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5. 不穏な噂


ノア王太子との1週間は、何事もなく穏やかに過ぎていった。


アナベル様を伴った初日から昨日までの六日間は薔薇が咲き誇る庭園の四阿で和やかなお茶会が開かれたのだが、そこには毎回必ずアナベル様がいらっしゃった。初日にノア王太子の元へ彼女を置き去りにしたのが良かったのか、日に日に二人の仲は良い方向へと変わっていった。


ノア王太子を見つめ、頬を染めるアナベル様とそんな彼女を優しげに見つめるノア王太子。

私、ここにいない方が………と思うこと数十回、急速に仲を縮めていく二人にお尻がムズムズする思いだった。彼女の想いはきっとノア王太子に届いたのだろう。


今日であの二人のイチャイチャぶりを拝めるのも最後かと思うと何だか寂しい気もする。


そんな事を考えながらいつもの庭園に向け歩みを進めた。




「あのぉ、今日はアナベル様はいらっしゃらないのですか?」


庭園の四阿に着いた私は、椅子に腰掛け優雅にお茶を飲んでいるのが、ノア王太子のみという光景を見て問い掛ける。


「……ふふ…アイシャは相変わらず私と二人きりは嫌なんだね。アナベルには遠慮してもらったよ。最終日くらいアイシャと二人で話したいと思ってね。

そんな怯えなくても大丈夫だよ。取って喰おうって訳じゃないんだし。座って」


思わぬ展開に引きつりそうになる顔を引き締め、出来るだけ自然に見える様に椅子に腰掛ける。

ノア王太子とアナベル様は良い雰囲気だったのだ。今さら私にちょっかいをかける事は絶対にない。


「アイシャには感謝しているのだよ」


「えっ?何をですか?」


ノア王太子に感謝してもらう様な事をした覚えがない私は首を傾げる。


「アナベルとの事だよ。近々、彼女と正式に婚約を結ぶ事になると思う。様々な貴族界の状況を考えると、アナベルとの婚約が一番自然だ」


「………アナベル様と婚約を。それはまたおめでとうございます」


「やはりアイシャは婚約の事を聞いても何も思わないか………」


「えっ?はぁ、まぁ。

わたくしにはノア王太子殿下の妃は荷が重過ぎます。殿下もご存知かと思いますが、わたくしは今まで自身の欲望のまま、自由気ままに生きて参りました。そんなわたくしに民の幸せを想い行動する王家の義務を全う出来るとは思えません。わたくしが王太子妃になったが最期、悪妻として殿下の治世にも悪影響を及ぼす事になったでしょう」


「王太子妃なんて、そんな大したものではないのだけどね。アイシャの気持ちが昔から私にないのはわかっていたよ。どちらかというと苦手だったんじゃないかな?」


「………はは、まさかぁ………」


流石に王太子の前で本音をぶち撒けるほど神経図太くない。ノア王太子がジト目で睨んでいるが無視だ。


「まぁ、いいや。

アイシャに感謝していると言ったのはアナベルとの今までの関係に一石投じてくれたからなんだよ。実は、昔から私はアナベルの事が苦手でね、あの娘は父王の妹君が母親なんだよ。そんな関係もあって幼少期から王太子妃候補として王城に度々来ていた。昔から聡明な人でね、初めて会った時、幼いながらも落ち着いた雰囲気に当時の私は気圧されてしまったんだ。

そんな出会いもあって、アイシャに連れられお茶会に来るまで、出来る限り関わりを持たず過ごす様に気をつけていた。

しかし、アイシャに二人きりにされ改めて面と向かって話した事で彼女に対する認識を変えることとなったんだ。

アナベルは年相応の可愛らしい令嬢だった。確かに彼女の聡明さと努力を惜しまない姿勢は賞賛に値するほど素晴らしい。しかし、それだけではなく久々に会った彼女は、自身の考えを持ち、私に対しても物怖じせず意見出来る、意志の強い女性へと変わっていた。きっとアイシャと出会い接した事で変わったのだろうね」


