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18. 特別な距離感


………うふふ…ふふ………

アナベル様、ゲット‼︎


いやぁ~有意義な話し合いだったなぁ。


アナベル様と別れた私は、私室へ続く船内の廊下を歩きながら、溢れ出す喜びを隠し切れなかった。


込み上げる笑いを抑えることも出来ず、下を向いてクスクス笑いながら廊下を歩く姿は、さぞかし不気味だったろう。


今の段階ではノア王太子がどれほどアナベル様の存在を意識しているかは不明だが、私というイレギュラーな存在がしゃしゃり出てくるまでは、王太子妃候補筆頭の立場を維持していた訳だから、少なからず唯の知り合いの立ち位置ではないだろう。婚約も間近だったと本人も言っていたし。


ノア王太子は立場上、とてもお忙しい方だと聞く。ましてや王族だ。おいそれと、王都から離れて過ごすなんて無理だろう。警備の問題もある。


きっと王城に呼び出されるに違いない。そうなればアナベル様も一緒に連れて行けばいい。しばらく会えていないクレア王女も巻き込めれば良いが、あの方は何故かノア王太子と私をくっつけようとしてくるから、協力を仰ぐのは難しい。ただ、一度クレア王女にノア王太子防波堤計画について伝えておくのも良いだろう。私の出方次第では、案外協力する気になるかもしれない。


そんな事をツラツラ考えながらロイヤルスウィートに続く螺旋階段を登っていた私は、リアムが階段を降りて来ていたことに気づいていなかった。



「アイシャ、下を向いて歩いていたら危ないよ。」


「………へぇっ??」


思わず上を向いた私の目にリアムの眩し過ぎる笑顔が飛び込んでくる。思いの外近い距離にいた彼に驚き、一歩足を引いた瞬間バランスを崩し落ちそうになった。


………マ、マズい………落ちるぅぅぅ………


「ほら、危なかった」


とっさに伸びたリアムの手に腕をとられ引き寄せられると同時に、そのまま彼の胸にスッポリ収められてしまい、私の鼓動が早鐘を打つ。


イヤイヤイヤ、そもそも貴方が突然、声をかけなければ危なくなかったでしょ!


そんなツッコミを心の中でしていなければ、リアムに抱きしめられている状況に、高鳴る胸の鼓動を抑えることなんて出来ない。日々エスカレートするアプローチに私は、リアムを男性として意識するようになっていた。


確かに最近までリアムの事を仲のいい幼なじみくらいにしか思っていなかった。だから一年前、騎士団宿舎の医務室でキスをされ、好きだと告白されても本気にしていなかったのだ。いつもの揶揄われて、遊ばれているだけだと思っていたから、王城の夜会でキスの事を言われても忘れていた。


リアムは私にとってキースやノア王太子とは全く違う存在だ。剣の腕を上げるために彼と一緒に過ごした8年間は男女の垣根を超えた友情を育んで来た時間だと思っていた。決して男女の関係を意識させる様な行動をとられた事などなかったのだ。あの医務室でのキス以外は。


しかし、あの夜会を機に友人だと思っていたリアムが変わった。


友人だと思っていた8年間では気づかなかった大人の男としてのリアム………

ふとした瞬間に見せる、切なそうに細められる目元や甘さを含んだ声で囁かれる言葉に胸がドキドキしたり、特別な女性のようにエスコートされる近い距離に、心がフワフワと浮き足立つ。今だって危うく落ちそうになったところを力強い腕で引き寄せられ、心臓がおかしなくらい早鐘を打っている。


共に剣を握っていた時には感じなかった感情が、確実に心で芽生えていた。


「リ、リアム様、もう大丈夫です」


両手でリアムの胸をそっと押すと、何事もなかったかのように離れて行く距離に寂しくなり、そんな自分自身を誤魔化すように言いつのる。


「そんな事より、リアム様はお出掛けですか?」


「いや、特に用事がある訳ではないんだが………

アイシャの帰りがいつもより遅かったから心配になってね。何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかと思って、部屋を飛び出して来てしまった。

