12. 乙女ゲームの矯正力
罠だとわかっている……
リンベル伯爵家を飛び出した私は、辻馬車に乗り街に来ていた。
リアムを心に残しながらキースのプロポーズを受けたヒロインの辿る結末は、バッドエンドだった。
もし、乙女ゲームのヒロインと同じ運命を辿るなら私は死ぬ運命なのだろう。私が死ぬことで、グレイスは元のヒロインの立ち位置に戻り、存在しないアイシャはこの世界から消え去る。
これがこの世界の矯正力なのかもしれない。
死ぬ運命だと分かっていてもリアムを見捨てる選択だけは出来なかった。
彼は私の特別な人……
本当イヤになる。
ご丁寧に地図まで同封してあるなんてね。
グレイスとの決戦を前に、緊張からか無意識に、持っていた鞄を撫でる。
最期まで、リアムから貰った短剣を使う運命になろうとは……
グレイスと刺し違える事になったとしてもリアムを助ける!
私は街外れにある朽ち果てた屋敷へと先を急いだ。
『ギィィィ……』
朽ちかかった扉はいとも簡単に開き、そっと辺りを見回し誰もいない事を確認すると、足元に気をつけながらゆっくりと進む。
外にも中にも見張り一人いないなんておかしくないか?
侯爵家令息を監禁しているのだから、見張りが大勢ウロウロしていると考えていたが、人の気配すらしない。
これもグレイスの仕掛けた罠なのだろうか?
壁伝いに慎重に歩みを進めると、奥に揺らめく光とボソボソと話す声が聴こえてきた。
とりあえず、光が見える方へ歩みを進めると、徐々に話し声も大きくなっていく。
「リアム様、悪く思わないでくださいな。貴方が、この世界のヒロインであるわたくしではなく、アイシャなんていうモブですらない女を選んだのが、間違いだったのよ」
「グレイス、アイシャに何をするつもりだ? まさか、傷つけるつもりなのか⁉︎」
「いいえ。わたくし自ら手を下すなんておぞましい。あの女には、貴方の命と引き換えに死を選んでもらうわ」
やはり、シナリオ通りだ。
私は影に隠れ、中の様子を伺うと、椅子に縛られ動けないリアムと、そんな彼の顎を掴み上向かせ、話しかけるグレイス。そして、彼女の仲間と思しき数名のゴロツキと後方で控える真っ黒な燕尾服をまとった執事と思われる男が室内にはいた。
グレイスは乙女ゲームのシナリオ通り、私に死を選ばせようとしている。
このまま無様に死ぬ訳にはいかない。
今から街の憲兵の詰め所に行き、事情を説明し助けを求めるのはどうだろうか?
幸い、リアムはまだ死にそうには見えない。
『一人で来るように』
手紙の内容が頭をよぎる。
万が一、憲兵を連れて来た事がグレイス側にバレたら、リアムの命が危険にさらされる。
一人でどうにかするしかないのか。
私は、護身用の短剣を取り出すと、ゆっくりと歩みを進める。
「その汚い手をリアム様から外してくださるかしら。お約束通り、来ましたわ」
突然の登場に、グレイスがパッと顔を上げ、私を見つけるとニタァと笑みを浮かべる。
「あの手紙を読んで本当に来るなんて、よっぽどリアム様を愛しているのね。初めましてアイシャ様。きちんとお話しするのは初めてですわね」
グレイスが周りのゴロツキに合図を送り、徐々に彼らとの間合いが詰められる。
「近寄らないでくださいね。わたくし、これでも騎士団で剣の修行をしていましたの。下手に近づいて怪我なんてしたくありませんでしょ」
間合いを徐々に詰めていたゴロツキの足が止まる。
「グレイス様、お約束通り一人でこの屋敷に来ましたわ。リアム様を解放なさいませ。貴方の目的はわたくしでございましょ?」
「ははははははは……」
グレイスの高笑いが室内に響く。
「貴方、バカですの。本気でリアム様を解放すると思っているなんて、バカ過ぎじゃないかしら。解放する訳ないじゃない。私はねぇ……
アイシャも憎いけど、リアムも憎いのよ。ヒロインである私を陥れたのよ。私と婚約したのも、ドンファン伯爵を騙し、私が『白き魔女』ではない証拠を掴むため。そのせいで、ノア王太子にまで疑いを持たれる結果となってしまった。私は、白き魔女なのよ。この乙女ゲームのヒロインたる白き魔女なのよ! だから、予知を完結させねばならない。
今までだって、全てが私の思い通りだった。私がデタラメを言ったとしても、必ず予知は当たったのよ。だから、今回も成功するわ……
愛する二人は、ここで死ぬ運命なの。ヒロインたる白き魔女が予知したのだから、運命が覆る事はない。さて…どちらから殺して欲しい?」
狂気を孕んだ目をして、短剣を握ったグレイスがリアムの首筋に刃を当てる。
「貴方の愛するリアムが死ぬ所が先に見たい? そうねぇ、貴方が自ら命を絶つなら、リアムは後からゆっくり殺してあげるわよ」
常軌を逸したグレイスの高笑いだけが室内に響きわたっていた。




