1. 逃げるが勝ち
『共に過ごす1週間ですが、王太子という立場上、王城を長く開ける訳には参りません。1週間、私と一緒にお茶の時間を過ごしませんか?』
数日前に届いたノア王太子からの手紙を読み、笑みが溢れる。
どうやら私の読みは当たっていた様だ。
これならアナベル様を連れて行くことも可能だろう。
だって手紙には、一人で来いとは書いてないものぉ~♪
船上でのアナベル様との約束を思い出し、ほくそ笑む。
さぁ、私とノア王太子殿下の仲を思う存分ひっかき回してくださいな。
私は協力者であるアナベル様に宛て手紙を書き始めた。
『アナベル様、船上での約束を果たす時が参りました。◯月◯日より1週間、ノア王太子殿下にお会いするため、王城へ通う事となりました。ぜひ、ご一緒に参ろうではありませんか。アナベル様はノア王太子殿下の心を掴むため、わたくしはノア王太子殿下から逃げるために』
………数日後………
私はリンベル伯爵家の馬車に乗り、向かいに座るアナベル様と共に王城へ向け進んでいた。
「アイシャ様、本当によろしいのでしょうか?
わたくしはノア王太子殿下から招待されている訳ではありません」
「問題ありませんわ。ノア王太子殿下からの手紙には一人で来いとは書いてありませんでしたから」
「はぁ、まぁ………
書いていなくとも王太子殿下からの誘いに無関係な令嬢を連れて行こうなんて考えるのはアイシャ様くらいですわ。普通は、ノア様と二人きりになりたいものですから」
そんな会話を交わしながら馬車は進み、王城の門扉に着く。先に馬車から降りた私に例の侍従が恭しく礼をしてくれる。
「アイシャ様、お待ちしておりました。王太子殿下が庭園にてお待ちでございます。ご案内致します」
久々に再開した侍従は、夜会の時の様に取り乱すこともなく、いつもの調子に戻っていた。
あの時は急に手を握られ涙していた姿に正直引いてしまった。今日は正常運転で一安心だ。
「お待ちになって。今日はお友達を連れて参りましたの」
「はっ⁇あのぉ………
王太子殿下のお客様はアイシャ様のみと伺っておりますが、お友達で………
………これは、リンゼン侯爵家のアナベル様とは!失礼致しました。直ぐに確認を取りますので暫しお待ち下さいませ」
慌てて踵を返し確認を取りに行こうとする侍従の手を慌ててつかむ。
「お待ちになって!アナベル様がお越しになっている事はノア王太子殿下には内緒にしたいの。サプライズというかぁ…とにかく驚かせたくて。お願いです。この事はノア王太子殿下には内密に」
侍従の両手を掴み、上目遣いで可愛らしくお願いしてみる。
アイシャ、貴方はぶりっ子よ!
「………し、しかし、予定にない方の訪問は安全面に関わると申しますか………」
「わたくしと貴方様の仲ではありませんの。ここはひとつ大目に見ては頂けませんか?」
最終手段よ!伝家の宝刀涙目攻撃だぁ!
