20. 恋心と不安
今日はリアムと過ごす船旅の最終日だった。私は朝から侍女の手を借り、今夜の船上最後の夜に開かれる仮面舞踏会に向け体をピカピカに磨いてもらっていた。
贅沢にも部屋に備えつけのバスタブにゆっくり浸かり小さな丸窓からキラキラ輝く海面を眺めて彼と過ごした日々を思い出す。
この船旅が始まる前までは、まさか自分からリアムにキスする日が来ようとは思ってもみなかった。自身の趣味を暴露し彼が認めてくれた日、以前から燻っていた恋心を自覚したのだと思う。
腐女子である事を言うのが怖かったのも、趣味を暴露した時、彼に笑われ悲しみで怒りが沸き起こったのも、それが誤解だと知り信じられない程嬉しかったのも、全てリアムが好きだったから。
恋を自覚してしまえばリアムの行動や言動に一喜一憂してモヤモヤしていた理由もわかる。
まるっきり恋する乙女の反応だ。
男女の駆け引きに疎い私を揶揄って遊んでいるだけと思うたび心の奥底で感じていた痛みも、女として見られていないと悲しかったから。
リアムからの好意を素直に受けとるようになってからの私は幸せだった。ただ二人で食事をとるのも、デッキチェアに寝そべり、たわいない会話をするのも、ロイヤルスウィートのソファでお昼寝するリアムに膝枕してあげるのも、二人で一緒に過ごす時間は幸せに満ちていた。
今日で彼との船旅も終わってしまうのかと思うと寂しくなってしまう。
でも、船を降りてからの方が色々と忙しくなるだろう。
まずは、両親にリアムからのプロポーズを承諾したと伝え、ノア王太子との1週間を反故にする事は出来ないだろうから、リアムと婚約する事を伝え納得してもらわねばならない。もちろんアナベル様とノア王太子をくっつける事が出来たら万々歳だ。
そして、キースにもきちんとお断りをしなくてはならない。ナイトレイ侯爵領で過ごした日々は、とても素敵な経験だった。キースとのわだかまりが嘘のように良くしてもらった。誠意を持って伝えなければダメだ。
「アイシャ様、そろそろ湯船から上がった方がよろしいかと思います。夜会の準備も致しませんとですし、のぼせてしまいますわ」
侍女の声に、思いの外ゆっくりしていた事に気づき慌てて湯船から上がる。
「ごめんなさい。直ぐ出るわ」
「バスローブをご用意してありますので、ゆっくりお越しくださいませ」
浴室から出ると、待ち構えていた侍女総出でマッサージを施され、心身ともに贅沢な時間を過ごす事が出来た。
「アイシャ様、こちらはリアム様からのプレゼントでございます」
先ほどまで部屋にはなかった箱がいくつもテーブルの上に置かれている。侍女からメッセージカードを受け取り開ける。
『今夜は、船旅最後の仮面舞踏会ですね。
私はきっと地上に舞い降りた小悪魔の様な貴方に魅了されてしまうのでしょう。
仮面の下の美しい瞳に恋をした哀れな私の願いを叶えてはくれないだろうか。舞踏会場でお待ちしております。私の愛しい人………』
………なななななんて恥ずかしいメッセージを送ってくるのよぉ。
みるみる熱を持ち始めた頬を冷ますべく、手で仰ぐが一向におさまる気配がない。
「アイシャ様はリアム様からとても愛されていらっしゃるのですね。わたくし長年ウェスト侯爵家に仕えておりますが、リアム様が令嬢にメッセージカード付きのプレゼントをお贈りするのを初めてみました。侍従の話ですと自らプレゼントもお選びになったとか。そちらの箱もぜひ開けてみてくださいませ」
侍女に勧められるまま、一番大きな箱のリボンを解き蓋を開けると中からコバルトブルーのドレスが出てくる。
「素敵なドレス………」
