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21. 魔王と小悪魔


舞踏会場へ着いた私は、辺りを見回し驚いていた。


仮面舞踏会というコンセプトもあり、会場に集まった紳士淑女の衣装がバラエティに富んでいる。もちろんタキシードや夜会用のドレスに仮面を付けた人達も多くいるが、道化師の格好をしている人や黒いマントを羽織り頭に角をつけた悪魔風の衣装の人、ミニドレスを着て背に羽をつけた妖精に扮した女性など、まるで仮装大会の様相を呈している。


船上最後の夜会は、平民から貴族までお金さえ払えば身分関係なく参加出来る仕組みとなっていた。そのため、仮面や仮装で身分を隠し、一夜の享楽を得ようと様々な人種が参加していた。


壁際で参加者の衣装を見ているだけでも楽しい。


あまりの人の多さにリアムを見つけるのを早々に諦め、ボーイから飲み物を受け取り壁の花となる。


会場の真ん中では色鮮やかな衣装を身につけた数組の男女が優雅にダンスを踊っている。あちらこちらから聴こえる騒めきも様々な衣装を着た人達で埋めつくされた会場の雰囲気と混ざり、気分をワクワクさせてくれる。



「美しいお嬢様、私と一曲踊ってくださいませんか?」


会場をボーッと眺めていた私は、誰かが近づいて来ていた事に気づかなかった。声のした方へ振り向くと、王子様風の衣装に身を包んだ男が立っていた。


………誰かしら?


目の前の男は優雅にこちらに手を差し出しているが、その手を取ることが躊躇われる何かがある。


茶金の髪を後ろに撫でつけ、スラッとした体型に王子様風の衣装はとても似合っている。たぶんイケメンの部類に入るのだろうが、仮面から覗く瞳に見つめられると何だか背筋がゾワゾワする。

獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のギラついた目を思い出し、第六感が警鐘を鳴らす。


この男は危ない………


「申し訳ありません。わたくしこちらである方と待ち合わせをしております。なので此処を離れる訳には参りませんの」


「こんな会場の片隅に美しい貴方を一人待たせるなんて、ひどい人だなぁ。少しくらいなら此処を離れても大丈夫ではないかな。一曲踊ったら戻ってくればいい」


目の前の男が勝手な事を言い、無理矢理手を掴む。


許可なく女性の手を掴むなんて………

イケメンなら何をしても許されると思ってるのかしら!


「手を離し………………」


「私の婚約者の手を離してくれないかな」


聴き慣れたリアムの低く艶めいた声が背後で響き、肩をそっと引き寄せられる。


「………貴方は!!

失礼致しました。ウェスト侯爵家の………」


「それ以上は言うな。素性を明かさない事が、ここに集まる者達のルールのはずだ。身分関係なく参加可能な仮面舞踏会だ。後々面倒な事になるのはお互いに避けたいだろう。貴方にも結婚間近の怖い婚約者がいることですし………」


「貴方は私の素性もご存知なのですか⁈」


「えぇ。社交界では顔が広い方ですから。まぁ、私の大切な婚約者に粉をかけようとする輩を容赦無く叩き潰すだけの力は有していますよ」


「………ひっ!粉をかけるだなんて………

ただ、美しい女性が一人壁の花になっていたものですから、思わず声を掛けただけです。やましい気持ちなどありません。では、私も連れが待っていますので失礼致します」


目の前の男は慌てて私の手を離すと脱兎の如くその場を立ち去った。


あぁ、やっぱり小物は逃げ足も早いのねぇ~


「アイシャ、見つけるのが遅くなって済まなかった。まさかこんなに人が多いとは思わなかった。怖い思いをさせてしまったな」


「リアム様。さっきの殿方、誰か知ってらっしゃるの?」


「あぁ。ダントン子爵家のロイとかいう坊ちゃんだよ。見た目だけが良い中身空っぽな男だ。まぁ、その見た目だけで格上の伯爵家の令嬢に見初められ近々婿入りする予定だとか。この仮面舞踏会も独身最後のハメ外し目的で参加したのだろう。お相手の伯爵令嬢は、とても嫉妬深いと有名な方で、結婚したらそう簡単には女遊びも出来ないだろうしな。子爵家の経済状況を考えると次男坊のアイツに結婚を拒否出来る力もない」


