ノア王太子の思惑
〜リアム視点〜
アイシャとの船旅を終え、私は王城へ向かうウェスト侯爵家の馬車に揺られていた。
彼女との船旅は夢の様な時間だった。まさかこんなに早く応えてくれるとは思っていなかったが、結婚を了承してくれた。しかし、簡単には結婚出来ないのが現実だ。今更ながら、四家で交わした密約を苦々しく思う。
『白き魔女の婚約者の決定権はリンベル伯爵家にあるが、結婚に関しては王家、ナイトレイ侯爵家、ウェスト侯爵家の承諾を必要とする』
何百年も前に交わした密約など、さっさと反故しておけば良かったものを。こんな密約さえなければ何の問題もなく彼女と結婚出来るのに。
アイシャとの結婚に立ちはだかる大きな壁を思い鬱屈とした気持ちになる。
交渉の余地があるのは、アイシャを政治利用するため手に入れようと考えているであろうノア王太子だが、キースに関してはハッキリ言って対処法が浮かばない。アイツの彼女への想いがどれほどのものか分からない。ノア王太子の様に交渉してどうこう出来ないのが頭の痛いところだ。キースは頭の悪い奴ではないが実直過ぎる。正統派の騎士としては正しい姿なのだろうが、融通が効かない頑固な一面がある以上、自身が納得する理由が無ければアイシャを諦めてはくれない。
さてどうしたものか………
天を仰ぎ深いため息をつく。
「リアム様、王城へ到着致しました」
御者の声と共にゆっくりと馬車が止まった。
外側から扉が開かれ、馬車を降りた私と対面した城付きの侍従が恭しく礼を取り、ノア王太子の待つ執務室への案内を申し出る。
先触れの使者から、あの方へはすでに話が伝わっているようだ。
勝手知ったる王城内、侍従の案内を断りノア王太子の執務室へ向け歩きだした。
アイシャには、心配はいらないと言ったが、ノア王太子が何の条件も出さず、婚約者候補を降りるとは考えられない。どんな要求を飲まされるか分からないが、それ以前にこちらの提案すら一蹴される可能性すらある。あの方が同意せざる負えなくなるだけの材料は用意して来たつもりだ。あとは、あの雰囲気に呑まれなければ、きっと上手くいく。
まずは第一難関を説得しなければ………
『トントン』
「ウェスト侯爵家のリアムです。ただ今参上致しました。失礼致します」
「やぁ、リアム。急に先触れの使者なんて立てるから急ぎの用でもあったのか?
確か今日までバカンスではなかっただろうか?
アイシャと………」
執務机で書類を見ていたノア王太子からの先制攻撃が繰り出される。柔らかな口調で笑顔を振りまいているが目が笑っていない。放たれる黒いオーラに飲まれそうになるが、ここで負ける訳にはいかない。
「えぇ。今日までアイシャとバカンスでしたよ。数刻前に彼女と別れたばかりです。ノア王太子との話し合いが必要になりましたので急ぎ登城しました。アイシャとの婚約に関しての話し合いがね」
「ほぉ~アイシャとの婚約ですか………
まだリンベル伯爵家からは何も話が有りませんが、ウェスト侯爵家にはリンベル伯爵家から何か言って来たのですか?」
「いいえ。リンベル伯爵家からは何も言って来ていません。ただ、アイシャは私との結婚を了承しました」
「なに⁈アイシャ本人が婚約する事を承諾しただと!しかし、結婚には王家とナイトレイ侯爵家の承諾が必要なはずだ。お前達がどう足掻こうとも二家の承諾は得られないよ。他の二家の婚約者候補が辞退しない限り………
………………まさか………………?」
黒いオーラを放ち似非笑いを浮かべていたノア王太子の顔が初めて苦々しく歪む。
「リンベル伯爵からアクションを起こされる前にノア王太子殿下と話し合いを持ちたかったのですよ。だから急ぎ登城する必要があった。貴方と交渉する為に。ノア王太子殿下に伺います………
