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18. 生と死の狭間


 どこまでも続く花畑の一角に建つ、白亜の宮殿。


 開け放たれた門扉(もんぴ)から、女性に手を繋がれた小さな女の子が出てくる。


 女性が何かを耳打ちすると女の子は嬉しそうに花畑へ向け走り出した。そんな様子を見つめていた女性は、女の子が見えなくなると(きびす)を返し、ゆっくりと別の方角へと歩き出した。


 大きな河が見えてくる。


 数え切れないほどの船が、七色に輝く対岸へ歩みを進めていく。


 あり得ない光景を見つめ女性がつぶやく。


「あっちは、あの世よねぇ。で、この河は三途の川ってところかしらぁ」


「アイシャ、ここにいると危ないよ。お家に帰ろう……」


 川の中へと歩みを進めようとしていた女性は、いつの間にか現れた女の子の静止の声に動きを止める。


 我に返った女性は、女の子に手を繋がれ白亜の宮殿に向け歩き出した。







 今でもあの日の事を思い出す。


 グレイスに刺され、血溜まりの中に崩折れたリアムの事を。


 生気を失い、閉じられていく瞳。

 徐々に冷たくなっていく体温。

 ドクドクと流れ続ける血。


 このまま彼の命が尽きると感じたとき、私の中で何かが弾けた。


 リアムの傷口を押さえていた血濡れの手が青白く光り、気づいた時には、私自身が輝き出していた。

 手から溢れ出した光の粒が、あっという間にリアムを包んだ時、奇跡が起こった。


 温かい……


 生気を失い真っ白になった顔に血の気が戻り、冷たくなったリアムの体が徐々に熱を持ち始める。


 彼を助けたいと念じれば念じるほど、強くなる光の粒は、ドクドクと流れ落ちていった血を補うかのように、傷口から彼の体内へと入り、刺し傷までをも消し去った。


 徐々に力が抜けていく。


 漠然と死ぬのだろうと感じていた。


 それでもよかった。私の命と引き換えにリアムが生きられるのであれば……


 そして、私の意識は闇に溶けていった。


 リアムはあの世界で幸せに笑っているだろうか?


 私の最期の望みは彼を生かすことだった。




「アイシャ、話があるの」


 手を繋ぎ、ゆっくりと花畑を進む二人。


「なぁに?マリア。お腹でも空いちゃった??」


「いいえ。違うわ。時が近づいている……

貴方を元の世界へ帰してあげられる」


「えっ⁉︎ どういう……」


 繋いでいた手を離され、私を見つめるマリアの体が青白く発光し出す。


 この光って………………


 一瞬にして、小さな女の子だったマリアの身体が成長し、目の前には髪と瞳の色だけが違う、私に瓜二つな女性が立っていた。


「……誰⁉︎」


「この姿で会うのは初めてではないわ。貴方には夢の世界で何度か接触しているもの」


「まさか………………」


 何度も何度も夢で見た真っ白な女性。

 あれが、目の前に立つ彼女だったということなのか?


「わたくし、マリア・リンベルって言うの。貴方の大昔のおばあちゃんね。やだぁ~ポカンってしないで。最後の白き魔女と言った方が、わかるかしら」


 異様にテンションの高い彼女に気圧され、とりあえずコクコクと頷いておく。


「100年振りにまともに人と話すから、テンション上がっちゃったわ。まぁ、余り時間もない事だし、サクッと話をしましょ。

まずは、この世界が何処かという話ね。簡単に言うと、あの世とこの世の狭間。そして、あの川が三途の川よ。アイシャは、目を離すと直ぐにあの川に入ろうとするから引き止めるのが大変だった。あの川に一歩でも入ってしまったら、元の世界へ戻してあげられなかった。

……貴方は、元の世界へ帰りたい?」


「えっ⁉︎ ……元の世界って?」


「そうね。貴方にとっての元の世界は色々あるわね。現代日本も、乙女ゲームに似た世界も貴方が生きていた世界よね」


「えっ…マリアさんは、私が日本人だった頃を知っているの?」


「厳密には知らないわ。ただ、あの乙女ゲームに似た世界に、貴方の魂を転生させたのは、私よ」


「どういう事ですか⁉︎」


 彼女が私をあの世界に転生させた張本人?


 突然突きつけられた現実に疑問符ばかりが頭に浮かぶ。


 何のために?


