やってしまった
舞踏会まであと1週間。学院中が舞踏会にむけて、見るからにピンク色に浮足立っていた。
交流を深めるためにカップルが放課後デートに繰り出し、揃いの衣装を選びあう姿がたびたび目撃されていた。
これこそが乙女ゲームの世界という光景だ。
だが、ヒロインのミラはシエラのパートナー選別に明け暮れていた。
シエラは、ノアのことで口を開かなければ、清楚なお嬢様だ。
あのおっとりした笑顔が男性からは大変好ましいらしい。
パートナー申し込みが片手で足りないくらい集まったのだ。
そのため、ヒロインよりもモテ女子シエラのために、ミラはアナとともに圧迫面接を繰り返した。
(シエラをどこの馬の骨かわからないやつにはまかせられません! )
放課後の教室でミラは、机の上に面接結果をまとめた書類を見比べる。
「アナさんは誰が合格でしたか?」
「うーん。このロバート・べリエット伯爵令息が一番マシかな……」
「そうですか? シエラさんの良いところを10個しか言えてませんよ? ねえシエラさん?」
「……ミラちゃんの基準が高すぎなんだよ」
アナがおすすめのべリエット伯爵令息は一番最初にパートナー申し込みにきた。
青みがかった髪に、やさしげな整った顔立ちであり、剣術大会でシエラが応援にいった生徒。
幼い頃よりシエラの家と領地が近いために交流があったらしい。
「シエラさんとは幼馴染なんですよね?」
「うん。昔から一緒だからこそ気楽だし……ロビンがいいかな」
シエラは目をつぶり、べリエット伯爵令息の調査書類1式をミラにずいっと手渡す。
その手は真っ赤に染まり、顔や耳たぶも真っ赤。
心からべリエット伯爵令息に恋しているシエラの姿。
ミラはその姿に胸が高鳴る。
シエラを見つめるベリエット伯爵令息の優しげな微笑みは確かに眩しかった。
(……小さい頃から2人は想い合っていたんだ。素敵だな)
「べリエット伯爵令息と舞踏会楽しんでください!」
モンペ並みの厳しい審査基準のミラも心から祝福した。
シエラは幸せそうに笑う。
「うん。ありがとう!」
「2人のお話聞かせてくださいませんか?」
「え? えっとね⸺」
ふふ、とミラも微笑み返し、シエラの恋バナを聞こうとした時。
つかつかと足音高らかに、明らかに上級生とわかる男子生徒が教室に入ってきた。
シエラのコイバナに生温かい空気に染まった教室が一瞬でしんと静まり返る。
戸惑いながら振り向くと、その生徒はこちらに真っすぐ向かっていた。
やがてミラの前に無言で立つ。
切羽詰まったような視線に、ミラは慌てて立ち上がる。
「ミラ・オーキッド。ノア・ラスフィ公子がお呼びだ」
「はい?」
いつもノアは自らミラに会いに来ていた。
微かな違和感だがひっかかる。
目の前の生徒は顔色は紙のように真っ白なのに、額に汗を滲ませる。
まるで追い詰められた獣のようだ。
ミラが首をかしげると、生徒は焦ったように目を泳がせ、言い直した。
「ッだからな。ラスフィ公爵家の使用人がお前に用がある。公子も……そこに向かわれているそうだ」
(公爵家の同僚が、わざわざ学院まで来た? 何かお屋敷でトラブルでもあったの?)
目の前の生徒の尋常ではない様子。もしや、ノアの身に何かが?
それに、ミラが公爵家のメイドだと知っているかの口ぶりだ。
握った拳を震わせ、返事を待つ生徒。
覚悟を決めたミラは、彼を見上げる。
「……わかりました。ご案内ください」
「……ああ」
男子生徒は心底安堵したように掠れた声をこぼす。
シエラに「ごめんね、あとで聞かせて」とミラはそっと告げる。
「ミラちゃん……?」
アナとシエラが不安げに眉を下げる。
その視線に、ミラは「大丈夫だよ」と笑って見せ、生徒の背中に続き、教室を後にした。
終始無言の男子生徒に案内されたのは、王族専用サロンの前。
途中何度も訪ねたが、男子生徒はミラを一度も振り返ることはなかった。
無視されたというより、ミラの声が届いていないようだった。
やっと声をかけられたらこれだ。
「また呼ぶまで、ここで待つように」
訝しむミラを置いて、彼だけがさっさと扉の奥に消える。
扉の前にはミラひとりだけになった。
このサロンに常駐しているはずの騎士と従者が不在なのだ。
さすがにミラも今回の呼び出しの不審さを理解してしまう。
先程までは、ノアの一大事だからと冷静さを自分も欠いていた。
まずは本当にノア本人から呼び出されたのか、確かめるべきだった。
(今からノア様の教室へ行ってこよう! )
このまま踵を返そうとした。その時、扉が開いた。
先程の男子生徒の開けた扉の向こうにいたのは、アルヴィンだったのだ。
ミラは一瞬で青ざめた。