何故貴方は、アイシャを手に入れたいと思ったのか?愛などという戯言は聞きませんよ。本心を話して頂きたい」
「私の本心を一臣下に話すとでも思っているのなら、自惚れもいいところだ」
「そうですか………
では私の考えを聞いた上で判断頂ければ結構です。ノア王太子殿下は、私やキースの様にはアイシャを想ってはいない。恋愛感情など全くありませんよね。王太子だからこそ恋愛感情なんてものに振り回されれば足元をすくわれ兼ねない事は誰よりもご存知の筈です。王族は政略結婚により自らの力を強めてきた。自身の立場を強くし確固たるものに出来る女性を妻に迎える。王太子なら次期王としての立場を強くし、国民に慕われ自身を政治の面からも支える事の出来る女性を王太子妃に迎えたいと考えるのは自然な事です。
『白き魔女』という国民誰もが知っている女性を王太子妃に迎えれば、貴方の王太子としての立場は今よりも強いものになる。この国には『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は世界の覇者となる』なんていうカビの生えた伝承がありますからね。貴方は『白き魔女』としてのアイシャを手に入れたいだけだ。『白き魔女』であればアイシャでなくても誰でもいいのではありませんか?巷で噂になっているドンファン伯爵家のもう一人の白き魔女でも」
「………まぁ、そうだな。私も王太子である以上、愛だの恋だのそんな不確かな感情に興味はない。『白き魔女』というネームバリューは実に魅力的だ。貴族のみならず平民からの支持を得るための恰好の材料となる。私が王となる治政を絶対的な力で支配する事が可能になる。実に魅力的な存在だよ『白き魔女』は。だから私がこのゲームを降りる選択肢はないよ。アイシャとの1週間も残っている事だしね。人の恋心なんて一瞬で変わるものだよ。今は君と結婚するつもりでも1週間後は私と結婚すると言っているかもしれないだろう。彼女の君に対する恋心は果たしてどれくらい深いものなんだろうね~?
恋を知ったばかりのアイシャの気持ちを変えさせるのは案外簡単かもしれないね」
目の前のノア王太子の不敵な笑みを見て苦々しく思う。
アイシャの恋心………
ノア王太子の手にかかれば恋愛経験皆無のアイシャなど簡単に転がされてしまう。いい様に言いくるめられ、いつの間にか結婚を承諾していたなんて事になり兼ねない。だからこの男と彼女が一緒に過ごす前に決着をつけたかったのだ。アイシャの自覚したばかりの恋心を壊される訳にはいかない。
「ノア王太子殿下の治政は『白き魔女』を手に入れさえすれば本当に安泰と言えるのでしょうか?貴方が政治目的のためアイシャを利用するというのなら、貴方の治政ではウェスト侯爵家は徹底的に対抗しますよ。もちろんナイトレイ侯爵家の次期当主であるキースも巻き込むつもりです。ナイトレイ侯爵家は『白き魔女』の片翼としてアイシャの望まぬ政略結婚を良しとはしないでしょう。しかもキースはアイシャに忠誠を誓ったそうだ。それ程まで愛する彼女が無理矢理貴方と結婚すると吹き込まれたらどうなるでしょうね?貴方の治政はウェスト侯爵家とナイトレイ侯爵家を敵に回しても安泰と言えますか?」
「…………」
ノア王太子が難しい顔をして黙り込む。
「アイシャには、自身が『白き魔女』だなんて知らずに人生を歩んで欲しいと思っています。そんな柵、彼女に背負って欲しくない。ノア王太子も知っているのではないですか?彼女の最大の魅力は誰にも何にも囚われない生き方にあると。彼女の自由な発想と行動力は眩しいくらいに輝いて見える。柵ばかりの貴族社会の中にいても放つ彼女の魅力を『白き魔女』という鎖で潰したくないのです」
