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16. 裏切りの果て【グレイス視点】


 やったのよ……


 私からヒロインの座を奪った、あの女の一番大切なものを奪ってやった。


「……はは…はははは…………」


 血濡れた短剣を手に笑いが込み上げる。


「グレイスお嬢様、満足頂けましたか?」


「……満足? そうね…………」


 壊れたように笑い続ける私の背後にセスが近づき、全てから守るように私を抱き締め、伸びてきた手に視界を塞がれる。


「ゆっくりお休みなさい……」


 その言葉を最後に私の意識はブラックアウトした。








 あれからどれくらいの時を、この汚い地下牢で過ごしただろうか。


 簡易的なベットがあるだけの空間。窓もなければ明かりもない闇で過ごす日々は、時間の感覚まで私から奪い去った。


 唯一外に出られるのは、裁判に立つ時だけ。


 美しく輝いていた髪はガサガサとなり、陶器のように艶めいていた肌は、栄養が足りていないためカサつき薄汚れている。誰もが振り返る程の美貌は見る影もなく、まるで老婆のような姿に変貌していた。


 始めは、抵抗する気力もあったが、過酷な地下牢での生活は私から戦う力をも削いでいった。


 明日、私の死刑が執行される。


 つらつらと述べられた罪状は、ほとんど覚えていない。


 どうでも良かった……


 これで解放されると思えば、死刑も悪くない。


 乙女ゲームのヒロインであるはずの私がこの世界から消え去る。


 アイシャが言った言葉を思い出す。


『貴方は白き魔女でも、ヒロインでもない。ただのグレイスよ。私達が生きている世界は乙女ゲームの世界なんかじゃない!グレイス!現実を見なさい‼︎』


 あの娘が言ったように、この世界は乙女ゲームの世界ではなかったのかもしれない。


 もう疲れた………





 ガラガラガラガラ…………


……うっ…んぅ……眩しい………………


「グレイスお嬢様、目を覚まされましたか?」


「えっ⁉︎ セスなの?」


 横になっていた体を起こすと、目の前にニッコリと笑うセスがいた。


…………夢なのか?


 辺りを見回すと、どうやら簡素な馬車に乗っているようだ。


「お久しぶりですね。地下牢生活はいかがでしたか? 最下層の生活も中々のものでしょう?」


「セス、貴方が私を処刑場まで連れて行くのね。さぞかし、私を憎く思っていた事でしょう。平民出の女に、貴族のお坊ちゃんが顎で使われていたのですもの。最期に、罵声でも浴びせに来たのかしら?」


「いいえ。違います……」


「じゃあ、何よ! (みじ)めに死んでいく私を笑いにでも来たの‼︎」


「それも違います……」


 目の前に座るセスの顔つきが変わり、心底おかしいと言うように笑い出す。


「何が違うって言うのよ⁉︎ 手枷に足枷までつけた私を処刑場まで連れて行くのでしょ‼︎」


「処刑場まで連れて行く必要なんてありませんよ。貴方を地下牢から勝手に連れ出したのは私ですから」


 セスは私を救い出してくれたの?


 最後まで私の味方でいてくれたセス。

 ドンファン伯爵を殺した後も、手足となり働いてくれたセス。


「あぁ。勘違いしないでくださいね。別に私は貴方を救い出した訳ではありませんから。ノア王太子との密約通り、戦利品を頂いたまでです」


 ノア王太子との密約?

 どういう事なの? 戦利品ってなによ?


「ふふふ。貴方はずっと私が忠実な執事だと思っていたようですが、私の本当の主人(あるじ)は、ノア王太子ですよ。今までの貴方の計画は全て筒抜け、まんまと罠にかかったのは、グレイス貴方だったという訳です。白き魔女ですか? さきよみの力などない癖に、ドンファン伯爵に踊らされ、罪を重ねていく貴方は実に愚かで、美しかった」


 狂気を(はら)んだ目をして饒舌(じょうぜつ)に話すセスに恐怖を覚える。


「今まで思い通りに動いていたのも、わたくしを(あざむ)くため? わたくしを陥れるため、ノア王太子と結託(けったく)していたと」


「えぇ。そうです。全ては貴方を手に入れるためにね……」


 不気味に笑うセス。


 私をどうする気なの?


 後ずさろうとするが、狭い馬車の中それも叶わない。


「私が恐ろしいですか? 恐怖に見開かれた瞳のなんと美しいことか」


 簡素なワンピースの胸元が引き裂かれる。


「グレイス、貴方は今日処刑された。もうこの世に貴方はいない……

手に入れた戦利品を私がどう扱おうが構わないでしょう? この世から消え去った貴方が頼れるのは私しかいない。貴方の全ては私だけのものだ……」


 私は死んだ……


 仄暗い感情を宿したセスの瞳に私が写る。


 彼の瞳の中でしか私は生きられない……


 唇を塞がれ貪られる。


 熱を(はら)んだ瞳に見つめられ、心の奥底に(くすぶ)り続けた欲望が溢れ出す。


 あぁぁぁぁ…ずっと欲しかったセス……


 何度、誘惑しようとも決して手に入らなかった彼が私を貪る。


 官能に支配された脳が鮮明な記憶を呼び覚ました。


『セス・ランバン』


 彼こそ、前世死ぬ間際まで攻略に苦戦した隠しキャラではないか。


 悪役令嬢に付き従う忠実な執事だった『セス・ランバン』


 あんなにやり込んだ乙女ゲームで彼だけは最後まで攻略出来なかった。


 あぁぁ…やっと彼を攻略出来たのね。


 やはりこの世界のヒロインは私なのだ。


 彼に囚われて過ごす未来。

 これが、ヒロインとして転生した私のエンディングなんだわ……


 去来した幸福感を胸に、彼から与えられる甘美な愛撫に身を委ねた。




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