目をシパシパさせて、侍従の手をさらに握り締める。
「わわわわわかりましたからぁぁぁ………
直ぐに王太子殿下の元へお二人をお連れ致しますから‼︎‼︎て、手を離して下さいませぇ………」
真っ赤な顔をして慌てる侍従を見て、やり過ぎたかと思ったが、あとの祭りだ。
まぁ、私に大した魅力がある訳でもないし目の前の侍従は女性に免疫がない方なんだわ。
アイシャは見当違いの事を考えながら、アナベル様と一緒に侍従の後に続く。
不憫な侍従を見てアナベル様が、ため息を溢していたなんて、少し前を歩いていたアイシャは知るよしもなかった。
しばらく王城内の廊下を進むと、見事な薔薇が咲き誇る庭園が見えて来た。
「こちらの庭園の四阿にて、ノア王太子殿下がお待ちでございます」
ここからは、薔薇の生け垣が邪魔をして四阿は見えない。侍従に続き、生け垣の間の入り組んだ小道を進むと突然目の前が開ける。
そのまま薔薇のアーチを抜けると広場の真ん中には精緻な彫刻の像が置かれた噴水が設られ、その奥に蔦薔薇で支柱が覆われた美しい四阿が見えた。
そこに座る一人の男性。優雅に脚を組み座り、お茶を飲みながら何かの書類を読んでいる。陽の光を浴びて輝く黄金色の髪に隠れ、表情まではわからないが美しい薔薇園の雰囲気と合わさり、一枚の絵画を見ているかの様な光景にため息が溢れた。
………はぁ~眼福❤︎
遠くで観ている分には最高の造形美なのにねぇ。
まさしく『ザ・王子様』よ。
本当、外野でいたいわぁ………
「やぁ、アイシャ。久しぶりだね。
………とリンゼン侯爵家のアナベルだね。
なぜ君がここにいるのかな?」
私達一行を出迎えたノア王太子が立ち上がり私に話しかけた後、視線をずらし背後に佇むアナベル様を鋭い視線で一瞥する。
「あっ、申し訳ありません。
わたくし、帰り………………」
「ノア王太子殿下、ご無沙汰しております。
わたくし一人で王城に来るのは心許なく、お友達のアナベル様に無理を言って、ご一緒して頂きましたの。殿下からのお手紙には一人で来なさいとは書いてありませんでしたでしょ」
ノア王太子を見つめ、『わたくし悪くありませんわぁ~』オーラを放つ。
言ったモン勝ちよ‼︎
「………くくっ、そう来ますか。
確かにアイシャへ送った手紙には一人で来いとは書かなかったね。今度、アイシャへ手紙を送る時は、事細かに指示を書く事にするよ。まさか女友達を連れてくるなんて想定外だった。本当、君はおもしろいね。まぁ、いい。二人とも座りなさい」
ノア王太子の目の前の椅子を勧められ、アナベル様と二人腰掛けると、三人でのお茶会が無事始まった。
「ところで二人はいつからそんなに仲良くなったんだい?確かアイシャの社交界デビューの夜会では敵対していたと思ったけど………
確か、アナベル貴方がアイシャを叱責したとか何とか?」
「あの…それは………」
横に座るアナベル様の顔色がみるみる悪くなり俯いてしまう。
もぉ~何て意地悪な質問をするのかしら‼︎
勝手にアナベル様を連れて来た私に対する嫌がらせかしらねぇ~
「アナベル様に叱責された覚えはありませんわ。あの夜会では、デビュタントとして未熟なわたくしを見兼ねてアナベル様がアドバイスを下さったのです。わたくしだって、まさか二曲続けて男性とダンスを踊る事になろうとは思いもしませんでしたから。親切にもデビュタントの心得を説いて下さいましたの。『デビュタントは壁の花になれ』と」
「「はっ⁇」」
ノア王太子とアナベル様の声が見事にハモる。
「ま、待ってくださいませ。
アイシャ様はどちらでその様なデビュタントの心得を教えてもらったのですか?」
目を丸くしたアナベル様に問われる。
………えっ⁇違うの?
「親切なお友達の令嬢方に。
デビュタントは目立たず、驕らず、淑やかに壁の花となれ。男性から話しかけられても相槌を打つだけで話しかけてはいけない。誘われてもホイホイついていかない。デビュタントの心得ですよね?」
「………」
「………」
二人の目が点になっている。
………えっ⁇やっぱり違うの?
