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神はケモノに×される  作者: あおうま
第三章 ゆれるココロ
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第三二五話 卯とレンゲソウ

 

◇◇◇

 

「――卯月(うづき)さん!」

 まるで水の中から引きずり上げようとするみたいに力強いその声のおかげで、ウチはグチャグチャに混乱し続ける意識の中から顔を上げることができた。

 いつのまにか神さんはウチの腕を掴んでいて、真剣な表情でウチの顔をまっすぐに見つめている。

 まさか誰かの存在を忘れるくらいに混乱することがあるなんて、そんな経験をしたことが今まで一度もなかったのもあってか。

 ウチは呆然としながらくちびるを震えさせて、ただ視線を返すことしかできなかった。

「大丈夫ですか? ずっと呼んでたのに、反応がなかったですし」

「ご、ごめん。無視したかったわけじゃなくて……」

 そう言い訳しても神さんの声に応えていなかったのだから、シカトしちゃってたのと同じようなものだろう。

 無視していた事実を責められてると勝手に勘違いしたウチの口からは、情けない謝罪と言い訳しか出てこなかった。

「何かあったんですか?」

 今までそんな表情を見たことがないくらいに珍しく、依然として険しい表情でこちらを見据えながら神さんが投げかけてきたその質問に。

 ウチはすぐに答えられず、ただ逃げるように視線を逸らすことしかできなくて。

 いまだ混乱し続ける頭の中では、迷いとか言い訳とか、そんな言葉たちが渦になってまわり続けた。

 どうしよう。神さんに素直に話すべきだろうか。

 困っているって。焦っているって。とんでもないミスをしてしまったって。

 けど……だけど、怖くてしかたない。

 『寝ていたせいで仕事が終わってない』なんて伝えたら、何してんだって呆れられてしまう。

 『みんなの大切なお金を無くしちゃった』と白状したら、どう責任を取るんだって失望されてしまう。

 そんな心配が現実として目の前に現れることが……あまりにも怖くて。

 ウチはくちびるを噛み締めながら、ただ俯いて黙り込むことしかできなかったのだけど……。

「……卯月さん。だいじょうぶ。大丈夫ですから」

 そっと両方の頬に添えられた小さな手のひらが、ゆっくりとウチの顔を上に向かせると。

 もういちど合わさった視線のさきで神さんは小さく微笑みながら、ウチの瞳からこぼれ落ちていた涙の跡を、指で優しく拭ってくれた。

「おねがいします。私、なんでもします。だから……困っているなら、私に教えてください」

 冷えた指先に暖かさを取り戻そうとするように、少しでも不安を取り除こうとするように。

 そんな優しい言葉を届けてくれながら、神さんの右手はぶら下がった先で握りしめていたウチの拳に添えられて。

 そのままゆるやかに解かれた手のひらが、神さんの両手でギュッと包みこまれた。

「だいじょうぶ。大丈夫です」

 何度もなんども伝えてくれたその一言が、どれほどウチの不安を和らげてくれたか。

 きっと今のウチにとって一番必要だった言葉で、なによりも嬉しい気遣いで、ウチにとって救いとなるような優しさだった。

「……あ、あの。あのね」

「はい」

「お金……なくしちゃったかも、しれなくて」

 ウチが今まで見てきた神さんという女の子の、その優しさや掛けてくれた言葉を信じて。

 勇気をもらって、寄りかかりたくなって……ウチはようやくその一言を口にすることができた。

「お金?」

「どうしよう……大切な、みんなの大切なお金なのにっ……!」

 堪えていた我慢が解かれた途端、感情のダムが決壊したように歯止めがきかなくなって。

 抑えきれない感情は、言葉と、そして涙となってドンドンおもてに溢れ出ていってしまう。

「あしたから学園祭なのに、みんなに迷惑かけちゃうっ……!」

 不安を和らげたかったのか、ただそうしたいって欲求のままに、ウチは目の前の女の子に縋り付くように抱きついた。

 力の調節なんてすることもできず、ギュッとひたすらにその細い身体に腕を回して、ただ感情が外に外にと溢れ出ていく。

 こんなの、ホントに小さい時にママにしたことがあるかもってくらいに、誰かに泣きつくことなんてした覚えはなかったのに。

 ウチはもう高校生だっていうのに、恥じらいも何もかもかなぐり捨てて。

 まるで母親に慰めてもらおうとする小さな子どもみたいに、神さんを抱きしめながら弱音をピーピーと吐き出してしまった。

 情けないしみっともないし、こんなウチをいつもの自分が見たら『恥ずいことすんな!』って怒るかもしれないけれど。

 外面を取り繕うよりも、いまだけは神さんに甘えて感情を吐露するのが何より優先すべきことで、ウチにとって一番必要だったのだからしょうがない。

 そのままエンエンと一生泣き続けるウチの背中を優しく撫でながら、神さんは「だいじょうぶ」と何度も言い続けてくれたのだった。

 

◇◇◇

 

