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17. 嫉妬【リアム視点】


『今の私は貴方を信じてあげられない』か……


 先を急ぎながらアイシャの最後の言葉を思い出していた。


 自分から遠ざける為にした行動が彼女を苦しめ、追い詰めてしまった。


 何故、グレイスと婚約した時にアイシャに今回の計画の事を伝えなかったのだろう。彼女の身を守るためだったとはいえ、何も言わず婚約者候補を降りればアイシャが俺に捨てられたと考えてもおかしくない。

 

 あの時、伝えていれば彼女の心が俺から離れてしまう事はなかったのだろうか。

 彼女の愛を勝ち取った喜びが俺を愚かにした。何をしてもアイシャの心が離れる事はないと高を括り、慢心してしまった。


 今さら後悔しても遅い……


『ごめんなさい』


 あの言葉が全てを物語っていたのだろう。


 アイシャの心に私はもう居ない。彼女にずっと寄り添い守って来たのはキースだ。


 彼女の心に居るのはキースなのだろう。


 愛している……


 キースに抱き上げられたアイシャを見ただけで燃え上がる嫉妬心。あの夜もそうだった。バルコニーで楽しそうにダンスを踊るキースとアイシャを見つけた時に感じたのはキースに対する紛れもない嫉妬心だった。


 グレイスにキスを強請られ、彼女を油断させるため希望通りにするのが最善だと頭では分かっていたが、アイシャ以外の女とキスしなければならない現実に吐き気がした。纏わりつくように回された腕に、背筋を駆け上がる怖気。何とかその場を額への口づけで誤魔化すことに成功した訳だが、今思い出しても、あの女のどこか獲物を狙うヘビのような瞳に寒気が走る。


 ノア王太子の言葉が甦る。


『アイシャの君に対する恋心は果たしてどれくらい深いものなんだろうね~? 恋を知ったばかりのアイシャの気持ちを変えさせるのは案外簡単かもしれないね』


 アイシャがたとえキースを愛していても、彼女が幸せな人生を歩むならいいじゃないか。キースならばアイシャの自由な生き方を理解し、支える事は容易いだろう。


 彼女が幸せならそれでいい……


 そのためにもグレイス嬢とドンファン伯爵を潰さなければならない。








「これはこれは、リアム様。地下でボスがお待ちです」


 私は裏路地にある一軒の酒屋の前に来ていた。中から現れた屈強な男の案内で地下へと進む。狭い地下廊下を抜けると目の前に趣味の悪い豪奢な扉が見える。


「ボス、リアム様がいらっしゃいました。お通ししてよろしいですか?」


 扉が中から開けられ、ハゲ頭の小太りな男が出てくる。格好だけは上等な絹を使ったシャツに仕立てのよいジャケットを合わせ、トラウザーズを履いているが、蛇の様に絡みつく目つきに口髭を生やした顔に残る傷痕が、この男が只者ではない事を表していた。


「おい!お前、リアム様はウェスト侯爵家のご子息様だぞ。もっと言葉に気をつけろ。俺達より格上のお方なんだぞ!大変失礼致しました。わざわざ、こんな小汚い所までお越し頂き申し訳ありません。しかし、重要な話は外に漏れると大事ですからね。ここなら外に漏れる事もございませんからご安心を。

おい!お前。呼ぶまで誰もここに近づけるな」


 案内して来た男が部屋から退室すると、豪奢なソファへ座る様に促され、小太りな男自ら入れた茶が前のテーブルに置かれる。


「リアム様、このお茶は珍しい物でして東方から取り寄せております。このお茶は普通に湯で溶けば、芳しい香を放つ甘みを持つお茶になりますが、茶葉を燻し専用の煙管(きせる)を使い吸引すれば、たちまち心地良い夢が見れるとか。お香として使えば、閨の情事も……。常習性も有りますゆえ、広め方次第では莫大な富を生む事になります。あぁ、もちろんお茶として飲む分には常習性は有りませんので、ご安心を」


「この茶葉の事は、ドンファン伯爵は知っているのか?」


「いいえ。ドンファン伯爵様はご存知ありません。わたくしも将来の事を考え、取り引きをする貴族様は考えておりましてね。今やドンファン伯爵家の影の支配者はグレイス様です。そのグレイス様がウェスト侯爵家へ嫁ぐとあれば、自ずと私達がお付き合いする貴族家も変わるかと。ウェスト侯爵家様の後ろ盾があれば組織を更に大きく出来ます。しかもリアム様はノア王太子殿下の側近。将来は明るいかと」


