19. 心のままに………
リアムに嫌われたらどうしよう………
私が腐女子だと暴露すれば、リアムとの友人関係も壊れてしまうかもしれない。
揶揄われながらも彼と過ごした8年間が思い出される。呆れながらも丁寧に教えてくれた剣、疲れ果て地面に倒れ込んだ私を抱き上げ芝生に運んでくれた力強い腕。いつも面倒くさいと言いながら、絶対に見捨てる事はしなかった。
キースにボロボロに負けて、宿舎裏で泣いていた時も気づいたら隣に座り、何も言わず側にいてくれた。
今思えば、リアムの前でだけは泣く事が出来た。
リアムの隣は、それだけ居心地が良かったのだ。自分の弱い所をさらけ出しても大きな心で包んでくれる。安心して泣く事も愚痴をこぼすことも笑うこともリアムの隣にいたから出来ていた。
だから怖い………
彼との友人関係まで壊れてしまうのが。
とてつもなく大きな不安に押しつぶされそうになっている私の手が震え出す。
その時、震える私の手に気づいたのか、大きな手に強くキュッと握りしめられ、私の心が決まる。
「………あ、あのね…リアム………
私がずっと結婚したくないと思っていたのは、誰にも話していない趣味のせいなの。この趣味を強制的に辞めさせられる事を何よりも怖れているのよ。
この国では、跡継ぎがいない場合を除き大抵の女性は他家へ嫁ぐ事になるでしょ。貴族社会では嫁入りした女性は、夫の言葉には逆らわず、貞淑な妻であることを求められる。結婚してしまえば、家長である夫に趣味を咎められれば、辞めざる負えない。嫁ぎ先で生き難くなってしまうからね。だから、誰にも邪魔されず趣味を満喫するため、一人で生きて行こうと考えて、幼少期から行動して来た」
「しかし、たかだか妻の趣味程度の事を強制的に辞めさせる夫がいるだろうか?
ご婦人方は大抵何らかの趣味を持っているものだろう。その趣味が莫大な浪費を生んだり、世間的に後ろ指をさされる様なものでなければ、強制的に辞めさせることもないと思うが」
「私の趣味が世間的に後ろ指をさされる可能性があるからよ。あの、あのね………
………わたくし、男同士の恋愛を妄想するのが大好きなのよ‼︎」
とうとう言ってしまった………
リアムの反応が怖すぎて顔をあげられない。
「………」
「………」
何も言葉を発しないリアムに、時間だけが流れていく。
やっぱり呆れられたのね。
気持ち悪い女だって思われてる。
リアムとの友人関係もお終いだ………
続く沈黙が心を押しつぶし、耐えきれなくなった私は、顔を上げてしまった。
「………へっ⁇」
目の前には笑いを噛み殺し肩を震わせ笑うリアムの姿があった。
「ななな何で笑ってるのよ‼︎‼︎
わたくしが決死の思いで告白しましたのに!」
リアムの態度に怒りが湧き起こり、目に涙が溜まってくる。
私の趣味は笑いがこみ上げるほど、可笑しなものなのか。私にとっては大切な趣味なのよ!生きがいなのよ!
男の人から見たら気持ち悪いのかもしれないが、笑われるほどバカバカしい趣味ではない。私の趣味をバカにするような男なんてこっちから願い下げだ。
立ち上がりリアムを睨みつけ言い放つ。
「失礼致しますわ!リアム様とは今後一切お会いしませんから‼︎」
踵を返し立ち去ろうとした私の手が強い力で引かれ、バランスを崩した私はリアムの膝の上へと倒れ込んでいた。
「なっ!離して‼︎」
急に視界が上がりリアムに抱き上げられた事に気づき、慌てて降りようと暴れたが彼の低い声に硬直する。
「少し黙って!目立ち過ぎだ………」
周りを見廻すと大勢の人の注目を集めていた。
興味津々で様子を伺う人人人の視線。
マズいぃぃぃ………
………ここはひとまず休戦だ。
リアムの首に腕を回し一時休戦の意思を示したのだった。
私を抱き上げ颯爽と歩くリアムにすれ違う人々の興味津々の視線が突き刺さる。
顔を上げる勇気のなかった私はリアムの胸に顔を埋め、唯々願う………
この羞恥地獄が早く終わる事を。
………数分後………
ロイヤルスウィートに連行された私の羞恥地獄は終わっていなかった。
「リアム様、早く離してください‼︎」
「それはダメだ!今離したらアイシャは一生私と会ってはくれないのだろう?」
「もちろんです!私の趣味をバカにするような男なんてこっちからポイですわ!」
私はリアムの膝の上に抱き上げられ、腰を拘束された逃げられない状況へと追い込まれていた。首に回した腕を離せば、もれなくソファに倒れ込むアンバランスな体勢だ。押し倒されかねない状況に腕を解くことも出来ない。
………くっそぉぉぉ、逃げられないようにあえて膝抱っこにしたわね。
「ポイって………
まぁ、この体勢だったら逃げられないしゆっくりアイシャの誤解を解いていこうね」
目の前の彼は何とも嬉しそうな笑みを浮かべている。
「誤解ですって??」
「あぁ。さっき思わず笑ってしまったのはアイシャの趣味をバカにしたからじゃない。何と言うか、もっとヤバい趣味を想像していたと言うか………
まぁ、世の中には犯罪紛いの趣味をやめられない者や特殊な性癖を隠して生きている貴族も沢山いるからね。男同士の恋愛を妄想する趣味だっけ?そんな可愛らしい性癖なら別に私は何とも思わないよ。この国は性に寛容だから一部の貴族夫人の中で衆道を話す会なんてものが存在しているらしいし、実際に騎士団に所属していた時はそれらしいカップルも何組か見かけたかな。もちろん私にそっちの性癖はない。私で男同士の恋愛を妄想するのはやめて欲しいけどね。
だから、アイシャの趣味が想像と違って可愛らしい性癖だったから安堵して、思わず笑ってしまった。誤解させてゴメン」
リアムは私の趣味を認めてくれるの?
さっきまで悲しみでいっぱいだった心が嬉しさで満たされていく。
「リアム様は私が男同士の恋愛を妄想していても気持ち悪いって思いませんの?私を軽蔑しませんの?」
「その程度でアイシャへの気持ちが冷めてしまうような愛じゃない。
その趣味がアイシャの何にも囚われない自由な考えを支える根幹であるなら否定なんて出来ないよ。私はね、アイシャには柵に囚われず自由に生きて欲しいと思っている。自由な発想とそれを実現しようと努力する行動力こそがアイシャの一番の魅力だろう。それを支えるだけの力は手に入れて来たつもりだ。自由に生きるアイシャを隣でずっと見ていたいんだ」
リアムの真摯な言葉に視界が滲む。そして、とうとう溢れ出した涙を止めることなど出来なかった。
いつの間にかソファに倒され見上げた先のリアムの顔が涙で歪む。
「アイシャ私と結婚して欲しい」
リアムの側は昔から居心地が良かった。
私の気持ちを優先し、辛い時はずっと側にいてくれた。
今も私の全てを認め、包み込んでくれた。
もう我慢しなくていいんだ………
彼の隣は暖かい………
心が暖かい………
『誰と結ばれるかは自ずとわかるものよ。心が必ず訴えてくるから』
心のままに………
私は滲む視界の中、リアムの頬を両手で包み、自ら唇を重ねた。




