セス・ランバンの思惑
「何なのよ‼︎ あの女は‼︎‼︎ 私はこの世界のヒロインよ!モブでもないくせに……
キースもリアムも私を差し置いて、アイシャ、アイシャって‼︎ あぁぁぁぁ、ムカつく‼︎‼︎」
部屋から聴こえてくるグレイスお嬢様の金切り声に口元に浮かんだ笑みが深くなる。
どうやら計画は上手くいっている様だ。
私がドンファン伯爵家で執事見習いとして働きだしたのには、ある特殊な経緯がある。
元々はランバン子爵家の長子だった私が、伯爵家如きの執事として働く必要など全くないのだが、ランバン子爵家はただの一般的な子爵家とは立場が異なる。
ランバン子爵家は王家の諜報活動を一手に担う、裏の顔を持つ。もちろん、王家にはお抱えの諜報機関も存在するが、時の王がランバン子爵家当主と『血の契約』を交わす事でのみ得られる情報は、多岐に渡り、治世をも左右する力があると言われている。
しかし、ランバン子爵家当主は、自身の主人となる王を認めなければ、『血の契約』を交わす必要がないと言われている。代々の当主の中には、時代の王と契約を交わさなかった者もいるらしい。その当時の王は、ランバン子爵家に見捨てられ早々に失脚する事となったようだ。
いかに情報を制する者の力が強いかを示す例でもある。
私は、当主である父から王命にてドンファン伯爵家へ執事として潜入し、内部情報を探るよう命じられていた。昔から黒い噂の絶えなかったドンファン伯爵の弱味を握り、王家が奴を手駒とするための布石となる潜入だった。
長子として、次期ランバン子爵としての力を試すための任務でもあったのだろう。
執事見習いとして潜入し、着実にドンファン伯爵の信頼を得ていった私は、裏界隈のボスとの伝令役をするまでになっていた。
数年が経ち、執事見習いからドンファン伯爵家を取り仕切る執事へと昇格した頃、ある小さな村に住むグレイスという少女が『白き魔女』かもしれないという情報を耳にした。
伝説的な白き魔女の噂など眉ツバ物だと思い、放置していたが、何処で耳にしたのかドンファン伯爵が、彼女を養女にすると騒ぎ出した。噂の真相がどうであれ、奴にとっては利用価値のある良い獲物だろう。グレイスという少女が、奴の毒牙にかかろうと所詮は他人事。あの時までは、憐れな少女に何の感情も抱いていなかった。そう……
ドンファン伯爵の供をして訪れた小さな村で初めてグレイスに出会うまでは。
彼女を見て衝撃を受けた。
ピンクブロンドの髪に、エメラルド色の瞳の少女は、みすぼらしい格好をしているはずなのに絵画の中の女神のように美しかった。
一目惚れだったのだろう……
ドンファン伯爵の卑しい笑みに晒されて、エメラルド色の瞳が不安で揺れる。
母親らしき女の影に隠れ、今にも泣き出しそうな顔でドンファン伯爵を見つめる姿を目で捉えた時、二度目の衝撃に襲われる事となった。
あぁぁぁぁ、あの少女を支配したい……
私の中の凶器が目を覚ました瞬間だった。
『愛と凶器は紙一重』か……
もうすぐ、グレイスの恐怖に歪む顔を見る事が出来る。
信頼していた私に裏切られたと知った時、彼女は私を詰るのだろうか?
私に囚われ、一生私だけに支配されると知った時、彼女は恐怖に怯えるのだろうか?
ノア王太子と『血の契約』を交わした。
グレイスの人生を貰い受ける代わりに……
あの男は、狡猾な側面を持つ。ウェスト侯爵家のリアムがリンベル伯爵家のアイシャに想いを寄せているのを利用して、グレイスの白き魔女としての真価を探るため彼女の婚約者に据えた。私がグレイスに執着している事をノア王太子が知っていたかどうかは分からないが、結果として奴は私と『血の契約』を結ぶ事にも成功した訳だ。
王になるには運も必要になる。
あの男は、次期王としての狡猾さも、運の強さも兼ね備えている。この国の未来は安泰だろう。
怒り狂っていたグレイスを思い出し、笑いが込み上げてくる。
アイシャ嬢が一人で町に出掛ける日時を掴み、その情報をグレイスに流した。
奇しくも、裏界隈のボスとリアムが密会する日と重なるなんて、運命の悪戯としか言いようがない。
グレイスの怒り狂った叫び声を聞く限りだと、アイシャ嬢をゴロツキに襲わせる計画は失敗したようだ。もしかしたら、リアムかナイトレイ侯爵家のキース当たりが助けに入ったのかもしれない。
アイシャ嬢にも色々と影の者がついているようだし、グレイスが考える計画など、所詮は穴だらけだ。上手く行く筈もない。
さて、今後グレイスの立場は着実に悪くなって行くだろう。ドンファン伯爵の命も風前の灯火だ。
あとは、転落した彼女が私の手の中へ堕ちてくるのを待つのみだ。
『チリンチリン』
グレイスが私を呼ぶベルの音が聴こえる。
今は忠実な執事を演じてあげよう。貴方が私の手に堕ちるまでは……
黒い笑みを浮かべ、グレイスの部屋の扉をノックした。




