第三二九話 卯とフジバカマ
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生徒会室の机を借りて作業してた時間としては、たぶん二十分とか三十分とかそれくらいなのかな。
小脇に抱えているクリアファイルのほかに持参してきたものはないし、スクールバッグとかは教室に置いたままだから、寮に帰る前に取りに戻らなきゃいけないんだけども。
教室に戻る道中では誰ともすれ違うこともなかったし、生徒会の人たちや先生を除けばほかの子たちはみんな、さすがにもう帰ったあとなのかもしれない。
廊下は電灯に照らされているから、真っ暗な中を教室に戻るなんてホラー映画みたいなことにはならないまでも。
窓の外はとっくに夜って感じだし、まわりに誰もいないせいか妙な静けさも若干こわかったので、ウチは気持ち早めに足を前に進めた。
もう十一月とはいえ、校舎の中だしそこまで寒いってことはないはずなんだけども、生徒会室を出たあたりから何度か鼻を啜っていて。
これはきっと風邪をひきはじめてるとかって感じでもなく……たぶん、さっき盛大に泣き散らした名残なんだろうな。
あのときは申輪さんや委員長、白熊先輩がすぐ駆けつけてくれたり、そのまま生徒会室に向かったりといろいろ慌ただしかったから、ウチの身体は大泣きしたことを忘れてくれてたのかもしれないけど。
もろもろ片付いて気持ちも落ち着いた今になって、ピーピーと泣いてしまった余韻が鼻水としてやってきちゃったんだろうか。
スンスンと鼻を鳴らしながら辿り着いた教室には、当然のようにクラスメイトの姿は見られないし。
わざわざ灯りをつけることもせず、廊下から差し込む光を頼りに自分の机でさっさと帰り支度を整えて、一応あたりをグルリと見まわして軽い確認を済ませてから教室をでた。
「はぁ……」
下駄箱に向かいながらも、頭の中を飛び回っているのはウチ自身の情けなさへの反省で……。
どうあっても後悔とか自己嫌悪みたいな感情に襲われて、こぼしたくなくてもため息が自然と口から飛び出していってしまう。
行事委員としていろいろ頑張んなきゃいけない立場だったのに、学校の端っこでひとり勝手に昼寝しちゃうしさ?
申輪さんや白熊先輩たちには、やらかした失態のフォローをさせちゃったし。そんで神さんに至っては……はぁ。マジで恥ずいってレベルじゃないでしょ。マジで。ほんとマジでぇ……はぁぁ。
自分の下駄箱をパカリと開けながら、心の中では今日の放課後につくったばっかの黒歴史に悶えまくっていたのだけれども……。
「あっ……う、卯月さん!」
延々と襲いかかってくる羞恥心に耐えるのに必死なせいで、まわりへの意識が散漫になっていたウチに掛けられたその声によって。
昇降口にいた待ち人の存在に、ウチはそのときようやく気付くことができたのだった。
◇◇◇
ついさっきはひとりぼっちで歩いていた学校の廊下を、今度は二人で並んで歩いている。
下駄箱の近くで待っていたらしい神さんに連れられて、ウチは目的地もわかんないままで校舎の中を引き返していた。
「ごめんなさい。行事委員のおしごとで疲れてるでしょうし、卯月さんもはやく帰りたかったですよね」
「いや、ウチはぜんぜん大丈夫なんだけど……」
正直いって、今の状況への理解がまだこれっぽっちも及んでいなくて。
たとえ隣にいるのが神さんの姿をしたオバケとかで、このまま学校の怪談の一つに数えられるみたいな連れ去られ方をしたとしても、ウチは混乱したままバイバイって感じになりそうなほどだった。
いやまぁそんなオバケとか幽霊なわけもないから、神さんも本物の神さんで間違い無いんだろうけどさ……。
「あの、もしかしてだけど……ウチのこと待っててくれたの?」
となると気になるのはその一点で、神さんは制服のままでスクールバッグも持ってるわけだし、寮には帰らずにウチが来るまで待っていてくれたことになる、のかな?
状況的にはどう考えても、ウチの想像で間違ってはいないんだろうけど。
いまだ困惑していたせいか、わざわざ口に出してまで確認してしまったその疑問も……。
「あっ、えっと……はい。すいません……」
ちょっと恥ずかしそうに頬を染めながら答えてくれた神さんの反応により、どうやらやっぱり予想的中って解釈して問題なさそうなのだった。
「い、いやいや! 謝んないで! むしろウチのほうが待たせちゃってゴメンって感じだし!」
「でも勝手に待ってたわけですし、ストーカーみたいで気持ち悪かったかもって……」
「そんなことないよ! 普通に嬉しいから! マジで!」
そりゃ少なからず驚きはしたものの、ホントに気持ち悪いだなんてこれっぽっちも思わなかったし。
むしろ今日は神さんに助けてもらったくらいなのだからと、そこまで思考が進んでから、なんか急に恥ずかしさがぶり返してきた。
さっきの別れ際……というかそもそも、神さんとはいつの間にやら気付かぬうちにお別れしていたって状況だったから、お礼をちゃんと伝える機会もなかったわけなんだけど。
冷静になった今、お礼の対象となる一連の騒動での自分の取り乱しっぷりが、否が応でも思い出されてしまって……。
神さんには顔を向けられないまま、あさっての方向に背けたウチの表情はきっと、必死に羞恥心に耐えてる不細工な歪み方をしちゃってることだろう。
恥ずいハズい!
ぐぅぅ……恥ずかしすぎて走って逃げ出したい!
「あの、生徒会室では大丈夫でしたか? 怒られちゃったりとか……」
ペタペタと四足分の上履きが奏でる音だけが耳に入ってくるような、しばらく会話がないままだった状況が気まずかったのか。
はたまた気まずさなんかを感じてたのもウチひとりだけで、神さん的には平然と話題出しをしてくれたのかはわかんないけど、幾分ぶりに聞こえてきた声はそんな内容のものだった。
「えっと、全然だいじょうぶだったよ! 怒られたりとかもしなかったし、生徒会の人たちメッチャ優しい! みたいな……あはは」
「そうですか……それなら良かったです」
なんともぎこちないウチの返事にたいして、さらに返ってきた神さんの声の中には少し笑っているような雰囲気も感じられたもんだから。
声だけから感じ取ったままかどうなのか、どんな表情をしているのか気になってチラと向けた視線の先で、神さんはホッと安心したようにわずかに微笑んでいたんだけども……。
視線が交わった途端、笑いの深さを大きくして、ニコリと愛嬌しかない笑顔を向けてくるんだもん。
そのせいでウチの頬はいろんな感情が混じり混じって、さらに熱くなってしまったのだった。
そんな嬉しそうに笑わないで……恥ずい。しんじゃう。
「あっ、つきましたね」
眉間と唇に力を込めて、襲いくる感情の大波をなんとか耐えながらも止まることなく廊下を進んでいた矢先。
神さんの口から目的の場所に到着したことを知らせる言葉が飛び出てきたのでまぶたを開けると、そこは果たして、ある教室のドアを目前に控えたその場所で……。
「十秒……いえ、いちおう二十秒待ってから、卯月さんは入ってきてくださいね」
どこかイタズラめいた表情をウチに向けて『待て』の指示を出したあと、神さんは先にいそいそと目の前の教室に姿を消していったのだった。
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