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21. 包囲網


「ほら、怖がらないで。バランスを崩しても俺が支えるから大丈夫だ。足を踏み出して」


 昼食を食べ終わると侍女に予告されていた通り歩行練習をキースと二人することになった。


 ベッドの縁に腰掛けていた私を問答無用で抱き上げたキースに隣の部屋へと連れて来られた訳だが、隣室の内装の素晴らしさに、お姫様抱っこなる恥ずかしい状況である事も、頭の中から吹っ飛んだ。


 室内は、アンティーク調のソファと可愛らしい猫脚のテーブルセットが配置され、壁際に置かれたガラス製のキャビネットの中には、可愛らしいドールハウスが飾られている。


 部屋に飾られた風景画にしても、壁際のテーブルの上に飾られた色とりどりの花が生けられた花瓶にしても、此処で長い時間を過ごすであろう女性が退屈しない様に配慮されていると分かる内装に、ただただ感心してしまう。


 キースに手を引かれての歩行練習は、部屋の中をじっくりと観察出来、思いの外楽しい練習時間となった。


「そろそろ休憩にしようか」


 私をソファに座らせると、すかさず隣に座ったキースが呼び鈴を鳴らす。直ぐに、ワゴンを押し入って来た侍女達が、目の前のテーブルにお茶やお菓子をセットし、あっと言う間に立ち去る。


 その見事な手際の良さに、キースと手を繋ぎ密着してソファに腰掛けているという恥ずかしい状況であった事も忘れ、見入ってしまった。


 扉から退出する専属侍女にウィンクされ、やっと今の恥ずかしい状況を思い出した私が、顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。


「……あの!キース様。わたくしが取り分けますので」


 呆然としている間に小皿に様々な菓子が取り分けられ目の前に置かれた状況に、思わず笑ってしまう。相変わらずのキースの世話焼きぶりである。


「アイシャが楽しそうにしてくれると俺も嬉しい。俺がアイシャの世話をするのはおかしい?」


「いいえ。少し昔の事を思い出しまして。初めてナイトレイ侯爵家の領地でキース様と過ごした一週間を思い出していましたの。あの時も料理を取り分けたりとわたくしのお世話をしてくださったなぁ~って。本来なら女性がするべき事を何の躊躇いもなく、おやりになるから何だか新鮮で」


「あぁ。確かに普通は女性側がする行為かもしれないが、騎士団宿舎での生活が長かったからなぁ。あそこじゃ貴族階級関係なく、下っ端は上司の世話をするのが当たり前だったから。相手の事を思い出来る事をやるのは、男女関係なく大切な事だと思う。あの時は、アイシャはナイトレイ侯爵家領地に来たばかりで勝手が分からなかっただろうし、今は手を痛めている。俺が世話をするのは当然の事だ」


「でも、侍女や給仕に任せるのが普通ではありませんか?」


「アイシャと二人きりになりたいから邪魔者はいない方がいい……」


「なっ⁉︎……」


 二人きりになりたいからだなんて、ストレート過ぎて対処に困る。


「……キ、キース様!本当にこちらのお部屋は素敵ですね。キャビネットに飾られたドールハウスも可愛らしくって、風景画も淡い色彩で描かれ素敵です。花瓶に生けられたお花も目に鮮やかで、見ているだけで心が華やぎますわねぇ」


 甘い雰囲気をぶち壊すべく無理矢理話を方向転換した私を見つめ、彼がクスクス笑っている。


 笑われようが知ったことではない! 

 今の甘い雰囲気が続く方が困る。


「……そう。母が聞いたらきっと喜ぶよ。あの人、気合い入れてこの部屋を作っていたから」


「えっ⁇ 最近、このお部屋は出来たのですか? 女性用の客間では?」


「違うよ。この部屋は、夫婦のプライベート空間…って言っても、俺と妻になる人のね」


「はっ⁈それって……」


「アイシャが寝ていた部屋が妻の寝室。あちらの扉が夫である俺の寝室。そして、この部屋は夫婦のプライベート空間と言う訳さ」


「…………」


 ヤバイかも……


 私は自身の寝室の扉とキースが示したあちらの扉を交互に見て、冷や汗が背中を流れるのを感じていた。


「…ははは…キース様のお部屋は別の所にありますのよね? まだ、結婚されてませんし……」


「いや。あの扉の先だけど。

今後の事を考えて大規模な改築をしたんだよ。三部屋を打ち抜くね。アイシャが来る前に仕上がって本当に良かった。母が張り切って急ピッチに進めさせていたから、間に合って一番喜んでいるのは母じゃないかな。

……だから、一人で寂しかったらいつでもノックして。あの扉を………………………」


 マ、マジかぁぁ………


 ニッコリと笑ったキースを見て思う。

 似た者親子だったわね……


 いつだったか両脇を侍女に抱えられ強制退室していったナイトレイ侯爵夫人を見て、似た者親子だと思った事を思い出す。


 ある意味、直情型。


 そんなナイトレイ侯爵家のアイシャ包囲網は着実に狭まりつつある。


 私、結婚を承諾するまで此処から出してもらえなかったりして……


 まさかね………………


 アイシャの心の声は誰にも届かなかった。


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