「まぁ、あの噂のダントン子爵家の………

あの方に遊ばれて捨てられた令嬢がチラホラいたような。リアム様、助けて頂きありがとうございました」


「アイツに手を握られていた様だけど、大丈夫だった?」


「えぇ。掴まれて直ぐにリアム様がいらっしゃいましたから。

………リアム様に夜会で助けられるのも二回目ですわね」


「姫君のピンチに颯爽と現れるのがナイトの役目だろう?」


背後から肩を抱きしめられていた私は体を反転させ、目の前のリアムを見上げる。さっきまで奴に握られていた手を持ち上げられキスを落とされる。


仮面から覗くリアムの瞳に見つめられれば、トクトクと心臓の拍動が聴こえ、キスを落とされた手が熱を持つ。


「ナイトっていうより、今のリアム様は魔王みたいですわ。

………とっても魅惑的な魔王様。

貴方様はわたくしをどこへ連れ去るおつもりなのかしら?」


お揃いの羽飾りの付いた仮面をかぶり真っ黒なタキシードに黒のマントをはためかせたリアムは、赤髪を後ろに一つにまとめ、誰をも魅了し支配する魔王そのものに見えた。


そこかしこから注がれる女達の熱い視線を感じ、私の中の独占欲が噴き出す。


「今宵は誰をも魅了し翻弄する小悪魔な貴方を捕らえに来たのです。貴方は魔王である私をも魅了した。さぁ、罰として私とダンスを踊りなさい」


リアムは魔王、私は魔王を翻弄する小悪魔って設定かしら?

何だか劇の演者になった様で楽しい。


「魔王様の仰せのままに………」


私はリアムに手を引かれ会場の真ん中へと連れ出され、ゆったりとワルツが流れる中、彼のリードに合わせ踊り始める。


クルクルクル…クルクルクル………


「アイシャとこうして踊るのは初めてだね。社交界デビューの夜会では、ノア王太子とキースに先を越され苦々しく思っていたんだ。でも、これからはずっと、夜会のパートナーは私だ。いつでも一緒に踊る事が出来る。早く正式にアイシャとの婚約を発表したいが、ノア王太子とキースを納得させなくてはならない。少し待たせる事になるが必ずリンベル伯爵家へ挨拶に伺う。それまで私と婚約することはリンベル伯爵に伝えないで欲しい」


「………それはどういう事ですの?

なぜ両親にも伝えてはいけないのですか?」


「アイシャが思うほど、今回の婚約話は単純ではない。婚約者を誰に決めるかの決定権がリンベル伯爵家にあるとしても、アイシャが婚約者を私に決めたと言った所で、残り二家が納得しなければ、婚約は成立しない事になっている。私達は王家とナイトレイ侯爵家に婚約を認めて貰わなければ結婚出来ないんだ。リンベル伯爵もその事は承知しているはずだ」


「でも、二家に認めてもらうなんて………

そんな事出来ますの?」


「かなり難しいだろう。二家に認めてもらう為には、候補者であるノア王太子とキースにアイシャを諦めさせるしかない。しかし、リンベル伯爵に私と婚約することをアイシャが話してしまえば、家同士の話し合いが先行してしまう。そうなれば、アイシャを嫁がせたい二家は、ウェスト侯爵家への嫁入りを絶対に認めないだろう。どんな妨害を仕掛けてくるかわからない。王家とナイトレイ侯爵家に手を組まれたら、ウェスト侯爵家だけでは対抗出来ない。ただ、個人となれば話は別だ。運良くノア王太子とキースは、個人的な付き合いが深い訳ではない。二人が手を組む事はないだろう。家を相手にするよりは、当事者であるノア王太子とキースに働きかけた方が上手く行く可能性が高い。あの二人がアイシャとの婚約を破棄しなければ、私達が結婚出来る道はない」


「そんなぁ……

わたくしどうすればいいの?」


「大丈夫だ。ノア王太子とキースには私から話をつける。今後、何が起ころうとも私を信じて待っていて欲しい」


何が起こると言うのだ………


リアムの不穏な言葉が頭をめぐり、嫌な胸騒ぎが心に巣食う。


私はリアムを信じて待つ事しか出来ないのか?


自分の幸せは自ら掴み取りに行くのが私ではないのか!


私は、ある決意を胸にリアムとの最後のダンスを踊り続けた。


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