07
女王フィオリーナが鉱山に眠っていた金や宝石などをつぎ込み建築などをし続けて、ペリメライド国は建国から三十年の歳月が経ちました。
農村のみで成り立っていた頃に比べると、立派な宮殿・観光客を受け入れるための港・土産屋や飲食店が並ぶストリート・凄腕の剣闘士が魅せる円形闘技場など島そのものが見違えるようです。
その代わり、女神信仰を行う者はすっかり見られなくなり、女神のためのお祭りすら暦から消し去ってしまいました。そして、貴族階級が良い暮らしをする反面、路上生活を余儀なくされる貧困層も増えていきました。
『あぁ。女神信仰がある頃は、全ての民が食うに困らず、寝る場所に困らなかったのに』
『この島はもう女神の島じゃない。赤い髪の女王フィオリーナ様のものなんだよ』
すべてが女王フィオリーナの願い通りに進んだように見えましたが、何十年経っても若く美しい容姿のフィオリーナを妬む者が出てきました。中央大陸から嫁いできた王子の嫁や、移住してきた貴族達です。
『フィオリーナ様は、年齢の割にあまりにも若く美しく、その顔にはシワもシミも黒子すらない。なのに、手の甲には不思議な火傷の跡がある。赤い髪といい、以前からまさかとは思っていたが彼女は魔女じゃなかろうか』
『中央大陸では赤い髪の魔女は全て魔女裁判で滅ぼしたとされていました。けれど、まさかこんなところに生き残りがいたとは……』
『不吉じゃ、不吉じゃっ! 国そのものは栄えたが、庶民の暮らしは良くならず、貧富の差は広がるばかり。それもこれもフィオリーナ女王の度を超えた贅沢のせい……この島が赤い髪の魔女に乗っ取られる前に、魔女を滅ぼすのじゃっ。皆のもの、団結せよっ!』
「「「うぉおおおおおおおっ」」」
* * *
結局、フィオリーナは魔女狩り思想を持った中央大陸の貴族と不満を抱えた島民達に捕まり、処刑されることになってしまいます。
最後の数日を過ごした場所は、何の因果か彼女が若い頃に働いていた南国蚕のお世話小屋でした。
「今思えば……可愛い南国蚕達を、絹を得る為に熱い湯で煮込んで殺した日々だった。その日が来るまでは精一杯お世話をして愛情を注いでいたつもりだったけど、やっぱり恨まれていたのかしら。そしてその方法で、同じ心で私は国を造った。ごめんね……蚕も庶民達も……」
『フィオリーナ、フィオリーナ……泣いているの?』
孤独の中で涙を零しながら南国蚕や貧困を強いた庶民達に懺悔するフィオリーナの前に、かつての恋敵網元の娘ヒメナの霊魂が現れました。
「貴女は網元のお嬢さんヒメナ! とっくの昔に死んだはずなのに、まさかまだこの世を彷徨っていたの? もうすぐ私は死ぬけど、私と一緒にいたら天に昇るどころか冥府に堕とされるわよ。さっさと何処かに……」
『まぁまぁ。最後の語らいなんだから、少しくらい良いじゃない。それにね、私ただ単に島に留まっている訳じゃないの。神通力が効かない女神様の手足として地上と神殿を行き来していたのよ』
久しぶりに話すヒメナは見た目に似合わず、精神的には年齢を重ねているようでした。若い娘時代は少しでも強い口調で責められると逃げ腰になる性格だったはずですが、今では嫌味を聞き流す余裕が見えます。おそらく、霊魂としてこの世に残留していた分の年齢が魂に加算されているのでしょう。
「そう……つまり、貴女は女神様の遣いって訳ね。赤い髪の魔女の悲惨な最期を見届けに来たのでしょう」
『随分と弱気なのね、魔女の癖に。それとも、本当は魔女でも何でもないのかしら』
赤い髪というだけで魔女疑惑をかけられたフィオリーナ自身も、自分が魔女か否かは分からずじまいです。
「はっ! 皆、私の事を魔女って呼ぶけど魔法なんか殆ど使えないの分かっていて、馬鹿にしてるんだわ。ねぇ知ってる? 中央大陸の伝説では本物の魔女は時の糸を紡いで時間を逆行する事が出来るのよ。あの糸車を使ってね」
『あぁ……あれは、蚕の繭から絹を得るための糸車。そう……貴女が本物魔女だったら、アレを使って時間を元に戻せたのね』
「きっとその伝説を知っている誰かが、私を南国蚕のお世話係なんかに推薦したんでしょう。実際は、作業中に手に酷いやけどを負っただけの赤毛の娘だったし。魔女疑惑は次第に無くなったんだと思うけど。あえて言うなら族長の息子のクリス様を貴女から奪ったことが魔法のような奇跡よ。そして結末は……ご覧の通りだわ」
島のために王国を造らせて、邪魔になったら魔女疑惑で存在を消す。これでは、フィオリーナと島民のどちらが悪魔の遣いなのか分かりません。
『ねぇ、フィオリーナ。今からでも、その時を遡る魔法を使うのは遅く無いと思うの。私、この島しか知らずに死んでしまったから、未練もあるし。このまま死の運命を受け入れても、貴女は来世もずっと永遠に呪われた魔女のままでしょう。最後に賭けをしてみたら?』
「まさか、網元のお嬢さんにそんな風に煽られる日が来るなんてね。けど、三十年も前に死んだ貴女を逆行させるような魔法力が私にある訳ないでしょう。もう何日も食べていない、意識だってこうしているのがようやく。あぁそれで霊魂の貴女と会話なんか出来るのね……」
元気に話しているような気がしていたのに、実は心の声で会話をしていたことに気が付きます。ヒメナは霊魂、そしてフィオリーナももうじき霊魂となる身でした。
『だから、今から仕込むのよ。同じ運命に立ち向かうことになる次の転生に向けて……』
長い期間女神の遣いとして働いていたヒメナは、来世のことや転生のことも他の島民より詳しい様子。そして、彼女の言う時を遡る魔法は今世ではなく、来世に待ち受ける因果を解消するためのものでした。
「断罪された魔女は、次の転生でも同じく魔女に生まれ変わる。きっと何度タイムリープをかけても同じ結末に違いないわ」
『それは、貴女が……フィオリーナだけが魔女として生まれ変わった場合の話。私と貴女の二人の魔力が交差する時、タイムリープは本当の意味で完成する。この島の因果が解消するまで、女神と島民と魔女が和解出来るまで』
「ふぅん……結局、あんたはあの女神の差金って訳ね……網元の娘ヒメナの来世は聖女で確定かしら……いいでしょう。同じ男を奪い合った恋敵同志、来世で本当の答えを出す。次こそはクリス様に……本当の私を愛してもらう。だから、だから……」
霊魂のはずのヒメナから差し伸べられた手を辛うじて火傷した方の手で握り返し、フィオリーナはそのまま意識を失ってしまいます。
『交渉成立ね。私は次こそは……例え聖女として転生したとしても、この楽園から追放されたいものだわ。それまでお休みなさい、赤毛の魔女フィオリーナ』
次の日、女王フィオリーナの断罪は予定通り執行され、女王の記録そのものが歴史から曖昧にぼかされました。その一方で南国蚕の小屋は歴史的建造物とその史料として、大切に保護されることになりました。
魔女と聖女の手によって廻り始めた時の糸車は、ゆっくりとその時が来るのを待ち続けたのです。
――来世の因果が訪れるその時まで。
* 次章開始は、2023年1月下旬の予定です。




