7.檻の中
「う………ん?」
俺は、鈍い頭の痛みで目を覚ました。
フカフカのベッドに包まれて、身体が温かい。
俺は深いまどろみと頭痛に包まれながら、ゆっくりと重い身体を起き上がらせる。
ぼやけた視界がだんだんとハッキリしていって、周囲の様子が分かるようになった。
「これは……牢獄…か?」
俺は見たままを言葉にする。
俺の目の前には、いかにも頑丈な金属の檻があった。
部屋の構造からして、俺がいるのは檻の内側のようだ。
俺はいつの間にか、この牢獄に閉じ込められていたらしい。
以前、俺は旅の途中に、冤罪で牢獄にぶち込まれたことがあった。
幸いすぐに俺への疑いが晴れて、無事に解放されることになったのだが、その時の数日間は最悪だった。
湿気でジメジメとして、薄暗く、空気が腐っていて、害虫が同居人のような空間で過ごさなければならなかったのだ。
しかし、ここはその時とは明らかに違っていて、比べ物にならないほど清潔だった。
牢獄なのに、囚われている俺への配慮が見られるくらいに、優しさが伝わってくるものだった。
部屋の中に設置してあるものを見れば、俺を閉じ込めた者の配慮が、より詳しく伝わってくる。
俺が寝ていたのは明らかに高級品と分かる、フカフカのベッドだ。
また、おそらくここは地下なのだろうが、地下の牢獄特有の最悪な湿気はなく、空調もしっかりと整備されている。
その他にも、檻がなければ貴族の私室かと勘違いしそうになるくらいに部屋は清潔で、品性の良い調度品が備わっていた。
俺はここまで部屋を観察した段階で、俺をこの檻の中に閉じ込めたのが誰なのか、はっきりと予想がついていた。
ガチャリ、と部屋の外の扉が開く。
扉の向こうから出てきたのは…。
「コロネ。
やっぱりお前が俺を、ここに閉じ込めたんだな」
「………」
やはり、コロネの仕業だった。
彼女はアイオニオン・ニュクスの街一番の大商人。
館の地下に、男一人を閉じ込める程度の設備を揃えるくらいは、容易い出費だろう。
おそらく、コロネは俺を手紙でおびき出したときから、ここに俺を閉じ込める算段だったのだ。
「コロネ」
「………」
俺はもう一度、コロネに声をかける。
コロネからは、なにも言葉が返ってこない。
俺はコロネの姿を確認してみる。
俺は、コロネが怪我をしていないか気になったのだ。
彼女の姿は、明らかにいつもと異なっていた。
首元に布を巻いているし、長袖だったりして、全体的に肌の露出が少ない服装をしている。
コロネは、俺がつけた傷を隠しているのではないか?
「コロネ。
お前、身体は大丈夫か?」
「…ふふ、嬉しい。
すぐに私の事を、気にかけてくれるなんて」
コロネは俺の問いには答えずに、嬉しそうな反応を示した。
「喜んでくれるのはいいんだが。
お前、怪我をしているんじゃないか?
俺は、昨日ずいぶんとお前にはひどいことをしてしまったようだ」
俺の言葉に、コロネはわざとらしく首を傾げた。
「ひどい事?
…ああ、リベル様が、情熱的な夜を私にくれたことですね。
ふふ、ほんとに素晴らしい時間でした。
私からすれば、あれはご褒美のようなものなので、ひどいことなんかじゃないとは思いますが。
たくさん、贈り物をいただいた事ですし」
コロネは自身のお腹を愛おしそうに撫でて、俺にアピールする。
………まさか、妊娠してないよな?
コロネの怪我とは別の意味で冷や汗が出そうになるが、俺は一旦怪我を優先して確かめることにする。
「お前がそういう反応するのは、なんとなく予想はつくけどな。
だが、俺はお前に暴力を振るってしまっただろ?
俺が覚えているのは、お前を犯したことと、お前の首を絞めていたことだが…。
他にもたくさん、痛い思いをしたんじゃないのか?
俺を罠にハメたことは癪に触るが、俺がお前を傷つけてしまったのは確かだ。
他にも怪我しているところがあるのなら、遠慮せず俺に教えてほしい。
お前が泣いて謝っているのに、正気を失った俺はお前を犯し続けてしまったんだ。
謝らせてほしい」
色々とコロネの行動に思うことはある。
だが、まず最優先はコロネの安全だ。
俺の暴力で、コロネが何かしらの障害を負っていないかを、まずは確かめないと。
だが、コロネは相変わらず、俺の問いかけには直接答えない。
「…リベル様。
私、傷物になってしまいました。
今まで、数え切れないほどの男に言い寄られてきたのに、一度も男に身体を許していなかったのですよ。
私が身体を許すのは、リベル様だけと決めておりましたから。
あの日。
リベル様が抱いてくださって、私は純潔を散らし、あなたの女になりました。
幸せでした。
あなたという運命の人に、女として大事なモノを捧げることができたのですから。
それに…ふふ。
あんなに情熱的に求められると、なんだかあなたの所有物にされたような気がして、倒錯的な快楽が私の頭に染み渡り、脳が蕩けそうなほどでした。
私はもう、あの幸福感と快楽なしで生きることはできないでしょう。
私はリベル様以外の男では、満足できない身体にされてしまいました。
ここまで来ると、いくら私が力のある商人だとしても、嫁にもらってくれる男は減ってしまいますよね。
あーあ、どこかに私を嫁にもらっていただける方はいないのでしょうか?
