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1. 疑惑【グレイス視点】


「わたくしは本物の白き魔女でございます。さきよみの力もございます‼︎‼︎」


 ドンファン伯爵に連れられ登城した私は、この国の重鎮が勢揃いした絢爛豪華(けんらんごうか)な部屋に通され、尋問を受ける事となった。


「グレイス嬢、この審問会は裁判ではない。貴方には、自由に発言する機会が与えられている。しかし、この審問会が今後裁判を行うかどうかの判断基準となり、万が一裁判が行われた場合、ここでの発言も考慮される事を伝えておく」


 陛下の名代として、審問会のまとめ役となったノア王太子が威圧的に言い放つ。


「貴方には、この国の伝説的存在である『白き魔女』を(かた)った疑いがもたれている」


「騙ったなんて‼︎ わたくしは本物の白き魔女でございます‼︎‼︎ さきよみの力が何よりの証拠ではございませんか‼︎」


「そのさきよみの力に疑わしき点が多々有ると言っているのだ。ドンファン伯爵の友人貴族家に行ったとされる予知についてだが、貴方はここ一年で3つの予知を行っている。

 一つ目は、ダントン子爵家のロイとリッツ伯爵家のリアナ嬢との婚約だ。ドンファン伯爵とダントン子爵はかなり親しい仲だったと聞いている。簡単に言うと金貸しと客の仲だが、没落寸前のダントン子爵家に随分金を貸していた様だな。一方、リッツ伯爵とも、ここ最近急速に交流を持ち始めている。ドンファン伯爵が扱う他国の珍しい調度品の上顧客だとか。そんな中で行われたリッツ伯爵邸でのリアナ嬢への予知。

 リッツ伯爵家のリアナ嬢には困った癖がある。調査によると、彼女は無類の美形好き、しかも口が上手い男に夢中になり易く、おだてに弱い性格をしている。しかもリッツ伯爵は一人娘のリアナ嬢を溺愛しているともっぱらの噂だ。今までの婚約者達は彼女の望む相手を当てがって来たとか。

 しかし、美形で口が上手い男には大抵相手がいるものだ。今まではリアナ嬢の望むまま、相手に婚約者がいようが恋人がいようが、格下の貴族家であれば問答無用で婚約を結んでいた。当然、望まぬ婚約を結ばされた相手は、リアナ嬢を裏切り元婚約者の女性と密会を重ねた結果、婚約が破棄される事も多かったとか。婚約者の男に次々と裏切られ、婚約破棄を繰り返すリアナ嬢は、疑心暗鬼になり、社交界でも有名な嫉妬深い令嬢として名を馳せる様になった。それを忌々しく思っていたのだろうな。年齢的にも結婚せねば、行き遅れになる事を恐れた彼女は父親の伝手を使い、さきよみの力を持つ白き魔女に会い、自身の心の内を明かしたそうだ。

 グレイス、貴方はリアナ嬢に『貴方の望む男性は必ず得られます。貴方の相手は、目見麗しい男性で、周りに沢山の女性を侍らせているが、彼の心はたった一人の女性を求め彷徨っている。貴方と出会った瞬間、彼は本当の恋に落ちるでしょう。貴方の運命の相手はその男性です』と言ったそうだな?間違いはないな?」


「はい。リアナ様は、次々と婚約者に裏切られ御心を傷めておいででした。好きになった男性に裏切られる人生に終止符を打ちたいと申され、さきよみの力を持つわたくしに未来を見て欲しいと涙ながらに頭を下げられました。元々、わたくしの持つさきよみの力は、突然湧き出るイメージの様なもの。占いとは違うのです。特定の人物の未来など予知出来ないとお断りしようとリアナ様の手を握った瞬間、頭にリアナ様とある男性が幸せそうに微笑む映像が湧いたのです。そのイメージのままリアナ様には、ノア王太子殿下が仰る通りの事を伝えたまでです。まさか、本当にイメージ通りの方と婚約されるとは思いませんでしたが……」