 どれくらいの時間……といっても、たぶん数分くらいのもんだろうけれど。

 ずっとグズり続けたおかげか少しだけ気持ちが落ち着いてきて、ウチは神さんの身体を抱きしめていた腕の力をソロソロと緩めた。

「卯月さん……」

「ごめん、マジごめんね。ちょっと落ち着いてきた」

 ピッタリとくっついていた身体を離して、神さんから一歩分の距離をとってからゴシゴシと目元を強引に拭うと、思っていた以上に豪快に涙を流していたらしい。

 カーディガンの袖口がそこそこ湿ってしまったのが、自分の取り乱し様を客観的に理解できる証になって、そこでようやくジワジワと恥ずかしさが湧いてきたんだけども……。

「あの、卯月さん。お金ってクラスの出し物用のやつですよね? どこで無くなっちゃったのかとかはわかりますか?」

「あっ、えっとね。さっき行事委員の打ち合わせがあったんだけど……」

 ウチだけ羞恥心と戦って時間をムダ遣いしている場合でもないし、神さんは事態の対応のために考えはじめてくれているみたいだったから。

 今の状況に至るまでの経緯を、ウチは思いつく言葉をたどたどしく繋ぎながらも必死に説明した。

「それで、さっき確認したらどこにもなかったんですね」

「うん。ごめん、ごめんね。だからさっき、めっちゃテンパっちゃって……」

「だいじょうぶです。話してくれて、ありがとうございます」

 要領を得ない不器用な説明しかできなかったのが申し訳ないし、話しているうちに自分のミスをあらためて自覚してしまって情けないしで、また気分が下向きになりそうだったんだけど。

 神さんが頭を撫でてくれて、そして伝えてくれたお礼の言葉が、なんとかショゲそうになる心模様を晴らしてくれた。

「ひとまず落とし物として届いていないか、確認してみましょう」

「確認って、どこに行けばいいかな?」

 テンパって、泣き喚いて、落ち込んで。

 そんな乱れた感情の起伏のせいでウチの頭はろくに使い物にならず、縋るようにただ答えを求めることしかできなかったんだけども。

「職員室と……あと、もしかしたら生徒会室とかにも届いてるかもしれません」

 事態の元凶のくせに頼りにならないウチに呆れることもなく、神さんは頼もしくウチのためにいろいろと考えてくれていて。

 さっそく向かおうと言わんばかりに、机の上に雑に広げられた書類とかもせっせとまとめ始めてくれた。

 厚さが戻ったクリアファイルを胸の前に抱えた神さんが、ウチの手を取って歩き出そうとしてくれたのだけど。

 ファイルの先頭には片付けなきゃいけなかった書類が収まってるのが目に入り、ウチは片付けなきゃいけない問題が他にも残っていることを思い出した。

「あっ、神さん待って。あの、お金のこともなんだけど、下校時刻までに提出しなきゃいけない書類も残ってて……」

 さっきからマジでどうしようもなく情けない。

 自分の失態の対処の仕方をろくに自分で考えることもできずに、ただひたすらに神さんに答えを求めようとしている。

 さすがにいつまでもそんな状態で、ぜんぜん責任のない神さんに負担をかけ続けちゃいけないって。

 頭を振って気持ちを切り替えようとしていたウチの隣で、神さんは少しのあいだ悩むような顔をしたあとで……。

「……あの。ほかの人にも協力してもらうっていうのは、イヤですか?」

 ウチの反応から本音を察しようとするみたいな慎重さを感じさせながら、そう提案してくれたのだった。

「えっ、でも……いや! そだね!」

 最初、一瞬、神さんの提案に迷ってしまった。

 神さんは怒ることなくウチの失敗を受け止めてくれたけど、ほかの子に事情を説明したときの反応を恐れてしまったから。

 だけど、いまはそんな自分勝手なことを考えている場合じゃない。

 もしそうなっても自分の責任として受け入れるべきだし、これ以上神さんに、ほかのみんなに迷惑をかけるわけにもいかない。

「ウチ連絡してみるね! って、あっ、ごめん……スマホない。ごめん。ごめんね……」

 ポッケの中を探しても、そこにスマホは見つからない。

 さっきお金を探すためにまさぐっていたときにもなかったのだから、それを覚えておけよって感じだけど。

 そういえば行事委員の打ち合わせ前に、『どうせ後で絶対に一度は戻ってくるし』って何の気なしに自分の机のなかに置いてきたんだっけ……。

「だいじょうぶです! 私が連絡してみますね。ひとまず辰峯(たつみね)さんに電話してみます」

 片付けなきゃいけないウチの抱える問題を、それぞれ少しでも解決に近づけようと。

 落とし物としてお金が届いているかを確認するためにほかの場所へと向かうのは一旦保留して、校舎の端の教室でまだ二人っきりの状況のなか。

 いつまで経っても情けないウチの隣で、神さんはスマホをポチポチと操作しはじめたのだった。

 

◇◇◇

 

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