15. 溢れ出す想い
呆然と立ち尽くす私へ向かいリアムがゆっくりと近づいて来る。
「アイシャ、無茶し過ぎだ……」
目の前のリアムは、辛そうに顔を歪めると立ち尽くす私の肩を引き寄せ抱き締める。
「…………」
何も考えられなかった。
彼に捨てられてからの数ヶ月間、辛く苦しくて何度も考えた疑問や恨み言も頭の中から消えていた。彼の温もりに包まれ、懐かしい匂いに、勝手に涙が溢れてくる。
リアムが好き……
ただただ、時間が止まればいいと思っていた。
「アイシャ、すまなかった。君がこんな無茶をしたのも全て私のせいだ。グレイスの後を追っていくアイシャを見た時、生きた心地がしなかった。本当に間に合って良かった」
グレイス……
その言葉が私の中のドス黒い感情を呼び覚ます。
『バシンっ‼︎』
私はリアムの胸を押し、距離を取ると手を挙げ彼の頬目掛け思い切り振り下ろした。
「何でよけないのよ‼︎‼︎」
涙でボヤけて霞んだ視界に写るリアムを睨みつける。
「貴方だったら簡単によけられるじゃない‼︎」
思いのままに、もう一発彼の頬を打つ。
それでもリアムは抵抗すらしない。
そんな彼の態度が私の怒りを爆発させた。
「何なのよ……
貴方にとって私は何なのよ……
弄んで、私の心をズタズタにしておいて、助けるなんて。貴方は何がしたいのよ‼︎‼︎」
とうとう私はクズ折れた。地面に両手をつき泣きじゃくる。
「アイシャ、本当にすまなかった。君に何も言わず婚約者候補を降りたことも、グレイスと婚約した事も。散々苦しめてしまった。社交界でのアイシャへの誹謗中傷の原因を作ったのも私だ。君を傷つけ、苦しめる事もわかっていた。でも、やり遂げないといけないんだ。未来のために……」
「何の未来があるって言うのよ‼︎ 貴方に捨てられた私になんて何の未来もないわよ! リアムにとって私なんか踏み台でしかないのね。せいぜい、グレイス嬢との幸せな未来を築けばいいじゃない。捨てた女なんか助けないで見殺しにすれば良かったのよ‼︎‼︎」
目の前に座り私の肩を掴むリアムの胸を力任せに叩き続ける。
「見殺しになんて出来る訳ない‼︎ 今でも愛しているのに……」
「……えっ⁈」
……愛している?
リアムの言葉に動きがとまる。
放心状態の私を抱き寄せリアムが言葉を紡ぐ。
「アイシャ、愛しているんだ。貴方と過ごした客船での最後の夜、言った事は全て本心だ。私は本気でアイシャとの未来を考えている。君と結婚する未来を……
その為には、ノア王太子とキースにアイシャを諦めてもらうしか無いと話したね」
リアムと過ごした最後の夜、彼と結婚するには王家とナイトレイ侯爵家の許可が必要であり、今の状況では二家がリアムと私の結婚を認める事はないだろうと言っていた。しかし、ノア王太子とキースが婚約者候補から降りれば、その二家からの許可は必要なくなると。だから、リアムは二人を説得すると言っていた。
「…………」
「私はアイシャと客船で別れてすぐ王城へ向かった。そしてノア王太子と会い、取り引きをするに至った。ノア王太子が婚約者候補を降りる代わりに、私がグレイス・ドンファン伯爵令嬢と婚約すると」
「何よそれ……
じゃあ、リアムはノア王太子との取り引きでグレイス嬢と婚約したって言うの? 意味が分からないわ。私と結婚する為に、どうしてグレイス嬢と婚約しないといけないのよ。リアムが言っている事もノア王太子の要求も意味不明だわ。いったい貴方達は何がしたいのよ!」
リアムの意味不明な言動に、色々な事が起こり過ぎて疲弊した頭は、さらに混乱する。
嫌々と頭を振る私を宥める様に、リアムの手が私の背を優しく叩くが、そんなモノは何の慰めにもならない。