 私は両手を胸の前で組み、祈りの体勢を取り頭を下げる。その様を見た場の雰囲気が僅かに動く。僅かに聴こえる感嘆のため息に、そっと浮かべた笑みが深くなる。


「その婚約話もおかしな事だらけだ。予知を行って直ぐ目の前に予知通りの男が現れるなんて普通あり得ないだろう。裏があると思われても仕方がない。リアナ嬢も初めはロイを疑ったそうだ。何しろ奴は、顔は良いが無類の女好きだと社交界では有名だったからだ。しかし、グレイスの予知通りの人物が目の前に現れた事で、彼が運命の相手か見極めるため、リアナ嬢はロイの人と成りを観察する事にした。親しくなるに連れ、派手だった女性関係が成りを潜め、リアナ嬢に尽くす彼を見て、ロイこそ運命の相手だと確信し、彼と婚約する事を決めたそうだ。しかし、ロイが急に態度を変えた理由もこう考えれば説明がつく。

 ダントン子爵の借金を帳消しにする代わりに、息子のロイをリアナ嬢の婿に差し出せと脅したのではないか?

 そしてリッツ伯爵家に婿入りすれば、後々はリッツ伯爵家の金も自由になると唆したのではないか?

 金策に困っていたダントン子爵も格上のリッツ伯爵家にロイが婿入りすれば、金策の面では安心だ。彼の気持ちがリアナ嬢に有ろうが無かろうが、没落寸前の子爵家を持ち直す為、ロイは必死にリアナ嬢のご機嫌を取り、婚約者の座につこうとするだろう。ましてや嫉妬深い令嬢だ。ロイも迂闊には他の女性と遊ばなくなる。リアナ嬢は自身を愛してくれる運命の相手を手に入れ、貴方のさきよみの力は本物だったと噂が流れる」


「誤解でございます。私は、リアナ様に頭に浮かんだ映像をそのまま伝えしただけでございます。ダントン子爵家のロイ様の事も知りませんし、ましてや金策に困っていたなんて知るよしもありません。ロイ様をリアナ様に、けしかけるなんて出来よう筈ありません!」


 ノア王太子の視線が私の横に座るドンファン伯爵へと移る。


「グレイスはそう言っているが、ドンファン伯爵はどうなのだ? 申し開きはないか?」


「恐れながら、ノア王太子殿下が仰っているのは全て憶測に過ぎないのではないですか? 確かに金策に困っていたダントン子爵に多額の融資を致しましたのも、リッツ伯爵に他国の珍しい調度品を扱う商会との橋渡しをした縁で仲良くして頂いているのも事実です。しかし、グレイスがリアナ嬢に行った『さきよみ』を私共が裏で操作していたなど、何処にそんな証拠がございますか? 証拠がなければただの憶測に過ぎません」


 確かに私がドンファン伯爵に命じて、さきよみの力を実現させていた証拠はどこにもない筈だ。ダントン子爵も口が裂けても今回の計画を外部に漏らす事はない。計画に加担する代わりに今までの借金がチャラになる上、リッツ伯爵家と縁戚になるメリットをあの男が手放すとは思えない。


 この計画を話した時のダントン子爵の欲望に血走った目を思い出す。追い詰められた小物が今更裏切るとは思えない。


「確かにその通りではあるな。では、ダントン子爵の借金がリアナ嬢と婚約後、帳消しになっている理由はなんだ?」


「はて? 理由は判りかねますが、婚約でリッツ伯爵家から支援でもあったのではありませんかな」


「リッツ伯爵からダントン子爵家へ支援があったなど聞いてはいないが、まぁ良い。では、クラレンス辺境伯領にある橋が崩落した事件はどうだ? これもグレイス、貴方が予知してクラレンス辺境伯に伝えていたと聞いたが」


「はい。クラレンス辺境伯領にて、他国とを結ぶ橋が大雨で流されるイメージが突然降りてきまして、そのイメージのまま慌ててクラレンス辺境伯様宛に手紙を送ったまでです。残念ながら面識のないわたくしからの手紙では信じて貰えず、甚大な被害を受けてしまわれた訳ですが」


 私は涙を流し、無力な女性を装い周りに座る者達の同情を誘おうとした。


「確かにドンファン伯爵とクラレンス辺境伯は面識がない。しかもたかが伯爵令嬢からの手紙を鵜呑みにするほど、辺境伯も馬鹿ではない。彼はグレイスが白き魔女と王都で噂されていた事すら知らなかったのだから信じる筈もないな。しかし、その点を利用されたと言ってもいいだろう。面識のない令嬢から送られてきた手紙の通りに、他国とを結ぶ橋が落ちた事を知った辺境伯の驚きは、どれ程のものだったか。王都で噂されているさきよみの力を持つ白き魔女が、自身の領地の危機を予知し手紙を送ってくれたと知れば、貴方を崇拝する気持ちも生まれよう。グレイスが本物の白き魔女であると辺境伯は親しい者達に言い回ったそうだ。その事で、貴方の白き魔女としての地位は確固たるものになっていく。ドンファン伯爵の近しい者達以外にも、貴方を崇拝する者が増えていく」


