6.朝チュン(破滅)
「はあ…もう、どうにでもなれ…!」
俺は半ばヤケクソで、瓶の中身を一息に飲み干した。
喉が、焼けるように熱い。
「がっ…!
けほっ、けほっ…!
これは…きつい…!」
俺はあまりの薬の強さに、咳き込んでしまう。
息すらも困難になりながら、俺はコロネの声を聞く。
「素晴らしい。
ちゃんと全部飲んでくれましたね。
それでは、誠意を示してくれたあなたに、私も応えるとしましょう」
そう言ってコロネは、青い瓶の中身を飲んだ。
こくり、こくりと解毒薬を飲み込む音が聞こえる。
それも、いつもならありえないほどに鮮明に聞こえた。
俺の聴覚が、異常に研ぎ澄まされている。
というより、俺の感覚全てが鋭くなっているようだ。
耳だけではなく、全身の感覚が。
「うあ…あ、熱い…!」
俺は急激に身体が熱くなって、苦痛に苛まれる。
服を脱ぎたくてしょうがない。
「あら?
私の夫は、ずいぶんとせっかちですね。
私の命の危機が去ったら、今度はお盛んになってしまったようで」
クスクスと、俺をからかうような女の声が聞こえる。
その艶やかな響きが、俺の欲望を呼び覚ます。
女?
そう、女だ。
俺の、大切な女。
俺が、抱きたくてたまらない女の声が。
「うう……ち、ちがう。
そんなことをするために、ここにきたわけじゃ…」
俺は、自分の思考がどんどん欲望に染まっているのを否定するように、ろれつの回らない舌で言葉を絞り出す。
「いいんですよ?
欲望に身を委ねても。
その欲望で、私を犯したって構わないんですから」
女が…いや違う。
コロネの声が、俺を誘惑してくる。
その甘美な誘惑が、俺を狂わせる。
俺が飲んだ液体。
あれは、媚薬だ。
それも、とびきり強く欲望を掻き立てるほどの。
コロネは最初から、これを狙っていたんだ。
自分の死を盾に、俺に媚薬を飲ませる。
そうして俺の理性を奪って、自らを襲わせる。
それが、コロネの策謀だった。
「ははっ…」
俺は朦朧とする正気の中で、自分を嗤った。
こんな単純な罠にかかるなんて、無様にも程がある。
だがそれも、振り返ってみれば必然だった。
俺は、無意識にコロネが傷つくことを、考えないようにしていた。
コロネが傷つくなんて、想像することすら恐ろしかったからだ。
コロネを愛していた。
誰よりも。
コロネが死ぬなんて、俺には耐えられない。
それならば、俺が死ぬほうがマシだ。
俺が100回でも死んで、コロネの盾になってやる。
そう思っていた。
だからこそ、俺は「自分がどうやったらコロネに捕まらないか」だけを考えてしまっていた。
コロネが自分の命を賭けてまで、俺を引き留めようとするなんて、考えもしなかったんだ。
コロネが自分自身の命を人質にして、勝負を賭けてきた時点で。
俺は、とっくに詰んでいたんだ。
「可愛いリベル様。
ほら、我慢しないで。
やりたいことを、やって良いんですよ?」
コロネの声が、俺の耳元を包み込む。
視界がはっきりしない。
知らないうちに、コロネが俺の耳元で囁いていた。
愛しい声が、俺の脳髄に染み渡ってくる。
これは、まずい。
「や…やめろ…。
お、おまえは…おれなんかと…いるべきじゃ…ない」
そう言うやいなや、頬に柔らかい感触が当たった。
「あっ…うう…」
コロネが、俺の頬にキスをしてきたようだ。
たった、それだけなのに。
理性が蕩け落ちていく音がした。
「もうっ。
まだそんな事を言うんですか?
