第三二八話 卯とブドウ
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学園祭の準備期間が始まったばかりの頃に初めて来たときと比べると、明らかに書類やらファイルやらが散乱してる、生徒会役員の苦労がアチコチ滲み出ている生徒会室にて。
ウチも行事委員として学園祭準備に携わることになり、もうそこそこの期間が経っているわけなので。
生徒会の人たちとも少なからず関わる時間も増えてるし、そんな時間のおかげで顔なじみってくらいの仲にはなれたんじゃないかと勝手に思っている梅鶯先輩に案内されて、生徒会室の一角で空いていた席に腰をおろした。
「ごめんね。下校時刻も過ぎてるのに」
「いえいえ! ウチが書類終わらせられなかったのが悪いんですし!」
隣のイスに座りながら「なにかわからなかったら聞いてね」と声をかけてくれたあとに、梅鶯先輩は自分の作業に戻ったみたいなので。
ウチもさっそく今日の作業報告書から取り掛かろうとペンを握りつつ、何気なく室内をチラッと見回してみたのだけれど。
少し離れた場所では、たしか前回の生徒会長だった先輩を含めた三年生の人たちも作業していたりして。
三年生の先輩たちがこの生徒会室で作業をしてるとこは今まで見たことなかったし、さすがに学園祭前日ともなると、新旧の生徒会関係者が総動員で対応する必要があるくらいには作業が山積みなのかもしれない。
窓の外は真っ暗で、最終下校時刻だってもう過ぎちゃってるのに、作業を終えて帰ろうとするような気配は全然なさそうだし……。
それほどまでに大変なのはヤバイな、とか心配になりつつも。
こっちの書類提出にチンタラと時間がかかったせいで、生徒会の人たちの残業時間をさらに増やすわけにもいかないし。
ウチはウチで自分の作業をパッパと片付けようと、目の前の書類を書き終えるために、集中してペンを走らせ始めたのだった。
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ふぅ……今日の分の作業報告書はなんとか書き終えることができた。
もっと丁寧に書き進めたいとは思いつつ、急く気持ちに背中を押されてもいたから、字の綺麗さにはちょっと自信がないのだけれども。
それでも今までの作業の中で、少しでも綺麗な字でって意識しながら書類作成を行なってきたことがちょっとは幸いしてか。
たぶん『まったくもって読みにくくてたまらん!』ってほどには読みづらくもないんじゃないかとは思う。てか、そうであって欲しい。マジで。
「おわった? それじゃあ確認させてもらおうかな」
「あっ、はい、すいません! おねがいします!」
にらめっこしてたプリントから顔を上げたことでウチの作業が終わったことに気づいたのか、梅鶯先輩がそう声をかけてくれたから。
いま書き終えたばかりの報告書を渡して確認をお願いして、あとは休憩所の入出金確認の書類を片付けなければと前を向いたところ、二つくっついた長机の向かい側でお仕事に励んでいた蟻生さんと目があった。
「蟻生さん、おつかれ〜。生徒会マジで大変そうだね」
さっきウチがこの席に座った時には作業にメッチャ集中してたっぽくて、なんか邪魔すんのも悪いし、そん時は声をかけられなかったから。
声がかけられそうな今のうちにと、手をヒラヒラ振りながら挨拶してみると……。
「お、お疲れさまです。明日はもう学園祭なので……やることたくさんです」
ペコペコと頭を下げながら、蟻生さんも挨拶を返してくれたのだけども。
その顔に浮かんでる疲労の色も結構なものだったので、やっぱり相当大変な思いをしてんだろなと容易に察することができてしまった。
それにしても、蟻生さんも学園祭の準備期間を生徒会役員として乗り越えたことで、マジでたくましくなったように見える。
たしか準備期間が始まったばっかの頃だから、だいぶ前ではあるけれど。
去年までの資料を貸してもらいに生徒会室に訪れたときなんかは、生徒会長さんにフォローしてもらいながら、おっかなびっくりと対応してくれたような気がするのに。
最近の蟻生さんは生徒会役員としての自信もついてきたのか、どこか堂々とした感じにも見えて、生徒会長さんにオドオドしていたあの頃の姿は見る影もないし……。
