17. 恋敵からの提案【アナベル視点】
………何故よ…何故ノア様は私を選んでくれなかったのよ………
私は偶然出会ったアイシャ様を前に、テーブルに突っ伏し泣き腫らしていた。
恋敵である彼女の前でみっともなく泣いている恥ずかしい状況に陥っている事など、どうでもよかった。
今回の船旅は、ノア王太子殿下の事を忘れるための傷心旅行だった。両親にワガママを言い、私付きの侍女と数人の護衛のみを連れた船旅は、私の傷ついた心を癒してくれる筈だったのに、一番の元凶であるアイシャ様に会ってしまうなんてあんまりだ。
社交界でノア王太子がアイシャ様に求婚している事が知れ渡ると、今まで王太子妃候補筆頭であった私の立場は一転した。今では、社交界の私の噂は悲惨な物だ。
アイシャ様に物申した事で気の強い傲慢な令嬢だと噂が流れ、今では侯爵家の力を使い無理矢理、王太子妃候補筆頭に上り詰めたのではないかと言われている。自身の立場に胡座をかき、ノア王太子殿下の前でも傲慢な態度を崩さなかった為、彼の反感を買い、私との婚約を阻止するために王太子側近のダニエル様の妹のアイシャ様へ求婚したのだろうと。二人はダニエル様を通じ幼少期からの幼馴染みで、昔から仲睦まじい様子だったとかなんとか。
確かにノア様に会うために様々な努力をして来た。王妃様やクレア王女殿下主催のお茶会には積極的に参加し、最近やっと王妃様とも個人的にお付き合いして頂けるまでになった。そのおかげか夜会では、ノア様に一曲ダンスを踊って頂けるまでになっていたと言うのに。もちろん社交辞令だと分かっていたが、徐々に距離が縮まれば良いと思っていた。そんな矢先の出来事だったのだ。
あの夜会でノア様と踊るアイシャ様を見て理性が崩壊した。醜い嫉妬に駆られ、淑女として有るまじき言動を取ってしまった。今の現状は、未熟な自分自身が蒔いた種だと十分に理解している。あの時を後悔しても今更遅いのだと言う事も分かっている。
醜い感情に支配されるなど愚かな事だと十分過ぎるほど、身に染みたと言うのに、どうしても気持ちの折り合いがつかない。
「なぜ、わたくしじゃダメなの………」
「アナベル様は、幼い頃からノア王太子殿下だけを愛して来られたのですよね。でしたら、ノア王太子殿下を奪いたいとは思いませんの?」
………ノア王太子殿下を奪いたい?
そんなの決まってるじゃない………
泣き腫らした顔を上げ、目の前のアイシャ様を睨む。
「貴方から奪えるものなら奪いたいわよ‼︎‼︎」
「なら奪えばよろしいかと思いますわ。
わたくし協力は惜しみませんよ」
「………はぁ~⁈」
目の前に座り腕を組んだアイシャ様の口角が上がり、不適に笑う。
「わたくし王太子妃なんてまっぴらゴメンですの。王太子妃は次期王妃ですわよね。ポッと出の令嬢に務まるとは到底思えません。しかも好きでもない男の為に一から王太子妃教育なんて受けてらんないわ。アナベル様には申し訳ありませんが、はっきり言って時間の無駄です。幼い頃から王太子妃教育を頑張って来られたアナベル様こそ、ノア王太子殿下の婚約者になるべきです。
わたくし自分の趣味を潰される結婚は絶対にしないと決めています。万が一、王太子妃になれば、わたくしの趣味を続けることは不可能です。
まぁ、ノア王太子が知った時点で婚約破棄でしょうけど………」
「………婚約破棄ですか??」
「いえいえ、何でもありませんのよ。
オホホホ………………」
アイシャ様が最後にボソっと言った言葉が気になったが、誤魔化された。
「不幸中の幸いと言いますか、今回の御三方による婚約騒動、選ぶ権利はこちら側にあります」
「えっ⁈アイシャ様側に選ぶ権利がありますの?
ありえないわ………………」
今回の御三方による婚約騒動も異例だが、王家や侯爵家からの婚約の打診を選ぶ権利が格下の伯爵家側にあるのが信じられない。
「えぇ。しかも両親はわたくしが誰を選んでも良いと仰ってくださいました。しかし、社交界にこの婚約話が知れ渡った今、誰も選ばないと言う訳にも行きません。わたくしの社交界での評判が地に落ちるのはかまいませんが、リンベル伯爵家の家名に泥を塗る事だけは出来ませんから」
アイシャ様の話は信じられい物だった。彼女の話が真実なら、この婚約話は彼女の気持ち次第という事になる。
王家、侯爵家がこぞって欲しがる何かがアイシャ様にはある………
目の前に座る女性が、突然得体の知れない人物に変貌する。
私の背中を冷や汗が伝う。
「現在わたくしは、御三方とそれぞれ1週間一緒に過ごす様に両親から言われています。この船旅もその一環です。わたくしに断る権利はもちろんありません。ですから、先程不可抗力ですと申しました。今はリアム様と過ごさせて頂いておりますが、次にノア王太子殿下が控えております」
ノア様とアイシャ様が二人だけで過ごす………
そんなの嫌よ………
私の中の醜い感情がメラメラと湧き起こる。
「わたくしはノア王太子殿下との婚約だけは絶対に阻止したいのです。大切な趣味の時間が潰されかねないですから。そこでアナベル様に提案です。
わたくしのノア王太子殿下防波堤になってくださいませ」
「はっ⁈えっ!えぇぇぇぇぇ………」
その後、告げられたノア王太子殿下防波堤計画は私の想像を遥かナナメ上を行くものだった。
簡単に言うとノア王太子殿下との1週間に乱入しろとの事だ。はっきり言って成功するとは思えないが、最後のアイシャ様の言葉に思い余って頷いてしまった。
『ノア王太子殿下を奪いたくはないのか』
完全に嵌められたと思う。しかし、アイシャ様の言う通り、これが成功すればノア様を手に入れられるかもしれない。
どうせ社交界では傲慢令嬢として評判は地に落ちているのだから、いっその事その通りにノア様とアイシャ様の間に割り込んでもいいじゃないか。
泣いてスッキリしたのか、私の頭もナナメ上に吹っ切れてしまった。
「どうせノア様には見向きもされてないのだから、お二人の仲、めちゃくちゃにさせて頂きますわ!」
傲慢令嬢らしく意地悪く笑ってみせる。
「アナベル様、そのいきですわ!」
目の前でクスクス笑う令嬢を見て思う。
アイシャ様って、不思議な方だわ………
さっきまで憎くて憎くて仕方がない存在だったのに、心に宿った新たな感情は別物だ。自分の思うがままに生きようとする生き方は眩し過ぎる。
自身の気持ちに正直に生きるか………
貴族令嬢として、淑女の鑑として型にはまった生き方しか出来ない自分とは違う魅力を放つ彼女に惹かれ始めていた。