胸元はシンプルなコバルトブルーなのに、腰から足元にかけて深い藍色へと変化するグラデーションが施され、所々に大小様々なスパンコールがキラキラと輝くドレスは贅沢の一言に尽きる。このドレスを着て歩けば、足元の生地が揺れる度、キラキラと輝いてとても綺麗だろう。
私はドレスを胸元に抱き寄せ、しばし陶然としてしまう。
「アイシャ様、こちらも素敵ですわ」
侍女の声に振り向くと、大粒のブルーサファイアのネックレスとお揃いの涙型のイアリングが入った箱を手渡された。
「さすがリアム様ですわ。このネックレスとイアリングを身につけるなら胸元はシンプルなデザインのドレスでないと合いませんわ。きっとアイシャ様が自身の贈り物で着飾った姿を想像して用意なさったのね。リアム様は、今夜の仮面舞踏会でアイシャ様と過ごす事を乗船前から楽しみにしてらしたんだわ」
侍女の言葉に前から彼が私の事を想ってくれていたと知り単純に嬉しくなる。社交界の寵児と言われ、今までもたくさんの女性を虜にして来たのだろう。夜会でリアムを取り囲む令嬢達の反応が、それを物語っていた。そんな煌びやかな令嬢達ではなく、昔馴染みの私を選んでくれた事が何よりも嬉しかった。
だから不安にもなるのだ。
リアムからの好意は疑っていない。しかし、超優良物件の彼に今まで本当に女性の影がなかったのかは正直わからない。社交界デビューを果たしたばかりで、彼が貴族界でどの様な立ち位置にいるのか、女性関係が今までどうなっていたのかという情報は一切持っていない。
好きだからこそ不安になってしまう。
婚約した途端、昔の女がしゃしゃり出てきたらどうしよう………
「あのね、リアム様には今まで婚約者とか恋人とか想い人はいなかったのかしら?」
「わたくしの口からは何ともお伝え出来ないプライベートな事ですのでご容赦くださいませ」
「ま、そうよね。守秘義務があるものね」
「しかし、一点だけ………
リアム様が女性をウェスト侯爵家にお連れになった事は一度もございません。ですので、今回の船旅にアイシャ様を招待されると知った時は驚きましたわ。リアム様直々に専属侍女を任命された時も、とても大切な女性だからしっかり仕えて欲しいと言われ、アイシャ様こそリアム様の想い人だと確信致しました」
「それは本当なの?信じられないわ。
リアム様はいつだってわたくしを揶揄ってばかりでしたから。恋愛感情があるなんて最近まで知りませんでしたの」
「まぁ。愛しい人ほど苛めたくなってしまうのが男の性と言いますし」
「そういうものなのね………」
そんなたわいない会話を侍女としているうちに準備が整った。
「素敵ね………」
自分で言うのも恥ずかしいが、鏡に映った私は文句なしの出来栄えだった。コバルトブルーから深い藍色へグラデーションがかかったドレスは、着て動くと光を反射してほのかに輝いて見える。ドレスに合わせたアクセサリーも胸元を華やかにしてくれている。
「アイシャ様、仕上げでございます」
侍女から渡された見事な羽飾りが付いた精緻な細工の仮面をつけると、鏡の中には目元を仮面で隠した魅惑的な女性が写っていた。
こうして見ると金髪もハーフアップにして、キツめの目元も仮面で隠すと美女風になるのね。いつもはキツめの目元と金髪が妙な迫力を醸し出して、性格悪そうな女に見えるのが悩みの種だった。
支度を手伝ってくれた侍女の腕に感心してしまう。
「アイシャ様、とっても素敵ですわ。これならリアム様も惚れなおすかと思います」
「ありがとう。貴方の腕がとても良いからだわ。あとは素敵なドレスのおかげかしら。では、行ってくるわね」
侍女の見送りを背に舞踏会場へ向け歩き出した。