「ははは。アイシャのお友達の令嬢方はよっぽど君が心配だったんだね。
まぁ、アイシャの言うデビュタントの心得は合っているよ。君限定でね。」
「はぁ~?何ですかそれは?」
「アイシャ様、世の中には知らない方が良い事もありますわ。社交界の色々な事を知る内にアイシャ様の言うデビュタントの心得の本当の意味が解るようになるかと思います」
ノア王太子とアナベル様の言葉に何とも釈然としない気持ちになるが、考えるのをやめよう。今はアナベル様の良さをノア王太子にアピールせねば。
「まぁ、デビュタントの心得なんてどうでもいいのです。わたくしとアナベル様が親しくなったのは最近ですの。実は、つい最近行った船旅でアナベル様に偶然お会いしましたの。そこで意気投合しまして、わたくしからお友達になって下さいと申し上げた次第です。
実はわたくし以前からアナベル様のファンでして、あらゆる伝手を使いアナベル様の情報を収集しておりました」
「えっ………
アイシャ様、それは本当ですの⁇」
「はい。初めてお会いした時からアナベル様の真っ直ぐな性格にとても感心しておりまして、ぜひお友達になりたいと思っていましたの。しかし、アナベル様はリンゼン侯爵家のご令嬢様でしょ。そう簡単に格下のたかが伯爵令嬢如きがお友達になって下さいと言っても門前払いされるだけだと思いまして、外堀から埋めようかと」
アナベル様は顔を真っ赤にし俯き、何故かノア王太子は肩を震わせ笑っているが無視だ。
「本人の前でそれを言っちゃう当りがアイシャらしいというか、アホと言うか………」
なんかノア王太子が私を小声でアホとか言った様な気がしたが、まぁ気のせいだろう。
「皆様から伺うアナベル様は私の想像を超える素晴らしい方でしたわ。皆に平等で、その博識ぶりは他を寄せ付けない程だとか。知識に驕らず上を目指し努力を惜しまない。高位貴族にありがちな傲慢な態度はなく、謙虚で優雅な振る舞いは淑女の鑑と言われているとか。そんな素晴らしい女性とどうやったらお友達になれるかと考えていたところ、偶然船上にてお会い致しました。船旅という開放感あふれる環境のおかげか、たまたまお会いしたアナベル様と意気投合しまして、目出度くお友達となる事が出来ましたの」
「アナベルが船旅に行くなんて珍しいね。確か伯母上は、船旅は苦手だったと記憶しているが。リンゼン侯爵も休みを取りバカンスへ行ったとは聞いていないが、まさかアナベルだけで船旅へ?」
「………えぇ、まぁ………
色々ありまして、気分転換に一人で船旅へ行く許可を父に取りましたの」
「アナベル様は、失恋を癒すため船旅へ行かれたそうですわ。お相手の方とは婚約間近だったそうですが、お相手の方が思いもよらぬ行動に出たとか。
何処ぞの格下令嬢に求婚するなんていう暴挙に出たそうですわ。アナベル様は大層ショックを受け、傷心旅行へ出掛けたと。そこで運悪く恋敵と鉢合わせ、何の因果か恋敵とお友達になってしまわれたとか。
………ノア王太子殿下、わたくしのお話理解できまして?」
顔を赤くしたり青くしたりしているアナベル様とは対照的にノア王太子の表情はニヒルな笑みを浮かべたまま変わらない。
「………ははは、くくっ………
アイシャの話は理解したよ。
私に一矢報いるため二人は手を組んだということだね。それで、この後二人はどうしたいのかな?」
目の前に座るノア王太子の視線が鋭さを増す。
「ノア王太子殿下はきちんとアナベル様の気持ちを受け止めるべきだと思います。お二人は婚約間際でしたのでしょ?でしたらノア王太子殿下はアナベル様に婚約に至らなかった理由をきちんとお話するべきです。でなければ、アナベル様も気持ちに踏ん切りがつきません。今日はその為にアナベル様にお越し頂きました。という訳で、お邪魔なわたくしは、これにて失礼致します」
私は立ち上がるとノア王太子に礼をし、その場を脱兎の如く逃げ出した。後ろからアナベル様が何か叫んでいたが無視だ。
あとは彼女とノア王太子の時間だ。
私は心の中で彼女にエールを贈りながら先を急いだ。