 あの計画は本当に上手く行った。貴族の中でも隣国との防衛を担う辺境伯という立場は別格だ。侯爵家にも匹敵する地位を得ているクラレンス辺境伯のお墨付きがあれば、『白き魔女』としての噂は、真実味を増す。だからこそ、予知という名の罠を仕掛け、大雨に乗じて辺境伯領の橋を爆破した。計画は全て上手く行き、厳格な性格だと噂される辺境伯が私を神のように崇め出した結果、思いもよらない社交界での地位をも私は手に入れる事が出来た。今や、社交界の貴族の大半は、私の『白き魔女』としての力を認めている。


 たかが平民出の小娘に、高位貴族が次々と(かしず)く様は実に愉快だった。ここに集まった国の重鎮ですら、ノア王太子の言葉を聞いてなお、私を信じる者もいるだろう。


 誰も私の『さきよみの力』が(まが)い物だとは思わない……


「クラレンス辺境伯様からあの事件の後、お手紙を頂きました。その中にはわたくしのさきよみの力を信じ、助言の通りに行動を起こしていたら橋が落ちた事で起こった下流の村の悲劇を未然に防げたかもしれないと、沢山の村人の命を助けられたかもしれないとの悔恨の言葉が(つづ)られておりました。わたくしは今までさきよみの力はあまり人様に言い触らすものではないと考えておりましたが、辺境伯様の無念を感じ、考えを改めました。辺境伯様のような悲しみに暮れる方を増やさない為にもわたくしの力は多くの方に知らしめるべきだと。わたくしが白き魔女であると知る方が増えれば、不幸な未来を生まずに済むと。その結果、わたくしを信じ、支援して下さる方達が増えただけでございます。決して、自身の欲を満たす為、白き魔女を(かた)る事などしておりません」


 私の涙を誘う迫真の演技に、場内が(どよ)めき出す。どうやら、戦況はこちら側に有利に進んでいる。


「クラレンス辺境伯の事件に関しても不思議な点が多々ある。辺境伯に今回の橋の崩落について聞き取りを行った際、不思議な事を口にしていた。元々、あの地域はある時期に長雨が続く。その影響で川が氾濫する事も多く、護岸工事を手厚く行っているそうだ。今年も古くなってきた橋の補強工事をしたばかりだったのだ。元々、隣国との交通の要を成す橋だ。頑丈に作られ、点検も頻繁に行っていた。毎年の長雨にも耐えうる様に万全の対策をとっていたのだよ。その橋が落ちるなんて誰も考えないだろう。その結果、グレイスの手紙は無視された訳だが……

 その話を聞いた調査官が、橋の残骸を調べる事にしたそうだ。結果、火薬で爆破された僅かな痕跡を見つけたそうだ。人為的に崩落させられたと見て間違いないと言っていた。その後、進めた調査でも、橋が崩落した日の前日、辺境伯領の小さな町にある一軒の宿屋に人相の悪い男達数人が大荷物を持ち宿泊した事がわかっている。その男達が橋を爆破する為に遣わされた者達だった可能性は否定出来ない」


「ノア王太子殿下、発言してもよろしいでしょうか? 仮に、その男達が橋を爆破した犯人だったとして私達とどう関係するのでしょうか? まさか、その男達が捕まり、ドンファン伯爵家から指示を受けたとでも言っているのですか?

 確かにグレイスが辺境伯領の橋の崩落を予知したのは事実です。それが人為的だろうと、自然災害だろうと予知が当たっていたのは確かです。私達が爆破した犯人だと示す証拠もないのに疑うのはやめて頂きたい。もしかすると橋を爆破した犯人は隣国の冠者かもしれませんよ」


 ドンファン伯爵の言う通り、私達が犯人だと示す証拠は何もないのだ。


 今、ノア王太子が言っている事は全て証拠がない憶測に過ぎない。これで私を『白き魔女』を騙った罪で裁く事なんて出来ない。


 私達の勝ちだ……


 私は俯き、自身の勝利を確信し笑みを浮かべていた。


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