私にふさわしい男は、あなただけですよ。
あなたがいない人生なら、私は死を選びます。
だから、あなたの人生を、私にください。
私の人生も、あなたに捧げますから。
今から私の人生も、命も、あなたのものです。
もちろん…私の身体も、あなたのもの」
色めいたコロネの声が聞こえたかと思うと、俺の手に、滑らかで、柔らかい感触が伝わってきた。
抗いがたい肌の感触は、俺のごく僅かな理性を更に削っていった。
これは、コロネの胸の感触だ。
恐ろしいほどの美貌を持つコロネの、豊満な肌の柔らかさに、俺の手は沈んでいる。
コロネが、俺に胸を触らせているのだ。
俺が、これ以上我慢できなくするために。
「い、いやだぁ…
そん…な、そんなことを、したくない…。
おまえを、おまえを、おそうなんて…おれは、おれはあ…」
俺は、もはやまともに言葉も話せず、駄々っ子のように喚くばかりだ。
そんな俺を、コロネの温かい身体が、優しく包み込む。
「うあっ…」
「うふふ。
本当に、可愛くて、優しい人。
ずっと、私のことを案じてくれているんですもの。
そんなの、愛しくなっちゃうじゃないですか。
ほんとにずるいんだから」
また、コロネのキスが、俺の頬を襲う。
「ああっ…」
「…実はですね。
私も、まだ誰にも身体を許したことはないんです。
私が身体を許すのは、リベル様…あなただけと心に決めておりましたから。
それが今日、あなたに抱いていただけると考えていたら。
ずっと、身体が火照って仕方がないのです。
今日だけではありません。
ずっと、今日会えると分かったときから。
私の身体の芯から、疼くような熱が籠もって、身体を焼き尽くしてしまうと思うほどでした。
…はぷっ」
コロネが、吐息混じりに俺の耳を甘噛みして、舐める。
「あっ…がっ…」
俺は、その破壊的なまでの快楽に言葉すら出ず、ただガクガクと震える。
「…はあ、はぁ。
…私も、もうダメですね。
快楽にもだえるあなたを見ていたら、胸の高鳴りが止まりませんの。
こんなに欲情してくださっているなら。
その先を、期待してしまうじゃないですか。
早く、私を襲って欲しい。
早く私を組み敷いて、その太く力強い腕で押さえつけて欲しい。
早く私の足を無理やり開いて、その滾る欲望で貫いて欲しい。
そうして。
溶け合うようにあなたと繋がって。
その迸るような命の熱を、滑らかな肌と肌の重なりで育んでいきたい。
そう、思わずにはいられないのです」
気がつくと、俺は柔らかい布の上に横になっていた。
ここは多分、ベッドだ。
コロネが、いつの間にか俺をベッドに連れていたのだ。
コロネの熱を帯びた息遣いが聞こえる。
それを聞いて、拒む気持ちすら無くなっていた。
早く、繋がりたい。
コロネと。
貪るような、暴力的な交わり。
俺の思考は、ほとんどそれに支配されていた。
「もう、私も限界です。
早くあなたと愛し合いたくてたまりませんの。
だから、ね?」
コロネが、俺の顔に手を添えて、ほんの少しで唇が触れ合いそうな距離で、俺の目を覗いてくる。
俺は、その顔を何よりも美しいと思った。
ただ、愛しい。
俺は、もう、コロネから逃げることはできない。
「私を、永遠にあなたのものにしてくださいな」
コロネの唇が、俺の唇に触れる。
俺は、完全に壊れた。
───舌と舌が、絡み合う。
服を破り、肌をぶつけ合う。
細い足と腕を、力のままに掴む。
貫き、繫がり、抱きしめる。
…血が滲む。
コロネが泣き、それでも構わずに頭を押さえつける。
どれだけ泣いても。
どれだけ謝っても。
どれだけ抵抗されても。
構わず、押し潰す。
腰を掴む。
貫く。
俺も、コロネも、何もかもが壊れていく。
時間は意味をなさない。
獣の音だけが響く。
命の限界まで、命を絞り出す。
今、何もかもが終わっても良い。
それだけだった。
───全てを絞り出し、快楽よりも痛みが大きくなってきた時。
数え切れないほどに気を失い、裸でぐったりとしているコロネの姿に気が付いた。
俺は、コロネの首に手をかけていた。
ひゅー、ひゅー、と、か細い命の呼吸が聞こえる。
「…こ、コロネ…?
…あ、ああ…?
おれ、俺…は…なんで、こんな?」
深い酔いが覚めたような虚脱感に襲われながら、俺は眼の前の光景を理解できなかった。
俺が、コロネに手をかけた。
コロネを殺そうとしていた。
俺の、最愛の女を。
それを理解した瞬間、頭の電池が切れるように、身体の糸が切れるように、あらゆる力が全身から抜け落ちた。
「こ…ろね…」
俺はコロネの首から手を離し、力ない腕で抱きしめながら、ベッドに倒れ伏した。
まだ、息はしていた。
だが、それでも俺はコロネに暴力を振るった。
欲望に振り回されるがまま、コロネを傷つけた。
その事実が、俺から力を奪う。
起きて、コロネの無事を確かめないと。
コロネの怪我を治してやらないと。
コロネに謝らないと。
そう思うのに、何もできない。
もう、限界を超えた限界を迎え、身体がまるで石のように固まって、動いてくれない。
俺の意識は、そのまま真っ暗な闇に沈んでいった。
───闇に堕ちる最中、すべらかな指の感触が、俺の頭を撫でた気がした。