「………ふふ………ははは………
確かに、昔からアイシャは規格外の令嬢だったよ。私からの誘いをあの手この手で断り続けた令嬢はアイツくらいだ。しかも王城に頻繁に来ていると知り、調べたら騎士団に入り浸り剣を習っているなんて、アホかと思った。
しかし、アイシャと会うと何故か心が和らぐんだよな。気が抜けるというか、アイツの巻き起こす騒動を知るたび楽しくなった。魑魅魍魎闊歩する貴族社会、王太子として気を抜ける存在は貴重だ。側にいて欲しいと思ったこともあったが、アイツに王太子妃としての重責を背負わせるのも気が引けてな。王太子妃こそ柵だらけだ。まぁ、アイツならそんなものもぶち壊しそうだが。
そんな時、父王からアイシャが『白き魔女』としての力を復活させたと知らされ、婚約者候補となるよう言われた。チャンスだと思ったよ。確かにお前の言う通り『白き魔女』というネームバリューは魅力的だが、彼女と築く未来を想うと単純に嬉しかった。王太子妃となった彼女が未来で巻き起こす騒動が私の治政に良い影響を与えてくれるかもしれないとね。しかし、同時に彼女の良さを潰し兼ねない現実に震えもした。それ程、王太子妃の責務は重い。自由などないと言っていい。
私は、婚約者候補を決める権利がリンベル伯爵家側に有る事に、内心ホッとしていたよ。アイシャが王太子妃という柵を超え私を愛してくれるなら、自分も彼女を全力で守るとね。
しかし、アイシャが選んだのはリアム、お前だ。
私は、この婚約騒動から降りるよ。無理矢理アイシャと結婚する事だけは避けたい。彼女の嫌がる政略結婚は望んでいない」
ノア王太子の言葉が本心かどうかなど、関係ない。『婚約者を降りる』と言う言葉を引き出せただけで充分だ。
「では、私とアイシャとの婚約を認めてくださると!」
「私はアイシャとの婚約を降りるとは言ったが、君とアイシャの婚約を認めるとは言っていないよ」
「えっ⁈なんですって………」
「君とアイシャの婚約を認めるには条件がある。君が、私の要求を飲むのなら認めてあげないこともないがね」
やはりか………
このまま無条件に認めてくださるとは思っていなかったが、目の前でクスクスと笑うノア王太子を見つめ、苛立ちが増す。
「………条件ですか?
簡単には認めないと言う訳ですね。で、その条件とは何ですか?」
「リアムにとっては簡単な事だよ。君の諜報能力は優秀だと聞くしね。条件はね………
もう一人の白き魔女、グレイス・ドンファンの真価を見定めるため、彼女に近づき情報を集めること。彼女がドンファン伯爵家へ養女に入ってからの『白き魔女』としての『さきよみの力』はどうにも怪しい点が多いが、なかなか尻尾が掴めない。巧みにドンファン伯爵が証拠を隠している。本物の『白き魔女』であれば、王家は保護する必要があるが、それを見定める事が出来ずにいるのが実情だ。あの家に近づくには、ウェスト侯爵家のお前がグレイス嬢の婚約者にでもなれば簡単だろう。婚約者となれば、気が緩み正体を現すかもしれん。
お前だってアイシャを害する可能性のあるグレイス嬢の存在は無視出来ないと考えているのではないか?アイシャと一度離れても彼女の気持ちが変わらず、お前を愛し続けるのなら婚約を認めてやるよ。まぁ、その間にキースに持っていかれる可能性もあるがな………
さて、このゲーム。リアムはアイシャとの未来のためにのるかな?」
簡単には認めないか………
「そのゲーム、受けて立ちますよ!
アイシャとの未来を勝ち取るためにね」
王太子執務室は、お互いを睨みつけながら契約成立の握手を交わす美丈夫二人の冷ややかなオーラに包まれていた。




