7. 予想外の襲来
私はリンベル伯爵家へ迎えに来たナイトレイ侯爵家の馬車に乗り、キースの暮らす王都にある侯爵邸へと向かっていた。
王都の中心部から少し離れた丘の上にあるナイトレイ侯爵邸は、都心にあるのが信じられない程の広大な敷地を有している。
馬車が門扉から入り、どれくらい経ったのだろう。綺麗に整備された木々の間を抜け馬車は進むが未だに邸宅に着かない。
王都にこんな大きな邸宅を構える事が出来るナイトレイ侯爵家は、想像以上に高い地位にいるのだろう。王直属の側近でもある騎士団長を家長とするだけの事はある。
やはり早く婚約解消してもらった方がナイトレイ侯爵家にとっても良いだろう。
「アイシャ様、エントランスに着きましたのでお手をどうぞ」
馬車がゆっくりと停止し、外側から扉が開かれ御者の手を借り降りる。
「まぁ!アイシャ様、お待ちしておりましたわぁ~」
「………」
私の目の前には、大勢の使用人を従え優雅に微笑む、大層美しい令嬢が立っていた。
………いったい誰だ??
美しいストレートの青髪に、水色の瞳のご令嬢は真っ白で艶々な肌に頬がほんのりと紅く染まり、まるで精巧に作られた人形の様に美しかった。
これは、キースの本命のご令嬢様の登場か?
キースの側をウロつく煩いハエ(アイシャ)を追い払いに来たという訳だ。
それにしても可愛らしいご令嬢だ。
ぜひ、お友達になりたいが無理だろうか………
「まぁ、アイシャ様緊張なさっているの?大丈夫ですか?
あっ!そういえばまだ名乗っていませんでしたね。わたくし、マーサ・ナイトレイと申します。以後お見知り置きを」
………マーサ・ナイトレイ…ナイトレイ………
「えっ⁈キース様の姉君でいらっしゃいますか??
これは、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。まさか、キース様の大切な姉君とは露知らず」
「えっ?姉君?
………ぷっーーーふふふ………」
目の前の可愛らしいご令嬢が目に涙を溜めて爆笑している。
………私、何か変なこと言ったかしら?
「アイシャ様、ごめんなさいね。まさかキースの姉と間違えられるとは思っていなくて。
わたくしは、姉ではなくキースの母です」
「えっ………えーーーっ‼︎」
あまりの衝撃によろめく。
目の前の女性はどう見てもキースより2,3歳上くらいにしか見えない。仮にナイトレイ侯爵様がロリコンだとしてもこの方の若さは尋常ではない。
「アイシャ様、何か変な事考えてますね?ちなみに夫とわたくしは同じ年でしてよ。
アイシャ様って面白い方ね。思っている事が全て顔に出るんですもの。その分ですと社交界の噂はアテになりませんわね。キースに無理を言って、アイシャ様とお話出来る機会を作ってもらい良かったわ。さぁ、行きましょう!」
あぁ、マーサ様って意外と力が強いのね。
さすが、武闘派ナイトレイ侯爵家の奥様だわ………
私は、ハンターに捕まった獲物の如く、マーサ様にがっしりと腕を組まれた状態で連行されることとなった。
「わたくしアイシャ様にお会い出来る事をとても楽しみにしておりましたのよ~」
目の前では、人形かと思うほど可愛らしいご婦人がニッコニコ顔でこちらを見つめている。胸の前で手を組み、顔をコテンと傾けて微笑む姿は、拝みたくなるほど可愛らしく、変な意味で胸がドキドキしてくる。
………私、歓迎されているのよね?
