逆転悪役令息
「は?」
ノアは冷ややかな目だけを向けた。リオンがひく、と頬を引きつらせる。
「BLゲームの話だから聞いて」とリオンは前置きをし、続けた。
「悪役令息ノア君って、父親に認めてもらうために王位継承に固執して、快活で両親に愛されるアルヴィンに劣等感を持っていたの」
「……なんでそれでお前を誘拐すんだよ」
ポットの蓋を戻し、腕を組んだノアが身体ごと向き直した。
リオンは待ってましたとばかりに言葉を続けた。
「だけどね、憂さ晴らしに元平民のリオンくんに意地悪してたんだけど、次第に彼の真っ直ぐな性格に惹かれてしまうの。そしてついに、同じくリオンへ恋するアルヴィンへの劣等感と初恋をこじらせ1線を超え……誘拐イベント発生」
「それじゃあ……まるで……」
こくり、と頷くリオンがノアの言葉を引き受けた。
「ノアの代わりにアルヴィンが『悪役令息』になったんだよ」
自分の顔から表情が抜け落ちる。
燃え上がっていた怒りが、冷水を流し込まれたように急速に鎮まっていく。
アルヴィンとノアを取り囲む環境すら逆転している事実。
ノアは王位継承なんてまったく固執もしていない。
それは自分が転生者だから起きた歪みだ。
⸺ミラは俺のせいで誘拐された?
「ノアくん、だから大丈夫。すぐミラちゃんは見つかるよ」
リオンの励ましに、ノアは反応できない。
胸にのしかかる事実を受け止めきれず、ただ床の一点に視線を縫い止める。
「……俺がノアだからミラが誘拐された?」
「違うよ。アルヴィンがミラちゃんを誘拐したのは自分のため」
リオンの鋭い声。
彼にしては厳しい言葉も、怒りが滲む。
(自己満足で悔やんでる場合じゃない、ってことだよな……)
ミラにとって己が『特別』だと錯覚していたな。
ふ、とノアは自嘲するに吐息をこぼす。
まあ、いつかアルヴィンとは決着をつけなくてはと考えていたのだ。
(ノアの記憶に引きずられてしまったばかりに……従兄弟だろうが、もう許さない)
⸺俺とミラのいちゃラブのために。
それにどうしてくれるのか。ミラの出自を明らかにするのは、己の口からと考えていた。
興味も無い王位継承なんかで、今後も大切なお嫁さんに絡まれるのは面倒だ。
丁度良い機会ではないか。
ミラを誘拐した罪もろとも、アルヴィンには悪役令息の断罪も引き受けて貰おうではないか。
ぐっと唇を引き結び、顔を上げる。
前髪を掻き上げ、ノアは温度の無い声で告げた。
「必ずミラを取り戻す。⸺悪役令息を断罪しに行くぞ」
覚悟が決まれば、思考も冴え渡る。
王子であるアルヴィンが危険を犯してまで強行したということは、それ相応の策が張り巡らされているはず。
だがミラの将来のために、騒ぎ立てず、一切の逃げ道を残さず包囲する。
⸺生き続けることを後悔させるくらいにな
不敵に唇を歪めたノアは踵を返す。
ぎょっと目を剥いたリオンがなぜかノアの腕を取り、引き止めるように引っ張る。
「なんだよ?」
平坦な声で答えたノアに、ひえ、と息を呑んだリオン。
だがリオンはハッとして、サロン後方の白い扉を指差した。
「この王族専用階には隠し通路があるの。その先に繋がる王都内の屋敷にミラちゃんはいるよ」
アメジストの瞳が静かに燃える。
「……行くぞ」




