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23. 薔薇園での誓い


 ナイトレイ侯爵家で過ごすのも今日で最後かぁ……


 私は、居間でお気に入りの本を読みながら、此処で過ごした日々を思い出していた。


 本当、キースはずっと私に付きっきりだったなぁ~


 慣れって怖い……


 始めはキースの過度なスキンシップにいちいち真っ赤になっていた私だったが、今では腰を抱かれ密着しようが、フォークに刺さった果物を目の前に差し出されようが反射的にパクッと食べてしまう程には動じない精神力がついてしまった。

 完全にこの数週間でキースの術中にはまり、手の平の上でコロコロと転がされている気もするが今さらである。


 しかもそんな私達のやり取りをナイトレイ侯爵や夫人、はたまた使用人の皆様に生温かい目で見守られていたと分かった時は、恥ずかしさで憤死寸前だった。


 昨晩の夕食の席では、明日此処を去る私に夫人から爆弾が投下された。


『リンベル伯爵家へ戻っても直ぐにナイトレイ侯爵家へ戻って来て下さいね。わたくし、お嫁に来る方の花嫁衣装を一緒に考えるのが夢でしたの。すでに、デザイナーからお針子さんまで最高の技術者を調達済みですのよ。あぁ~真っ白なウェディングドレスを着たアイシャ様、想像するだけで涙が出そう。あら? 何だったらこのまま花嫁修行も此処ですれば良いじゃない。善は急げね。リンベル伯爵家へ伝令を……』


 急展開に唖然と夫人を見つめる事しか出来ない私と、隣でニコニコと夫人の暴走を眺めるキース。

 執事が夫人の言を実行しようとして、やっと暴走を止めに入ってくれた侯爵というある種異様な雰囲気の中、進む食事。そんな家族団欒を微笑ましく見つめる使用人の皆様の温かい目。


 もちろん私の背を大量に冷や汗が流れていたのは言うまでも無い。


 侯爵に嗜められ、ブー垂れていた夫人の恨めしげな瞳をソッと回避してしまっても許して欲しい。


 侯爵夫人怖過ぎる……

 ナイトレイ侯爵家…怖過ぎる……




「アイシャ様、キース様から庭園を散歩しませんかとのお誘いですが如何されますか?」


「ご一緒すると伝えて貰える」


「かしこまりました」


 キースとも最後なのね……

 たくさん迷惑をかけた。心配もたくさんさせてしまった。最後くらい、きちんとお礼を言わなくてはならない。


 退室する侍女を見送り、準備に取り掛かった。




「この薔薇園も見納めですのね。ナイトレイ侯爵邸は、本当に庭園が美しい。ここの薔薇園も素敵ですが、わたくしは柔らかな陽ざしが差し込む木立のトンネルを歩くのが好きでした。そして木陰でのんびり読書をするのも。ナイトレイ侯爵家の皆様には本当に良くして頂きました。たくさんご迷惑をお掛けしましたのに、嫌な顔ひとつせず接して下さり感謝しております」


 キースの腕に手を添えて、色とりどりの薔薇が植えられた花壇の道を歩く。


「何だかこのままアイシャがナイトレイ侯爵家とは疎遠になってしまうのではないかと心配になってしまう口ぶりだね」


「えっ⁈そんなつもりでは……

長い間ご迷惑を掛けたのは事実ですし、皆様に良くして頂きましたのでお礼をと思いまして。それにキース様には本当に心配ばかりかけてしまって……

ナイトレイ侯爵家の皆様のおかげで、キース様のおかげで辛く、苦しかった日々が楽になりました。本当にありがとうございました」


 私はキースの腕から手を離し、深々と頭を下げる。


「ねぇ。アイシャ顔をあげて」


 彼の声に下げていた頭を上げると目の前に片膝をつき、私の左手をとったキースがいた。


「えっ⁇ あのぉ……」


 私どうしたらいいのよぉぉぉぉぉ……

 これどっかで見た事ある。まさかのプロポーズってやつ?

……ははは…まさかぁ~……

……冗談よね⁇


 ひとり脳内ノリツッコミをしながらアワアワしていた私を見上げキースが話し出す。


「アイシャ、真剣に聞いて欲しい。貴方の心にリアムが居るのは分かっている。しかし、俺はどうしても貴方を諦める事なんて出来ない。今は、リアムの身代わりだって構わない。いつか貴方はリアムを忘れられる日が来る。いや、俺が忘れさせる。これからの人生、俺と歩む道を真剣に考えて欲しい。

今回、アイシャと長く一緒に居て俺も欲が出てしまった。もっともっと一緒に過ごしたいんだ。長い時を一緒に過ごせば、必ずアイシャの心を俺に向けさせてみせる。

リアムの事で悲しむ貴方をもう見ていたくない。俺の側で笑うアイシャをずっと見ていたいんだ。もう貴方を一人で悲しませたりしない。俺がずっと側にいる。アイシャ、結婚して欲しい……」


 目の前に跪き、私を見上げる彼の熱い眼差しに囚われる。そして、ゆっくりと左手の薬指に指輪が通された。


 見事なブルーサファイアを中心に左右に小さなアクアマリンの石が配されたシルバーの指輪。キースの瞳の色と私の瞳の色が配された指輪の意味なんて分かっている。


 結婚を約束した婚約者に最後に贈る指輪。男性側の瞳の色の宝石を配した指輪を受け取る行為は、貴方との結婚を承諾したとみなされる。

 この国では、結婚の最終判断は女性に委ねられる。最後に渡される指輪を受け取らなければ結婚を承諾した事にはならない。しかし、この指輪を受け取ってしまえば、滅多な事では結婚を反故する事は出来ない。それ程、重要な指輪なのだ。


 この指輪にキスを落とせば了承の意になる事も分かっている。


 このままキースと結婚する未来。


 リアムを忘れられる日は来るのだろうか?


 キースと過ごした日々で、彼が私をとても大切に思ってくれていると感じる。彼との結婚生活はきっと幸せに満ちている。ナイトレイ侯爵家の皆様にも結婚を歓迎されている。


 何をためらう必要があるのだろう……


 リアムは私を裏切り、苦しめた男よ!


 キースと幸せな家庭を築こう。

 楽しくて、笑いの絶えない家族を……


 きっと忘れられる……


 きっと…………


 私は握られていた手を唇へと持っていき、左薬指で輝く指輪へキスを落とした。

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