「お前もよく分かっているではないか。確かにドンファン伯爵家についていても旨味は少ないだろう。ウェスト侯爵家の力を利用すれば、あらゆる貴族家に影響を与える事が出来、お前の懐も潤うだろうなぁ。しかし、私はドンファン伯爵ほど甘くはない。グレイスがウェスト侯爵家へ嫁いでこようとも彼女の好きにさせるつもりはない。言っている意味はわかるな? お前と今後も手を組むかどうかは、お前の働き次第と言う事だ」


「……と言いますと?わたくしに何をさせようとお思いで?」


「いや、簡単な事だ。私はドンファン伯爵とグレイスの弱みを手に入れておきたい。今後、結婚するにあたり義父にもグレイスにも大きな顔はされたくないのでね。彼等の弱みを掴んでおけば、彼等も大きな顔は出来まい」


「しかし、侯爵家は伯爵家より格上。彼等の弱みを握らなくとも、二人を支配する事は可能では有りませんか?」


「お前はバカなのか? 私が支配したいと考えているのはドンファン伯爵の持つ裏の顔だ。何故お前と接触していると思う? 裏を支配するには、ドンファン伯爵と実質的な支配者であるグレイスを掌握しなければ後々面倒な事になるだろう。お前も、後々ドンファン伯爵に出しゃばられても困るだろうが」


「ははは。そりゃそうですねぇ~。

では、リアム様はどんな情報をお知りになりたいのですか? ある程度は検討がついているのでは有りませんか? 未来のボスには惜しみませんよ」


 目の前に座る男の口角が吊り上がる。


「物分かりのいい部下は実に良い。そうだなぁ……

グレイスが巷で『白き魔女』と言われているのは知っているな? しかし、彼女のさきよみの力は偽物だろう?」


 男の目が驚きで見開かれ、眼光鋭く睨まれる。


「リアム様は何処までご存知なのですか?」


「お前達がグレイスがした予知を実現させる為に協力していると言う事は調査済みだ」


「まさか⁈ あれは絶対に証拠が表に出ない様に管理してあるはず」


「あぁ、私達も証拠までは突き止めていない。しかし、グレイスを黙らせるには、その証拠を突きつけねば難しいだろうなぁ。証拠がなければ言い逃れは可能だからな。お前達も気付いているのではないか? 今の予知ではいずれグレイスが偽物だとバレると言う事を。すでにノア王太子はグレイスが白き魔女では無いと考えている。しかしウェスト侯爵家が後ろにつけば今以上に大規模な予知も実現可能になる。だが、グレイスが出しゃばればそれも上手く行くか分からない。あの女は自身の欲を満たす事しか頭にないからな。今後、あの女を自由に操る為にも、グレイスの予知が偽物である証拠は握っておきたい。後は、今までのドンファン伯爵の裏の顔を示す証拠があれば、ドンファン伯爵も掌握可能と言う訳だ。お前も私の下につき、グレイスとドンファン伯爵を支配する立場を手に入れたいと思わないか? 今まで顎で使われて来た立場が逆転するのはさぞかし気分が良いだろうなぁ。誰の下につくべきかよく考える事だ」


 男の顔が愉悦に歪む。


 余程、あの二人に良い様に扱われて来たのだろう。裏界隈の元締めと言えども所詮は平民。貴族にとっては顎で使える便利屋、要らなくなればゴミの様に切り捨てられる存在だ。


 私の誘いは目の前の男にとっては、口を付けず残されているお茶の様に、甘美で魅惑的な麻薬だろう。


 しかし、麻薬は甘美だが毒にもなる。


「あぁ、ひとつ言い忘れた。ウェスト侯爵家の裏の顔はドンファン伯爵の比ではない。選択を間違えれば、ドンファン伯爵共々消える事になると夢夢忘れるなよ。……次に会う時には、良い交渉が出来る事を楽しみにしている」


 私はゆっくり立ち上がるとティーセットが置かれたチェストまでゆっくり歩く。


「そうそう。この甘美な茶葉………

貰って行くがよいかな?」


「えぇ。是非お持ちください」


 私は茶葉の入った豪奢な壺を手に取り、扉に向かい歩く。


「これも貴族の間で取り合いになるだろう。

楽しみな事だ……」


 扉を開け外に出る直前、男の含み笑いを微かに聞き取り、黒い笑みを浮かべ後ろ手に扉を閉じた。



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