目の前のノア王太子はアナベル様を脳裏に浮かべながら話しているのか、時おり優しそうな笑みを浮かべている。


私、ノア王太子にアナベル様との事を惚気られているのかしらねぇ………


………明日、槍でも降らないといいけど。


まぁ、元々アナベル様とノア王太子が結ばれれば良いと思っていたので、二人の仲が良いのは喜ばしい事だが、幸せそうに惚気るノア王太子の変貌ぶりに若干引いてしまう。


「という訳で私はアナベルと婚約する事になると思うけど、アイシャはリアムとキースどちらと婚約するつもりなの?」


「えっ⁈………

その内わかる事ですのでお伝えしますが、わたくしリアム様からの求婚を受ける事に致しました」


「それは、アイシャがリアムの事を好きになったと受け取っていいのかな?」


「………はい。

今回の婚約話に関しては、誰を選ぶかはわたくしの一存とお伺いしました。両親からもわたくしが良いと思う方と婚約しなさいと言われております。

リアム様と過ごした一週間で、わたくしもリアム様の事を昔から好きだったのだと気がつきました。ですので、許されるのであればリアム様の元へ嫁ぎたいと考えております。

ですから、どうかリアム様との結婚を王家として許して頂けないでしょうか」


「アイシャは知っているのか?貴方とリアムの結婚に関して王家の許可は必要ないよ。私は既にアイシャの婚約者候補を降りているからね。婚約者候補でない者の許可は必要ない。後はナイトレイ侯爵家が認めるか、キースがアイシャの婚約者候補を降りれば、二人は結婚出来るよ」


「そうなのですか………

では、ナイトレイ侯爵家に許可を頂ければ結婚出来るのですね」


ノア王太子という大きな山を、思いの外簡単に超える事が出来てホッとしていた私の耳に不穏な言葉が告げられる。


「しかし、ナイトレイ侯爵家との事は別として、アイシャとリアムの婚約はそう簡単に結べないと思うよ。風の噂で聞いたのだが、ドンファン伯爵家のグレイス嬢とリアムが婚約を発表すると」


「えっ⁈何ですかそれ………

一週間前にリアム様と婚約を約束したのです。何かの間違いでは有りませんの?」


「いやぁ~詳しい事は分からないが………

アイシャはグレイス嬢の噂を知っているかい?」


「………グレイス嬢の噂?何ですかそれは?」


「グレイス嬢が『白き魔女』の力を持つと社交界で流れている噂だよ。『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は世界の覇者になる』この国に昔から伝わる伝承は知っているかな?」


「えぇ、まぁ。ただそれは御伽噺ですよね。『白き魔女』も物語りの存在だとばかり思っていましたが………」


「その白き魔女が本当に復活したとしたらどうだろう。権力欲の強い貴族がグレイス嬢を手に入れようと動いてもおかしくない。

ウェスト侯爵は、宰相を務める国の重鎮だ。すこぶる頭の切れる男でもある。他の貴族家よりも早く先手を打つため、リアムをグレイス嬢の婚約者としてドンファン伯爵家へ打診するなんて権力欲の強い侯爵ならやりそうな事だ。アイシャとの婚約話は、社交界に正式に発表された訳ではないだろう?」


「嘘でしょ………」


「直ぐにリアムに確認した方がいい。別れるにしても傷は浅い方がいいからね」


ノア王太子の言葉が頭を駆け巡る。


本当にリアムはグレイス嬢と婚約するの?


私と婚約を約束したのは、たった一週間前の事なのだ。何かの間違いに決まっている。


両親に早くリアムと婚約すると伝えなくてはならない。彼からは、まだ伝えてはダメだと言われていたけれどそんなの関係ない。


私は流行る気持ちを抑え、ノア王太子への挨拶もそこそこにリンベル伯爵家へ向け王城をあとにした。






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