけど。流石に網元の家を私情だけで潰すわけにもいかないし。はっ……私ったら今、まるで悪い魔女のような考えをしてしまったわ。恋敵のヒメナも愛しいクリス様もこの世にはいないのに)
自分の中で芽生えてしまった悪い魔女の心にフィオリーナは動揺しつつも、忙しさの方が勝る日々が続きます。
『女王フィオリーナ様、今日も一段とお美しい。どうでしょう? 大陸の豪華なドレスを購入されては……ペリメライドの魚介類や真珠を売れば、ちょっとした贅沢など容易いもの』
『そうね。夫もなく、女王だけで国を治めるのは至難の業、少しばかり豪華なドレスを使って他国を威嚇するのもいいでしょう』
『宮殿はやはり、海の国にふさわしいカラーリングで。他国が唸るような宝飾を飾ってみては?』
『えぇ! この島の財は、天からの授かりものだわ。けれど、宮殿が大きくないと他所の国にそれすら理解されないっ。認めさせるのよ! ペリメライド国の偉大さをっ』
建国の知らせを受けて、海外から続々と貿易や宮殿建設の誘いがやって来ると、あっという間にフィオリーナの心は闇に染まっていきました。
ペリメーラ島は正式にペリメライド国を建国。これまで鉱山に眠っていた島の金や宝石などの財を使い、王族にふさわしいドレスをたくさん購入し、思わず唸るような宮殿が完成します。そして、フィオリーナの心も宮殿のように尊大に、プライドは果てしなく高いものになっていきます。
島民から忘れ去られた女神は、この状態を寂れてしまった聖地からひっそりと見つめています。
『私から島民を奪ったフィオリーナ。優しかった赤毛の少女はもう居ない……やはり貴女は赤毛の魔女に変わってしまった。ペリメーラ島もペリメライド国となった今や、すっかり変わってしまった』
女神の涙は宝石となり、泉にこぼれ落ちました。が、その涙ですらフィオリーナの贅に使われる道具と化してしまいました。