その様子だと、特にトラブルに巻き込まれた訳では無さそうだね。

とっても楽しそうに歩いていたみたいだし、私にも気づかないほど楽しい事を考えていたのかな?」


私が心配で部屋を飛び出したなんて………

そんな事言われたら嬉しくなっちゃうじゃない。


彼にとっては社交辞令なのかもしれないが、さらっと言われた甘い言葉に顔が赤く染まり、それを隠すため俯く。


「立ち話もなんだからカフェにでも行こうか」


さっと手を繋がれ、リアムに続き階段を降りる。


私の手を引き先に進む彼の端正な横顔を見つめながら冷めない頬の熱に、心まで熱くなって行くのを感じていた。


このまま沸騰して消えちゃいそう………


友達ではない距離感が、ただただ嬉しかった。







「ところでアイシャは、どうして楽しそうに歩いていたの?」


「実は、先ほど甲板でリンゼン侯爵家のアナベル様にお会いしましたの」


私達はカフェで飲み物と軽食をテイクアウトすると、その足で甲板までやって来ていた。貴族専用のラウンジもあるが、雑多な甲板の方が秘密の会話をするにも人目を引かずに済む。色々な階級が入り乱れる甲板は、トラブルを防ぐため他人には関わらない事が暗黙のルールとしてあるからだ。


広い甲板の中、テーブルとイスがいくつも並べられたエリアの一番奥の席に座った私は、アナベル様とのやり取りを話し出した。


ここなら誰にも聞かれる心配がないから安心だ。貴族同士の会話、どこで誰が聞いているかわからない状況では用心が肝心だ。アナベル様の名誉にも関わることだから尚更である。


「アナベル嬢が甲板にいたのかい⁈

それはまた珍しいね~

普通の貴族令嬢は平民もいる甲板には近寄りもしないが」


「リアム様、私も一応普通の貴族令嬢ですがねぇ」


「えっ⁈アイシャは普通の貴族令嬢じゃないでしょ。規格外だよ」


目の前に座るリアムの目が悪戯に笑う。


………あぁ、いつもみたいに揶揄って遊んでいるわね!これで噛みついたらリアムの思う壺よ。

ガマンガマン………


「リアム様はわたくしを揶揄って遊びたいのでしょうけどその手には乗りませんからね!」


「別にアイシャを揶揄って遊んでいる訳じゃないんだけどなぁ~

規格外って言ったのは良い意味でだよ。

アイシャの貴族令嬢の型にハマらない自由な考えや行動を私はとても好ましく思っている。昔、アイシャが私に『夢に向かって足掻けば将来何かが変わるかもしれない』って言った事覚えている?」


「………」


「あの言葉が私の人生を変えたんだ。あの当時、騎士団に入った事を良く思っていなかった父に毎日辞める様に叱責を受けていたんだ。騎士になる夢を持っていたが、父からは将来次期宰相となるため勉学を優先する様に言われ、自身の夢と父からの圧力の間で板挟みになり、何事にも無気力な日々を過ごしていた。そんな時、アイシャに柵に囚われず足掻いてみたらいいと言われ、目が覚めたんだよ。私はアイシャから父に立ち向かう勇気を貰った。おかげで父との交渉は成功し、その後騎士になる事はなかったが、今では王太子側近として一目置かれる存在にはなったかな。もちろん剣の腕も鈍ってない。毎日の鍛錬も続けている。アイシャひとりくらいなら守れるから安心して身を任せていいよ」


目の前で爽やかに笑うリアムとは裏腹に、私の背を冷や汗が流れていく。


覚えていない………


「………そ、そうでしたの………」


私は神妙な顔つきで頷いてみたが………


「アイシャ、その様子だと全く覚えていないみたいだね。まぁ、あの当時の私は恥ずかしいくらいカッコ悪かったから忘れてくれていた方がいい。アイシャには今の私を見てもらいたい。アイシャの夢を叶えてあげられるだけの力はある。アイシャを幸せに出来るだけの力は得たつもりだ。それでもアイシャは一人で生きていく道を選びたいと思うの?私と結婚する未来は選んではくれないの?」


視線が絡み、テーブルの上に置いていた手を握られる。


リアムと結婚する未来………


母が以前言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。


『貴方に求婚している殿方はアイシャの事を理解してくださらない心の狭い方達なのかしら』


私の譲れない趣味を知ってもリアムは同じ様に結婚したいと言ってくれるのだろうか?


彼との心地よい関係性も悪い方へ変わってしまうかもしれない。


しかし、誰かと結婚する未来を取るのであれば私の趣味を理解して認めてもらわねばならない。


一歩前へ進むために………


私は目の前に座るリアムを見つめ切り出した。


どうか私の想いが伝わります様に………



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