4. 決意【クレア視点】
扉から出て行くアイシャを見送ると、ソファに戻り肘掛けにもたれ行儀悪く寝そべる。
こんなだらしない姿、誰にも見せられないが専属侍女のルーナだけは別だ。ワガママ王女であった7歳以前を知る数少ない専属侍女の一人でもあるルーナは、あの黒歴史を耐え抜いた猛者だ。王女としても女性としても終わっているグータラな態度を見ても眉ひとつ動かさない鉄仮面ぶりは側に置くには、丁度良い。まぁ、ルーナが私の態度を大目に見てくれるのは私室の中だけだが。
10歳年上の彼女は、私の良き理解者であり厳しい教育係でもある。対外的に優雅で完璧な王女でいられるのも彼女のおかげだ。
前世の記憶を取り戻してからの私は、どうしても日本で過ごした一般人であった時の記憶に引きずられ、7歳当時は王女としての気品ある振る舞いが出来ず苦労した。それを一から矯正し、さらに完璧な王女として育て上げたのがルーナだ。
彼女には今でも頭が上がらない。
「ねぇ、ルーナ。アイシャ大丈夫かしら?」
「それはどういう意味で大丈夫かしら?と言っておられるのですか?」
「あっ、ごめんなさい。唐突過ぎたわ。
先ほどのアイシャとの会話は聞いていまして?」
「給仕をしておりましたので大まかな内容は把握しております。もちろん侍女は存在しないものゆえ、他言は致しません」
「えぇ。わかってるわ。
アイシャとの会話の内容の事でルーナの意見を聞きたいのよ。彼女はウェスト侯爵家のリアムと婚約すると言っていたけど、ノアお兄様はあの二人を認めると思う?
わたくし、ずっとアイシャを見つめるお兄様の事を見ていたけど、あれは完全に彼女に恋する男だったわよ。恋なんておこがましい程の執着をしていた様に思うの。このままお兄様があの二人の婚約を簡単に認めるとはどうしても思えないの。腹黒お兄様の事だもの、徹底的に二人の邪魔をすると思うわ」
「確かにノア王太子殿下は簡単には認めないでしょうね。幼少期からのノア王太子殿下からのアイシャ様へのアプローチのしつこさは使用人にも知れ渡る程でしたから。アイシャ様がなぜあんなにも上手くアプローチを交わす事が出来たのか不思議なくらいの追いかけぶりでしたものね」
「………はは………ははは………
確かにね。アイシャの本能的な危機回避能力はズバ抜けてるわよね。
だから、お兄様が簡単に諦めるとはどうしても思えないのよ。たぶん彼女にとっては辛い展開が待ち受けている様な気がする。得体の知れない何かに、アイシャとリアムの仲は引き裂かれてしまう気がするの。
そうなった時、私はアイシャの味方に立ち、支えてあげられるのかしら?
ノアお兄様に逆らってまで、味方になってあげられるか不安なの」
「ノア王太子殿下も人の子です。いかに為政者であろうと好いた女性の幸せを願わない男がいましょうか。アイシャ様がどんな困難にも負けず、真にリアム様を愛するならノア王太子殿下も無体な事はなさいませんよ。それでもノア王太子殿下が人の道に外れる非道な行いをするのなら、その時こそ同じ王族として貴方様の力を持って止めねばなりません。それこそが、王族として、ノア王太子殿下の妹君としての責任です。
まぁ、わたくしの見た限り、ノア王太子殿下が好いた女性を不幸にしてまで自己の欲を満たす愚か者には見えませんがね」
「ルーナありがとう。少し気持ちが楽になったわ。わたくしは大切なアイシャのために動くわ」
あの娘が幸せな人生を歩む事で、私の前世の罪が少しでも償えることを願って。
グレイス・ドンファン伯爵令嬢………
甦った前世の記憶を辿り、昔よく遊んだ乙女ゲームの内容を頭の中で巡らせる。
あの女が、乙女ゲーム『囚われの白き魔女は蜜夜に溺れる』のヒロインで間違いないだろう。
『白き魔女』の噂が社交界で流れ始め、夜会で初めてあの女を見たとき確信した。
ピンクブロンドの髪に、エメラルドの瞳のあの女の可憐な容姿は前世趣味でやっていた乙女ゲームのヒロインそのままだった。あの女が『白き魔女』であるなら両翼のナイトレイ侯爵家のキースとウェスト侯爵家のリアムは攻略対象者だ。もちろんノアお兄様も。
私が何度もプレイしたストーリーでは、ヒロインであるグレイスは社交界デビューした夜会で、一人目の攻略対象者であるノアお兄様に一目惚れされダンスに誘われるところから話が始まる。そして、ノアお兄様と二曲ダンスを踊った事で婚約者候補の悪役令嬢アナベルに目をつけられ、夜会会場の片隅で罵倒されている所をリアムに助けられ二人目の攻略対象者と出会うのよ。三人目の攻略対象者であるキースとも悪役令嬢アナベルに雇われた暴漢に町で襲われたところを助けられ出会う。そして攻略対象者達との数々のイベントをこなしていき、ヒロインが失われた『白き魔女』である事がわかる。ウェスト侯爵家とナイトレイ侯爵家が『白き魔女』の両翼であり、王家が保護する立場であることが伝えられ、グレイスが悪の親玉ドンファン伯爵に、力を利用され虐げられて来た事を知った三人は、ヒロインを守るため共闘し、最後はドンファン伯爵と手を組んだ悪役令嬢アナベル共々悪事を暴かれ断罪される。そしてヒロインは一番好感度が上がった攻略対象者と結婚するハッピーエンドだったはずだ。
これが私の知る乙女ゲームだが、そのゲームには名前すら出て来なかったアイシャがヒロインの立ち位置にいる。そしてゲームと同様にノアお兄様とリアムとキースに求婚されている現状が何とも不気味だ。
このまま何事もなくアイシャがリアムと結婚し幸せを掴めるとは到底思えない。
乙女ゲームのヒロインと同じく『白き魔女』と社交界で噂になっているグレイス・ドンファン伯爵令嬢が必ずアイシャの前に立ちはだかるだろう。
アイシャを助けるために私が前世の記憶を持つ事を彼女に伝えなければならない時が来る。
アイシャならきっと前世の記憶を持つ私でも受け入れてくれる。
その日の為にもグレイスの情報を集めなければならない。
私はルーナを近くに呼び、今後の計画を相談した。
ルーナが退室するのを見送りながらふと思う………
なぜアイシャは私の発言に疑問を持たなかったのだろうか?
『ファンクラブ』なんて言葉、この世界には存在しない。
………まさかアイシャも転生者⁈
まさかね………………




