9. 決意【キース視点】
いったい何が起ころうとしているのだ?
エントランスでアイシャの乗った馬車を見送りながら一人考えていた。
アイシャを誹謗中傷する社交界の噂も許せないが、何より許せないのはノア王太子とリアムが婚約者候補から降りたことだ。
それだけではない! ノア王太子はリンゼン侯爵家のアナベル嬢と、そしてリアムはドンファン伯爵家のグレイス嬢と次々と婚約を発表した。
王家もウェスト侯爵家もアイシャが真の『白き魔女』だという事は分かっているはずなのに、別の貴族令嬢との婚約とは……
いったい何を考えている?
しかもグレイス嬢は、『白き魔女』と言われ社交界では時の人だが、その噂も真実か怪しい。そんな女との婚約に飛びつくほど、ウェスト侯爵家もバカではない。
王家とウェスト侯爵家の間で何か策謀が行われているとしか考えられない。
または、ノア王太子とリアムとの間でか?
どちらにしろ今回の婚約発表がアイシャの評判を地に落としたのは確かだ。
アイシャが俺の腕で泣いていた……
一ヶ月もの間、家で療養していたのも社交界での根も葉もない噂のせいだろう。きっと一人ずっと泣いていた。
それでもナイトレイ侯爵家の事を思い、辛い気持ちを隠し、婚約解消しようとしていた。自分が一番辛い時に他者の事を思い行動するアイシャは優し過ぎる。
それに引き換え、ノア王太子にしてもリアムにしても何て身勝手なんだ。王家もウェスト侯爵家も自分達の利益しか考えていない。そんな二家に振り回され、名誉を傷つけられたアイシャは、あまりにも可哀想だ。
俺は絶対にノア王太子とリアムを許さない。
あちらがアイシャをいらないと言ったのだ。だったら、これからは俺とナイトレイ侯爵家が全力でアイシャを守る。彼女が、これ以上傷つかない様にノア王太子からもリアムからも。もちろん誰からも……
その為にも、『白き魔女』を名乗るグレイス嬢に関しての情報も集める必要がありそうだ。
彼女はアイシャの敵になり得る存在だ。俺の野生のカンが訴えかける。
アイシャの為ならナイトレイ侯爵家直属の諜報・暗殺部隊を使うことを父上は許してくれるだろう。
全てはアイシャのために……
………数刻後………
「父上、お願いがあります。ナイトレイ侯爵家直属の諜報部隊を使う許可を頂けないでしょうか?」
「どういう事だ? 何が目的だ?」
「アイシャのためと言えばお分かりになりますか?」
「うむ……もう一人の白き魔女か」
「そうです。父上はドンファン伯爵家のグレイス嬢が本物の白き魔女だと思いますか?」
「今の段階では何とも言えんが、胡散臭い事この上ないな。黒い噂が絶えんドンファン伯爵が絡んでいるのも裏があるだろうな」
「では、ウェスト侯爵家のリアムがドンファン伯爵家のグレイス嬢と婚約した事に関してはどう思われますか?」
執務室の椅子にどかっと座った父が難しい顔をして黙り込む。
「ウェスト侯爵家の当主もリアム殿もバカではない。社交界を賑わす『白き魔女』に躍らされて婚約を名乗り出た訳ではないだろう。事実、ドンファン伯爵家の周りで王家とウェスト侯爵家の諜報部隊が動き回っている。まぁ、どちらの諜報部隊もかなり優秀だから、ドンファン伯爵家側の者達は誰も気づいていないがな。確実に今回の婚約発表で王家とウェスト侯爵家の間で密約が交わされているのは間違いないだろう。ノア王太子殿下とリアム殿の目的は、グレイス嬢が本物の白き魔女かを見極める事にあるのではないだろうか。敵の懐に入るためリアム殿がドンファン伯爵家のグレイス嬢と婚約を発表したと考えるのが妥当だろう。まぁ、グレイス嬢が本物の白き魔女であろうとなかろうと、ナイトレイ侯爵家はアイシャ嬢しか白き魔女とは認めないがな。もちろん、二家がアイシャ嬢との婚約を解消した現状、お前とアイシャ嬢が婚約し、婚礼の儀を行うのに二家の許可は必要ない。分かっているな、キース……
今が誰にも邪魔されずアイシャ嬢を手に入れるチャンスだと言う事を。彼女に婚約を了承させるために必要であるなら、ナイトレイ侯爵家の諜報部隊を出すのを許可しよう。思う存分やるがよい……」
「父上ありがとうございます。必ずやアイシャにナイトレイ侯爵家への嫁入りを承諾させてみせます」
「うむ。期待しているぞ。リンベル伯爵家の白き魔女をナイトレイ侯爵家へ迎える事は、我が家の悲願だからな……」
父に背を向け執務室を退室する。
領地で初めて見たアイシャの陽だまりの様な笑顔を想い出す。
白き魔女など関係ない……
アイシャの笑顔を取り戻すために……
俺は指示を出すため、ナイトレイ侯爵家直属の諜報部隊へと向かった。