「急にこんな事言われても混乱するわね。ただ、当事者である貴方には知る権利がある。どうして、前世の記憶を持ったまま、この世界へと転生することになったのか? それには、私の過去を話さなければならない。貴方にとっては、見ず知らずの女の過去など興味もないだろうけど、聞いて欲しい。全ては、過去の私のエゴによって引き起こされた……」


 頭の中が疑問で一杯になっている私を前に、マリアさんのもの悲しい過去が明かされる。


「私が最後の白き魔女だったと話したわね。あの当時、白き魔女としての力を使えたのは私ただ一人だった。生まれた時から桁外れの魔力を持っていた私は、未来を見通す力『さきよみの力』をも有していたの。その力を持っていたがために、自身が本当の意味で最期の白き魔女になると知ってしまった。

 当時、リンベル伯爵家は白き魔女を生む家として、王家から特別な優遇措置がとられ、それで成り立つような特殊な貴族家だった。もし、白き魔女が私の代で(つい)えてしまうと判れば、王家はリンベル伯爵家を見捨てるかもしれない。大切な家族を路頭に迷わせる事になると考えた私は、ある計画を実行する事にした。

 莫大な魔力を有する白き魔女は、転移魔法を扱う事が出来る。それは、自身の命と引き換えに行う、禁忌の魔法だった。リンベル伯爵家を救うため、いつか白き魔女を復活させるため、私は自身の命と引き換えに転移魔法を発動させる事に決めたのよ」


 目の前のマリアさんの表情が暗く沈む。

 

 当時の白き魔女の立場がどのようなものだったかは分からないが、悲しみを瞳に浮かべ無理して笑う彼女の表情が全てを物語っていた。自分が本当の意味での最後の白き魔女だと知った時、家族を守るため、自身の命を投げ出す決意をするまでに、どれ程の覚悟をした事だろう。


「でも、当時私には愛する人がいた……

その人を遺し、死ぬのがとてつもなく悲しかった。いつか彼は私の事を忘れてしまう。きっと私を忘れ、他の女性と幸せになるだろうと。悲しくて悲しくて仕方なかった」


 愛する人に忘れられてしまう現実。

 

 きっとマリアさんは、『白き魔女』になどなりたくなかったのだ。莫大な魔力を持ち、多くの偉業を成し遂げて来たであろう彼女の本心は、ただ愛する人と幸せになりたかっただけなのかもしれない。


 愛する人と結婚をし、子供を産み、幸せな家庭を築くことを夢見る普通の女の子に、本当はなりたかったのではないか?


 そんな些細な夢すら叶わないと理解したとき、そして愛する恋人にすら忘れ去られるかもしれと考えた時、想像を絶する絶望に襲われたのではないだろうか?


 私だったら耐えられない……


「……だから、禁忌を犯してしまった。

白き魔女は、子を成すと急激に力を失う。でも、彼の子が欲しかった。私が生きた(あかし)を彼の元に遺したかった。結果、私は男の子を生み、数日後に転移魔法を発動させ、あの世界から私の肉体は消滅した。転移魔法は成功し、私の魂を器にした魔力はリンベル伯爵家に生まれる次代の白き魔女へと受け継がれる筈だった。しかし、子を成した事で魔力が不安定になった影響かとんでもない事が起きてしまった。

 アイシャ、貴方は日本人としての生を終え、あの世界のリンベル伯爵家のアイシャとしての生が始まる事は定めで決まっていた。そして、私の魂から魔力を受け取り、白き魔女として復活することも定められていた。

 日本人としての生を終えた貴方の無垢な魂が、生と死の狭間に来た。そして、私の魂と混ざり合い魔力のみを受け渡そうとした時、事件は起こったの。貴方の魂と私の魂が融合し、そのままあの世界へと転生してしまった。その影響か、貴方は前世の記憶を残したまま転生することになった。そして、私の魂が融合した事で、一部の魔力が弾き出され、とんでもない影響を及ぼす結果となった。グレイスとクレア、あの二人も前世の記憶を残し転生した。乙女ゲームの世界に執着したグレイスと前世の貴方に強い悔恨を残していたクレアの魂を呼び寄せてしまったのね。

 結局、私のエゴで貴方達を巻き込み、あの世界を歪める結果となった。アイシャ、本当にごめんなさい。前世の記憶がなければ貴方はあの世界でもっと生きやすかったでしょうに」


 前世の記憶がなければ、あの世界が乙女ゲームの世界だと思い込み、苦しむ事もなかったのだろうか?


……でも、違う………………


 前世の記憶があったからこそ梨花にも会えたし、わかり合う事も出来た。


 前世の記憶がなければ、今のアイシャはいなかった。貴族社会の柵に囚われた平凡な令嬢だったかもしれない。


 今まで出会ってきた人達との関係性も変わっていただろう。リアムとの関係も……


「辛いことや苦しいことも沢山あったけど、前世の記憶があって良かったと思います。じゃなきゃ、アイシャとして生きた世界を全て否定する事になる。

私は、あの世界をアイシャとして生きられて幸せでした。人を愛する喜びを知ることが出来たんだもの……」


 自然な笑みが浮かんでいた。


「マリアさん、あの世界へ……

リアムのいる世界へ帰りたいです!」




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