あまりに友好的な態度のマーサ様に疑心暗鬼になってしまい、心が沈む。
リアムに裏切られてからというもの、全てに裏がある様に感じられて、自己嫌悪に陥ってしまう。
「アイシャ様、緊張なさらないで。
わたくし、アイシャ様にお会いして、お礼を言いたかったのです。ずっと………
うちのバカ息子の幼少期からの行い、母として、わたくしが至らなかったばかりに、アイシャ様の身体も心も傷つけてしまった事、本当に申し訳なく思っております。本当にごめんなさい。バカ息子が、か弱い女性に剣を容赦なく打ちつけていたと聞いた時は、あまりの事に卒倒してしまいました。それなのに貴方様は、そんなキースを許し、助言まで授けてくださった。おかげで、今では父と息子の長年のワダカマリも解け、良好な関係を築く事が出来ました。全てアイシャ様のおかげです」
目の前の可愛らしい女性が目に涙を溜めて私に頭を下げている。
あまりの出来事にしばし言葉を失っていた私にマーサ様が畳み掛ける。
「わたくし、アイシャ様の婚約者候補にキースが名乗りを挙げたとき誓いましたの。必ずやナイトレイ侯爵家にアイシャ様をお迎えしようと。
社交界で色々と囁かれている噂、あんなもの嘘八百だと分かっておりますわ。
自身を害したキースをも許す、そんな寛大で崇高な精神を持つアイシャ様が、男を誑かすアバズレな訳ありませんもの!私達、ナイトレイ侯爵家の者は皆、アイシャ様の味方でございます。
もちろんキースは貴方様の事を誰よりも愛しく思っております。
キースは今まで色恋に全く興味がなく剣一筋でしたが、それもアイシャ様という女性が幼少期からいたからですわ。
憎しみと愛は紙一重と言いますでしょ。あの子の長年の想い受け取っては頂けないでしょうか?」
………これは、ナイトレイ侯爵夫人直々のキースとの婚約を了承しろ攻撃かしら?
マーサ様の圧に若干腰が引けてしまう。
予想外の熱烈歓迎ぶりに困惑しているとお茶会の席にキースが乱入して来た。
「母上!俺はアイシャと二人で会うことを許可した覚えはありませんよ。
アイシャ、遅くなり申し訳ありませんでした。まさか、母がアイシャをエントランスで勝手に迎えているとは知らず。訪問時間は、もう少し後だったはずでは?」
「えっ⁈お迎えの馬車も時間通りでしたが?」
見上げた先のキースの顔が強張り、眼光鋭くマーサ様を見据える。
「母上、謀りましたね?」
「お黙りなさい!母に向かって謀ったとは何事ですか‼︎
わたくしは、アイシャ様が家で伏せっていると聞いてもウジウジと手をこまねき行動を起こさなかった貴方を心配し一計を案じたのです。今やアイシャ様の婚約者候補はキースただ一人という絶好の機会を物に出来ない様では、ナイトレイ侯爵家の次期当主としても恥ずかしい。
少しは男女の駆け引きも学びなさい!」
立ち上がりキースを睨みつけ叱るマーサ様の迫力に圧倒される。
先ほどまで可愛らしい女性とばかり思っていたが、やはりナイトレイ侯爵の奥方様だ。
「しかし、母上が俺だけでなく、アイシャまで騙した事に変わりありませんよ。俺は良いですが、アイシャにはきちんと謝って下さい。いきなりナイトレイ侯爵夫人に事前の説明もなく、出迎えられれば驚き、緊張するに決まってます。それに貴方はなかなか他人に容赦ありませんから」
「まっ‼︎失礼な………」
「あのぉ、わたくし大丈夫です。マーサ様とは女同士楽しいお話も出来ましたし、キース様も落ち着いてくださいませ」
目の前の親子ゲンカに居たたまれなくなり助け舟を出した事で、墓穴を掘った。
「まぁ~なんて良い娘なの!直ぐにお嫁に来てもらいたいわぁ。ナイトレイ侯爵家は男ばかりで嫌になっちゃう。アイシャ様、明日にでも家にいらっしゃい。大歓迎だわぁ~」
「母上いい加減になさいませ!アイシャが困惑しますから‼︎」
キースが指示を出し、目の前のマーサ様があっという間に連れ去られる。
前にもこんなことがあった様な?
既視感を覚えつつ、両脇を侍女二人に抱えられながら立ち去るマーサ様を見送った。




