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11. 波乱の社交界


 あれって、リンベル伯爵家のアイシャ様よねぇ。よく夜会に顔出せますわねぇ……


 恥ずかしくないのかしら……


 だってアバズレ女でしょ。きっと羞恥心がないのよ……


 あぁぁ、お可哀想に。キース様、あんな女に騙されて……


 夜会会場のそこかしこから聞こえてくる誹謗中傷に耳を塞ぎたくもなるが、前だけを見据え何とか耐える。


「アイシャ、大丈夫? 周りの声は気にしなくていいよ。陰でコソコソと悪口を言うしか能がない奴等など放っておけばいい」


 キースの腕に添えた手を安心させるかの様に優しく握られる。


「ありがとうございます、キース様。そう言ってもらえて少し気が楽になりましたわ。ノア王太子殿下とアナベル様に挨拶をしたらわたくし帰っても大丈夫かしら? もちろんキース様は、この後も夜会を楽しんでくださいませ。わたくし一人で帰れますから」


「それは許可出来ない相談だな。アイシャを一人帰すなんてする訳ないだろう。もちろん最後まで俺がリンベル伯爵家まで送り届けるよ。ノア王太子殿下へ挨拶が終わったら帰ろうと言いたいところだけど、一曲だけアイシャと踊りたいな。貴方がデビューした夜会で一緒に踊ったのが忘れられないんだ。お願いを聞いてくれたら、ダンス後直ぐに帰ってあげる」


 私を見つめ、ウィンクをするキースを見て何だか面白くなってしまう。


 キースってこんなにお茶目だったのね。


 少しでも私の気分を和らげようとしてくれるキースの優しさが、冷え切った心を暖めてくれる。


「……ふふふ…キース様って意外と面白い方なのね。えぇ。一曲お相手致しますわ」


「良かった。貴方が笑ってくれて。アイシャとダンスを踊る為にも、さっさと挨拶を終わらせてしまおう」


 キースにエスコートされ上座へと向かう。





「この度は、リンゼン侯爵家アナベル様とのご婚約誠におめでとうございます」


 壇上にいるノア王太子とアナベル様に向かいキースが口上をのべ、私も彼に習い二人一緒に礼を取る。


「キースとアイシャ。今日は来てくれて嬉しいよ。アイシャには久しく会っていなかったね。元気だったかい?」


「えぇ。少し体調を崩しまして家でゆっくり過ごしておりましたが、今は体調も戻り外出も出来る様になりました。ノア王太子殿下、アナベル様、ご婚約誠におめでとうございます」


 心配そうにこちらを見つめるアナベル様に心を込めてお祝いの言葉を述べる。


 本当におめでとう、アナベル様。

 

 長年の恋心が成就して本当に良かったと心の中で祝福を贈ると、彼女と目が合い、柔らかく微笑んで下さった。


 最後にお会いした時よりも更に美しく気品あふれる女性となった彼女を見て思う。美しく強い女性へとアナベル様が変わったのはノア王太子に愛されているという絶対的自信からだろう。反対に愛する人に裏切られて、悲しみから弱い女へと変貌してしまうこともある。私の様に……

 

 恋の力は人を強くも弱くもする。


「アイシャ、大丈夫かい? やっぱりノア王太子殿下の幸せそうな姿を見ると辛くなってしまうかな?」


 挨拶を終え、キースに連れられ庭に面したバルコニーへと連れて来られた私は、彼に促されベンチに腰掛ける。


「えっ? ノア王太子殿下ですか??」


「あぁ。二人の幸せそうな姿を見て一瞬辛そうな顔をしたからね。アイシャはノア王太子殿下の事が好きだったのかな?」


「はぁ? キース様、誤解ですわ。わたくしノア王太子殿下の事はこれっぽっちも好きではありません。むしろ苦手と申しますか……

これでは、殿下に対して不敬ですわね」


「では、何故辛そうにしてたの? アイシャが辛そうだと俺も辛いんだ。話せば少し楽になる事もあるよ。無理にとは言わないけど」


「アナベル様の美しく強い女性へと変わった姿を見て、恋は人を強くも弱くもするものだと実感しましたの。今のわたくしにはアナベル様は眩し過ぎて、見ているのが辛かったのです」


「それは、アイシャが誰かに恋しているからそう感じたの?」


 誰かに恋しているか……


 リアムの事を思い浮かべ胸がズキズキと痛み出す。


 叶わない恋心……


「………いいえ………」


「そう……

そんな相手忘れて仕舞えばいい」


 横に座ったキースが私を抱き寄せる。


「今は、その男の身代わりでも構わない。俺といる事で、貴方の気持ちが少しでも楽になるなら……

ただ、いつかアイシャの気持ちが俺に向いてくれたら嬉しい。それまで、ずっと側にいるから。一人で抱え込まないで、少しは俺に寄り掛かっていいんだ。アイシャの辛さを俺にも分けて」


 キースが宥める様に額にキスを落とし、私の瞳を見つめる。


 ただ嬉しかった……


 キースの優しさが何よりも嬉しかった……



「最初の約束。俺とダンスを踊ってくれますか姫?」


 私の前に跪き、差し伸べられた手に手を重ねる。


「……ふふふ…姫だなんて、可笑しなキース様」


 ゆっくりとしたワルツが誰もいないバルコニーに流れ込む。


「喜んで」


 音楽に合わせてクルクル回る。


 誰もいないバルコニーで、人の目を気にせず踊るダンスは、思いの外楽しかった。彼のリードに体を預け、ステップを踏みながらクルクルと回るのは、まるで宙を舞っているかの様に軽い。


 だから、周りを見る余裕もあったのだろう。


「……っ‼︎」


 バルコニーから階下の庭園で抱き合うカップル。ピンクブロンドの髪の可愛らしい女性を見つめ、口づけを落とす赤髪の男性。


 一瞬でリアムだと分かってしまった。


 あまりの衝撃にステップを踏み間違え、足をもつれさせ、倒れる寸前のところをキースに抱き留められるが何も言葉が出てこない。


「アイシャ大丈夫か⁈」


 キースの胸に抱かれ、激しく混乱した私は涙を止める事が出来なかった。


 顔を埋め泣きじゃくる私を抱き上げたキースが、早足にその場を後にする。


「アイシャ、帰ろう。これ以上、貴方が傷つくのを見ていたくない」


 泣きじゃくる私を胸に抱き、その場を後にしたキースを興味津々と見つめ、囁き合う人々の声も耳に入らないほど頭が混乱していた。


 リアムが私以外の女とキスをしていた……


 ドス黒い感情が私の心を支配していく。


 あの二人の幸せを願えるほど私の心は広くない……


 この感情を何処へぶつければ私は楽になれるの……


 リアムは私のものだとあの女に叫べば気が済むのだろうか……


 ただ涙を流す事しか出来ない私の不甲斐なさが一番辛かった。







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