22. 夜のしじま
……いやぁぁ…リアム行かないで……
夢と現実の境が分からなくなる。
背を向けたリアムの腕に絡みつく手。ピンクブロンドの髪の可愛らしい女性の口角が上がり、地面に座り追いすがり、手を伸ばす私を嘲り笑う。
彼の唇がゆっくりとグレイス嬢の唇に近づいていく。
イヤよ、やめて‼︎
彼はわたくしのものなのに……
目がバチリと開き、イヤな汗を大量にかいたせいで、寝間着がグッショリと濡れている。泣いていたのか、寝起きだからなのか目元も腫れぼったい。
悪夢から解放されたと言うのに、私の心臓は早鐘を打ち、夢の中の光景が頭にこびりつき離れない。
眠れそうにない……
リアムに捨てられる夢を何度も繰り返し見ては、夜中に飛び起きる事を繰り返している私は日中もボーッとしてしまい、キースに心配をかける毎日だ。
手の怪我はとっくに治り、普段通りの生活に戻りつつあったが、日中の私の様子がおかしい事を心配したキースは、私をナイトレイ侯爵家から解放する気はないらしい。
本当、迷惑ばかりかけて何をやっているのだ。
寝られそうにないし、気分転換に隣の部屋へ行こう。喉も渇いたし、確か居間のテーブルに水差しを置いてくれているはずだ。
私は静かに扉を開けると居間を覗き込む。
キースは居ないわね?
居間の扉越しにキースの寝室だなんて、本当嫌になる。この部屋が夫婦のプライベート空間だと知らされてから何かあった訳ではないのだが、誰にも邪魔されずに行き来が出来る状況は精神衛生上良くない。
こんな状態だから緊張して眠りも浅くなり変な夢も見るのよ! 全部キースのせいだ。早くリンベル伯爵家へ帰らなければ……
そんな八つ当たりをキースにしつつ、扉を開け、居間に入るとソファに座り、コップに注いだ水を一気にあおった。
「アイシャ寝られないのか?」
突然かけられた声に驚き肩を震わせる。
ソファに寄り掛かり天井をボーッと見上げていた私は背後にキースが立っていた事に気づいていなかった。
「……キース、ごめんなさい。うるさかったかしら? 起こしてしまったみたいね」
「いや違う。うるさくなんてなかったよ。
……最近、寝られていないだろう? よく此処で一人ボーッとしていたよな。今みたいに……
ずっと声をかけられなかったが、余りにも日中の様子が辛そうだったから」
私の横に座ったキースに顔を覗き込まれ、心配そうに私を見つめる瞳とぶつかる。
彼には全てバレていた。
「大丈夫よ。ちょっと繰り返し悪夢を見ているせいで深く寝られていないだけ。心配かけてごめんなさい」
「ひとつ聞いてもいいか?あの日…アイシャが町でゴロツキに襲われた時、貴方を助けたのはリアムなのか? アイシャが剣を嗜んでいるとは言え、ゴロツキ三人は一人では倒せないだろう。あの時、あの場に居たのはリアムだったのか?」
……キースは知っていたのね。あの場にリアムが居た事を……
「えぇ。私を助けてくれたのはリアム様でした。ゴロツキ三人を倒したのも」
「俺が駆けつけた時、気を失ったアイシャの側に落ちていた短剣。あれは、俺とアイシャが騎士団で戦っていた時に持っていたものだろう?
……リアムが幼少期に愛用していた短剣だった。あの短剣はアイシャにとって何よりも大切なものだったんだね。三日三晩、目を覚さなかった間中、ずっと離さなかったんだよ。その短剣を……
アイシャはリアムを愛しているんだね。今もそれは変わらない?」
「…………」
私はどうしても頷く事が出来なかった。
肯定も否定もせず、ただ前を見据え何も発さない私をキースが抱き寄せる。
「……泣いているのも気づいてないんだね」
泣いている?
それが全てを物語っていた。
今でもリアムを愛していると……
「アイシャの心からリアムを追い出すのは難しい。でも、俺は諦めない。
……貴方の心にリアムが住み着いていても、アイシャが俺の側にいてくれるならそれで良い。今はそれで構わない。だからもっと俺に寄りかかれば良い。泣きたければ泣けばいい。全て受け止めるから……」
限界だった……
張り詰めていた緊張の糸がプツンっと切れ、頭が真っ白になる。
何も考えなくていい。
キースに寄りかかっていい。
泣いてもいいのだ……
「悲しかった。辛かった。苦しかった。
全て忘れてしまいたい……」
「忘れてしまえばいい」
涙で滲む視界いっぱいにキースの顔が迫る。
「俺に全て委ねてしまえばいい……」
しゃっくりを上げる吐息ごと、キースの唇に唇を奪われていた。
深くなるキスに頭の中が真っ白になる。
意識が混濁していく……
定まらなくなった視界の先、キースが柔らかく笑った気がした。
それが夢だったのか現実だったのかわからない。
翌日、陽の光に包まれた寝室のベッドの上、久々にスッキリ目覚めた私は、昨夜の出来事を思い出し、悶絶する事となる。
キスしたとこまでしか記憶がないよぉぉぉぉ……
どんな顔してキースに会えばいいのよ‼︎
ベッドに突っ伏しジタバタする私を見て、専属侍女がニヤニヤしていたなんて、余裕のなかった私は気づかない。もちろんナイトレイ侯爵夫人に報告済みだなんて事も。