「まぁ、今の話だけではアイシャには意味不明な行動だろうなぁ。アイシャは、グレイスが巷で『白き魔女』と言われているのは知っている?」
「えぇ。さきよみの力があるとか。
……その白き魔女の恩恵を受けるためウェスト侯爵家はグレイス嬢と婚約したんでしょ。私を捨てて‼︎」
「……くくっ…違うよ………
グレイス嬢のさきよみの力はかなり怪しい点が多い。しかし、確固たる証拠がなく、彼女が白き魔女では無いと証明出来ていないのも事実なんだ」
「えっ⁇ グレイス嬢は白き魔女ではないの?」
「あぁ。白き魔女ではないと思う。彼女が行った『さきよみの力』は、あまりにも出来過ぎている。そして、ドンファン伯爵の近しい貴族の間でしか予知を行っていない。裏工作なんて幾らでも出来るものばかりなんだよ」
「でも、確か幼い頃に村で起こった天変地異を予言した事があったとか?」
「あぁ。ドンファン伯爵家へ養女として入る前に予知した出来事は、裏工作なんて出来るレベルのものではない。しかし、養女になってからの予知に関しては全て裏工作が出来る程度のものばかりだ。私が推察するに、グレイスは幼少期には確かに『さきよみの力』があったのかもしれない。しかし、現在はその力は失われていると考えている。ノア王太子もそう考えている様だが確固たる証拠がない。それを掴む為に、私はグレイスと婚約したんだ。彼女が『白き魔女』では無いという証拠を掴み、ドンファン伯爵の悪事を暴く事が出来れば、ノア王太子は私とアイシャの婚約を認めると約束した。私はアイシャと結婚する為に、ノア王太子の仕掛けたゲームに乗る事にした。アイシャを傷つけ、苦しめると分かっていたが、君とどうしても結婚したかった」
「……うそ…そんな事って……
何で、何でもっと早くに教えてくれなかったのよ!」
もっと早くに知っていたら、こんなに苦しまなかった。リアムを恨む事も無かったのに……
「そうだな……
もっと早くに伝えておくべきだった。アイシャを危険に晒さない為に、私から遠ざけようと考えた事がそもそもの間違いだった。私の酷い行為で、アイシャが私から離れればグレイスやドンファン伯爵が、君に危害を加える事はないと考えて、何も伝えなかった事が仇になった。まさかグレイスがアイシャに仕掛けてくるなんて思いもしなかった。君がゴロツキに襲われているのを見た時は生きた心地がしなかった。もうあんな無茶はしないでくれ。あと少しで全てが終わる……
だから信じて待っていて欲しい」
リアムがもう一度私を強く抱き締める。
私はリアムをもう一度信じる事が出来るのか?
あんなに辛く苦しい思いを与えたリアムを信じる事など出来るのだろうか?
脳裏にグレイスとリアムの夜会でのキスシーンがクルクル回る。
……リアムは私以外の女とキスしても平気なの?目的の為には手段を選ばないのか?
私の心がドス黒い感情に支配され、急速に冷えていく。
「……もう、今の私は貴方を信じてあげられない。ごめんなさい…………」
「……それでも私はアイシャを愛している」
ただただ泣きじゃくる私を抱くリアムの腕に力がこもる。しかし、その背に腕を回す事だけは出来なかった。
「アイシャ‼︎」
…………キース?
放心状態の私の耳に背後から迫る馬の足音が聞こえてくると同時に、急に離れた温もりに目線を上げれば、リアムは私に背を向け駆け出した後だった。
ただボンヤリと座り泣き続ける私を背後から優しく抱き締めてくれる温もりを感じた途端、意識が遠のく。
あぁ、全てを投げ出したい………
一連の出来事に限界を迎えていた私は背後の温もりに身を任せ意識を手放した。




