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11. 家族の愛


「アイシャ様!今日は一日大忙しですわよぉ~」


 早朝に叩き起こされた私は、寝起きの頭でボンヤリと考えていた。


 今日って何かあったかしら⁇


「もぉ、アイシャ様ったら。そんなポカンとした顔しませんの。もうすぐ次期侯爵夫人となられる方が、それでは嫁ぎ先で馬鹿にされますわ! 明日は、キース様とアイシャ様の婚約披露パーティーではありませんか。明日に向けて、今日一日かけて貴方様をピカピカに磨きあげねばなりませんのよ!

あぁぁぁ、時間がいくらあっても足りない。さっさと起きて下さいませ!」


 すっかり忘れていた……


 明日は、婚約披露パーティーではないか!


 一週間前にもナイトレイ侯爵家にて最終打ち合わせをしたというのに。


 未だに私の心は揺れている。


 婚約披露パーティーが近づけば近づく程、私の心は揺れ動く。


 本当自分の性格が嫌になる。

 こんなにウジウジとした性格していたかしら?


 恋を知るまではこんなんじゃ無かった。

 自分の趣味に生き、夢を実現するために無我夢中で突き進む事が出来た。


 やっぱり一人で生きていく道を模索した方が良かったのではないか?


 結局、私は優しく包んでくれるキースに甘えているだけなのだ。彼を好きかと言われると、たぶん違うのだろう……


 今さら婚約をなかった事に出来る訳もなく、そんな事をグルグル考えてしまう毎日に嫌気がさし、婚約披露パーティーが近づけば近づく程、現実逃避に走っていた。


 もう逃げられない………

 アイシャ、覚悟を決めなさい!


 私は憂鬱で起きたくないと訴える体を無理矢理起こし、侍女に促され浴室へと向かった。





 メイド総出で、身体の隅々までピカピカにされた私は、私室にて髪を丁寧にすいてもらっていた。


 香油を塗り、丁寧にすかれた髪は光を浴び美しく輝く。爽やかな香りを鼻腔いっぱいに吸い込むとモヤモヤとした気持ちも何だかスッキリする。


「アイシャ様、少しスッキリされましたか? 最近、ずっと眉間にシワ寄せてため息を溢している事が多く心配しておりました。ここ一ヶ月準備でお忙しくされていましたし、疲れが出たのかもしれませんね」


「確かに忙しかったわね。頻繁にナイトレイ侯爵家へも通っていたから、正直しんどかったわぁ。お母様直伝の鬼の花嫁修行もあったしね。本当、わたくしよく耐えたわ」


「そうですねぇ。奥様の怒声が響かない日はございませんでしたもの。そんな日々も終わりかと思うと何だか寂しいです」


 ちょっぴり涙を浮かべた侍女を励ますように言う。


「なに言ってるの! 明日、婚約披露パーティーだけど、結婚はまだまだ先よ。これからもよろしくね」


「こちらこそよろしくお願い致します」


 婚約しても結婚はまだまだ先なのだ。


 まだまだ先、気楽に行こう……


「アイシャ様、準備が終わりましたので、わたくしはこれで失礼致します。奥様より伝言がありまして、温室でお待ちとのことです」





 庭の一画にある小さな温室。ここは、母自ら手入れを行い、色とりどりの花が年中咲く、母のお気に入りの場所だ。


 扉を抜け、温室内を歩いて行くと椅子に腰掛け、ゆったりとお茶を飲みながら私を待つ母を見つけた。


「お母様、遅くなりました」


「アイシャ、明日の準備はあらかた済んだみたいね。座って」


 目の前の椅子に腰掛けると、母自らお茶を入れてくれる。辺りを見回すが、人払いをされているのか給仕をする侍女すらいない。


「えぇ。滞りなく。あとは、明日のパーティーを待つばかりです」


「そう……」


 沈黙が流れる………………


「アイシャ、以前に貴方に言った言葉を覚えているかしら? 貴方が、高貴な御三方から求婚されて、婚約者を選ばざるおえなくなった時、わたくしは貴方に、誰を選ぶかは自ずとわかるものだと。心が訴えてくるものだと」


「はい。覚えております」


「……貴方の心にいる殿方はいったい誰なんでしょうね?」


「アイシャ。わたくし達家族は、貴方がこの先どんな選択をしようとも、貴方の味方です。心のままに生きなさい。貴方の幸せが、私達家族の幸せなのだから」


 テーブルに置かれた私の手に母の手が重なり、優しく握られる。


 お母様は、私の心にキースがいないと気づいているのだろうか?


 ずっと心に居座り続けるリアム……


 小さな頃から、ずっと私の側に寄り添い助けてくれた存在。なぜか、気づいたら彼を目で追っていた。


 リアムだけが特別な存在だった。


「アイシャ、泣かないで……」


 後から後から流れる涙を、母に拭われる。


「お母様…ごめんなさい……」


「いいのよ。貴方の思うまま生きればいいの」


 泣きじゃくる私をいつまでも母は抱き続けてくれた。







 真っ赤な目をして私は私室への廊下を歩く。


『さて、使えるものは、権力でも財力でも何でも使って婚約話をなかった事にしましょう。ふふふ、こんな時王妃の妹で公爵家出身で良かったと思うわ』


 母は、あぁ言っていたが今さら婚約話を断る事なんて出来るのだろうか?


 それにキースにも申し訳ない。


 誠心誠意謝る他ない。他人任せではダメだ。自分の心の弱さが招いた事なのだから、責任は私自身が負わねばならない。


 結局、家族にも迷惑をかける事になってしまった。


 とにかく明日、朝一でナイトレイ侯爵家へ向かい、自分の正直な気持ちをキースに伝えよう。


 それでダメなら、甘んじて罰を受けよう。それがせめてもの償いになるのなら……


 私室の扉を開け、部屋に入るとソファへ向かう。


 キースから貰った婚約指輪を見つめ、そっと指から外す。


 これも返さなきゃね。


 一ヶ月で指に馴染んだ指輪を外すのは、ちょっぴり寂しいが、そんな気持ちを隠すように、急ぎ机へと向かう。


 手紙?


 物書き机の上にピンク色の封筒が置かれている。


 何かしら?


 封筒を開け、中の手紙を取り出す。


『初めましてかしら? わたくし、ドンファン伯爵家のグレイスと申します。貴方の大切な殿方の婚約者と言えばおわかりになるかしら。

わたくし、とても傷つきましたの。婚約者のリアム様と貴方が恋仲だったなんて。ひどい仕打ちだと思いません? わたくしと婚約しておきながら他の女を愛していたなんて……

だから、憎い貴方にゲームを仕掛ける事にしましたのよ。貴方一人で、街の外れにある朽ち果てた屋敷にいらっしゃいな。貴方は、リアム様が死ぬ前に屋敷に到着することが出来るかしら? この手紙を貴方が読む頃には、リアム様は死にかけかもしれませんわね。屋敷でお待ちしております』


 手紙がヒラヒラと舞い床に落ちる。


 リアムが死ぬ……


 クレア王女の言葉が頭を巡る。


『アイシャよく聞いて! 例え、リアムが危険に晒される事になったとしても助けに行かないで』


 乙女ゲームに存在しない私は、この世界から淘汰される運命なのだろう。


 これが乙女ゲームの矯正力なのかもしれない……



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