このままでは独り身のまま、おばあちゃんになってしまいますわ」
「お前だったら、50歳を越えても貰い手はあると思うけどな…」
「あらお上手。
たしかにリベル様なら、年老いた私の顔にシワが刻まれても、変わらず愛してくれそうですからね。
おばあちゃんになってもリベル様に貰っていただけるなんて、嬉しいことですわ」
こいつ無敵かよ。
いや、まあコロネが年老いても、俺はそんなコロネを愛しいと思うだろうが………ってそんな事を考えている場合じゃねえ。
「…とりあえず、傷を見せてくれ。
いくつか布を巻いているが…その布の下は怪我しているんだろ?
様子を見て、治してやるから入ってこいよ」
「イヤです。
そう言って、私を捕まえて、ここから出るための鍵でも奪おうとしてるんでしょう?」
「バカ。
今更そんなことをするわけ無いだろう。
お前が怪我しているのに、鍵だけ奪って逃げる男だと思っているのか?
さすがに見くびり過ぎだぞ」
「あら?
私が大変に心を痛めて求婚したのに、街から逃げようとしたあなたが言いますか?」
「おいおい…」
こいつ根に持ちすぎだろ…。
いや、確かにコロネの気持ちは分からないでもないが、さすがにこうも警戒されたら、らちが明かない。
「…分かった。
その件については、俺の考えが足りなかった。
お前が命を賭けるくらい、俺に入れ込んでいるなんて、思わなかったんだ。
すまなかった」
「うふふ。
私の愛を、侮るからですよ。
私の夫は、おバカさんですね」
まだ結婚してねえだろ、とツッコミそうになったが胸に押し留め、代わりにコロネの怪我の話を進める。
「…俺を夫と呼ぶくらいなら、怪我の治療くらいはさせてくれよ。
未来の妻が怪我してそうな包帯を身体に巻いてたら、こっちは気が気じゃねぇんだよ」
「妻…。
いいですね、愛しい人から妻と呼ばれるのは。
私は気分が良くなってきましたよ。
その調子で、私のご機嫌を取り続ければ、お望み通りその牢屋に入って、怪我を見せてあげますわ」
コロネは俺を試すような目線を向けてくる。
コロネがうんざりするほど頑固なのは、ここ数年の付き合いでよく分かっている。
やると決めたら、なかなか曲げない性分だ。
今回も、俺がコロネの機嫌を取らない限りは状況が変わらないだろう。
「コロネ、愛してる」
まずは直球で愛情を伝えてみる。
「知ってますわ。
愛してるというなら、もう少し頭を使って欲しいものです」
コロネは俺の言葉を軽く受け流す。
やはり、なんのひねりもない伝え方は無理か。
「コロネ、結婚しよう」
正直、まだコロネとの結婚には前向きではない。
だが、ここまで来てしまったら、コロネに婿入りするしかないだろう。
「当然です。
むしろ今まで結婚していなかったのがおかしいくらいです。
私が求婚するよりも前に言ってくだされば、私は泣いて喜んだのでしょうけど」
「ぐっ…」
コロネが残念そうに首を振る。
これは、むしろコロネの機嫌を損ねてしまったようだ。
間髪置かず、コロネのご機嫌取りを続ける。
「コロネ、俺はお前が愛しくてしょうがない。
お前が平穏無事に暮らせるなら、俺は何でもするつもりだ。
俺の命をかけても、お前が安全に暮らせるなら安いものだと思っている」
「………」
コロネの反応は、はっきりとは分からない。
プラスかマイナスか…どちらかと言うとマイナスの印象な気がする。
「お前を俺から遠ざけたのも、危険な目に遭って欲しくなかったからだ。
もちろんお前は、危険な目に遭うことなんて、昔から日常茶飯事のことだから、いまさら気にしないのかもしれない。
だが…」
「……」
コロネは無言だ。
……これはダメか?
何かが、致命的に刺さらない言葉になっている。
このままだと、間違いなくコロネは地下室から出ていくだろう。
だが、まだ諦めるには早い。
俺は、コロネの想いを訊くことにした。




