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17. 悔恨【リアム視点】


 私は生かされてしまった……


 彼女の少しおどけた笑い声も、心を掴まれる真剣な眼差しも、真っ赤に頬を染め恥ずかしそうに睨む初々しい表情も、そして私を見つけた時の煌めくような笑顔も……


 青白く輝き横たわる彼女を見つめ思う。

 もうアイシャは戻って来ないのかもしれないと。


 私を助けたりしなければ……


 ベッドの縁に腰掛け、眠り続ける彼女の頬を撫でる。


 温かい……


 こうして、日に何度も彼女に触れ、生きていると確かめねば、安心出来ない。


 それほどに横たわる彼女は儚い……





……あの日……


 グレイスに脇腹を刺された私は確かに死にゆく存在だった。痛みはなく、ただただ体から力が抜け、意識を保つ事も出来ず、漠然と死ぬのだと感じていた。


 アイシャを守れたならそれでいいと。

 彼女に何も伝えられず死ぬのだけが心残りだった。


 アイシャだけを愛していると……


 最期の言葉を伝える気力もなく、私の世界は暗転した。




 真っ白な世界の中、優しい声に導かれ、目を凝らすと青白く輝く光がはるか遠くに見え、手を伸ばした瞬間、私室のベットの上にいた。


 刺されたはずの傷痕は跡形もなく消え去り、痛みすらない。


 今までの事が全て嘘だったのではと思える状況に唖然としていると、メイドが花瓶を落とす音で我に返り、しばらく経つと父と母が部屋に駆け込んできた。


 私は生きているのか?


 ベッドの縁で泣き崩れた母と安堵のため息を吐いた父の様子に、自身が本当に生きているという実感が湧く。それと同時に感じる嫌な胸騒ぎ。


「アイシャは⁉︎ アイシャは、生きているのですか?」


 私の剣幕に息を飲む母と父の沈痛な面持ちに、嫌な予感が的中した事を知った。


「アイシャ嬢は生きている。しかし、仮死状態なのだ。あとどれくらい保つかわからない。今、リンベル伯爵家にいる」


 私は家族の静止を振り切り飛び出すと、馬を必死に走らせ、リンベル伯爵家の門扉を抜け、エントランスへと駆け込んだ。


 私の(ただ)ならぬ様子に応対した使用人が慌ててリンベル伯爵夫人に取り継ぎ、焦燥した彼女にアイシャの私室へと連れて行かれた。


 ベッドに横たわるアイシャは青白い光に包まれ、目を閉じている。頬にはほんのり赤みが差し、唇も美しい紅を保っていた。


 眠っているのか?


 規則正しく上下する胸元が、彼女が生きている事を俺に伝えていた。


「あの日からアイシャは目を覚ましません。あの娘は、自身の全てを使い、貴方を助ける選択をした。

自身の命よりもリアム様の命が何よりも大切だったのでしょう。リアム様、貴方にその意味がわかりますか? 私達、家族は誰も貴方を恨みません。どうか、あの娘が救った命、大切にしてください」


 アイシャは、自分の命と引き換えに私の命を救った。


 そんな…そんな…そんな………………


 いつまでも笑っていて欲しかった。

 私の側でなくてもいい。

 誰の隣にいようとも、彼女が幸せならそれでよかった。


 生きていても、人形のように何の感情も示さない彼女を見つめ思う。


 アイシャのいない世界になんの意味があるというのだ。


 ひとり残された部屋で、眠り続けるアイシャの手を握り呟く。


「君のいない世界なんて何の意味もない。

……頼む。目を覚ましてくれ……」


 後から後から涙があふれ、握った彼女の手に雫が落ちていく。




 アイシャを失った消失感は大きく、自身の執務にも身が入らなくなった私は、私室に篭りがちになっていた。


 そんなある日、突然キースが私を訪ねウェスト侯爵家へやって来た。


「とうとう腑抜けになったか」


「キース……」


 私室にズカズカと入って来たキースに胸倉を掴まれ、殴り飛ばされる。


 床に背中を打ちつけた衝撃か、口の中が切れ鉄錆(てつさび)の味が広がる。


「お前の事は殴っても殴っても足りないくらい憎い。アイシャの心を奪い、グレイスを陥れるため、彼女を危険にさらした。それだけでなく、死にかけたお前を助けるため、力を使った代償でアイシャは深い眠りについてしまった。なのに、当のお前は助けられた命を顧みず、自堕落な生活に落ちた。今のお前の状況を見たら、アイシャも幻滅するだろうなぁ。こんな男の命なんて助けなければ良かったと」


「あぁ。私の命なんて助けなければ良かったんだ」


「だが、アイシャが最期に望んだのは、お前が生きる事だった」


「最期の彼女の言葉だ」


 一枚の青い便箋を渡される。


『キース様、婚約を前に勝手をするアイシャをお許しください。

貴方様が、この手紙を読む頃には、わたくしは、この世にいないかもしれません。自身の運命に逆えず命を落とすかもしれないとわかっていても、愛する人を助けたいのです。キース様、今まで本当にありがとうございました。貴方様がいたからこそ、わたくしは傷ついた心を癒す事が出来ました。貴方様と一緒なら幸せな未来が築けると思い、本気で結婚を考えていたのも事実です。しかし、私の心の片隅には、ずっとリアム様がいました。リアム様がこの世から消えてしまうと考えた時、彼を見捨てる選択だけはわたくしには出来ませんでした。勝手をするアイシャをお許しください』


「あの日、お前を助けに向かったアイシャは、自分の死を覚悟して俺に最期の手紙を遺してくれた。その手紙がアイシャの本当の気持ちだ。結局、アイシャが最期に選んだのはリアムお前だった。彼女はまだ死んでいない……

彼女がこの世に戻って来るかどうかはお前の行動にかかっている。悔しいが、俺が側にいたのでは駄目なんだ。アイシャの側にいてやってくれ」


 私に背を向け、キースが立ち去る。


 アイシャは、俺との未来を選ぼうとしていた。


 散々傷つけ泣かせてきた私を許し、手を取ろうとしてくれていた。


 アイシャはまだ生きている……


 彼女との未来は潰えていない。


 私はある決意の元、リンベル伯爵家へ向け馬を走らせた。


 出来うる限りアイシャの側にいようと。



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