「蟻生さん。さっきお願いした書類のファイリング、もう終わってるかな?」
「ひぃぃ! ごめんなさいごめんなさい! 今やっております!」
「いや、大丈夫だよ。こっちこそ急かしてしまって悪いね。落ち着いてやってくれ」
……いやまぁ、生徒会長さんにオドオドしてるのは変わってないみたいってのが、今ちょうど目の前で証明されてしまったものの。
仕事はテキパキできるようにはなっているように見えるし、それはここ数日で蟻生さんに対応してもらったときにもすでに感じていたことだから。うん。絶対にたくましくはなっているとは思う。うん。
「報告書は大丈夫そうだね。あとは……入出金書類の確認かな?」
「あ、そうです! 今すぐ数えちゃいますね!」
などと蟻生さんの成長物語に感動している場合ではなく、こっちはこっちのタスクが残っちゃってるんだし。
封筒の中のお金と、白熊先輩が作成してくれた今日の分の入出金用紙に書かれてる金額を確認したところ、ちゃんと一致しているのが確認できたのでウチも胸を撫で下ろすことができたのだった。
マジでよかったぁ……一時は『お金がない!』って情けなく泣き喚いたりしちゃったけれど、無事にお金を生徒会に預けて帰ることができそうだよ。ガチでホントにお金あってよかった……ふはぁ。
「うん。大丈夫そうだし、このまま預かっちゃうね」
安心して脱力しているウチに一声かけてから封筒も書類も回収したあと、梅鶯先輩はちゃっちゃかと書類にハンコを押したりと対応してくれて。
これでようやく、ウチも行事委員としての残業をやり終えることができたのだった。
「ありがとうございます。てか、ホントにすいませんでした」
「ぜんぜん。気にしないで大丈夫だよ。ほかの作業もあるのに、書類作成って面倒だったよね」
「いやぁ、あはは……」
書類の作成がぶっちゃけ面倒だったってのは、まぁ速攻頷きたくなるくらいには同意したいとこではあるものの。
今日に限っては自分がグースカと寝てしまっていたことが原因なわけなので、なんか罪悪感ヤバくて曖昧に笑って返事することしかできなかった。ウチの自業自得ってやつだしな……。
「それじゃあ、本当にお疲れさま。もう暗いから帰るとき気をつけてね」
「あっ、はい! お疲れさまです!」
ウチから預かった書類なんかを机の上でトントンと整えつつ、梅鶯先輩はそんな優しい言葉をかけてくれたので。
これ以上、多忙な生徒会の人たちのお邪魔しないように、ウチもとっとと退散しなきゃとは思ったんだけど。
「あの、先輩たちはまだ帰らないんですか? なにかお手伝いできることとか……」
イスから立ち上がる前に、下校の『げ』の字もする気配がない梅鶯先輩に一応そんなことをお伺いしてみた。
だって生徒会の人たちだって、ウチ含めた生徒のために仕事を頑張ってくれてるわけじゃん。
それを思うと、さすがにウチだけひとりでお暇させてもらうのも気が引けるっていうかさ?
なんてウチなりの申し訳程度の申し出にも、返ってきたのは梅鶯先輩のニコリとした笑顔と……。
「あはは、大丈夫だよ。ありがとね」
あとはそんな短い遠慮の言葉だけだったので。
どうやらお手伝いできることはひとまずないっぽくて、このまま大人しく寮まで帰るのが正解のようだった。
「いえ……大変ですね。最終下校時刻も過ぎてるのに……」
荷物をまとめて立ち上がりつつ、置き土産のように最後にせめて労いの言葉をお伝えしたのだけども。
「まぁ、ね。立場的にみんなには下校するように言ってるけど、生徒会には最終下校時刻なんてないからさ」
「仕事のこして帰っても、困って泣くのは次の日の自分だけですし……あはは」
苦笑しながらなかなかハードなことを言ってる梅鶯先輩と、机の向こうで据わった目をしながらボソリと呟いた蟻生さんの空笑いに、上手な気遣いや労働力での貢献を返すこともできそうになかったため。
想像を上回る生徒会役員の苦労っぷりに恐ろしさを感じたり、胸を痛めたりしつつ。
生徒のためにひたすら頑張ってくれてることへの感謝を込めた一礼を残したあとで、ウチはソロソロと生徒会室から退散したのだった。
生徒会のみなさんには、学園祭が終わったらマジでゆっくり休んでほしい……ガチでお疲れさまです。マジのガチで。
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