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16. 獲物発見!


船旅が始まって三日目、私は毎日の日課である甲板人間観察を実行していた。


甲板の日除けの下に置かれたベンチに座り行き交う人々を本を読むフリをして眺める。男同士のキャッキャウフフを妄想する実に有意義な時間だ。


大型客船はフロアにより、上流階級しか立ち入れないエリアと平民他、誰もが立ち入れるエリアとはっきり区別されている。ロビー階から上は貴族エリア、それより下は平民エリアと分ける事で不要な争いを防ぐ意味合いも兼ねている。


そして、貴族エリアはさらにロイヤルスウィート滞在者しか入れない特別なエリアもあるが、私にとっては平民、貴族入り乱れる甲板こそがパラダイスだ。特別エリアには全く興味がない。そんな所に行ったら最後、リアムにどんなセクハラ紛いの行為を受けるかわからない。


初日に騙された事を許したのがそもそもの間違いだったのかもしれない。あの日からリアムのアプローチは徐々にエスカレートしている。


昨夜も星が綺麗だからと、ロイヤルスウィート専用の特別エリアにあるデッキへと誘われた。もちろん星は文句無しに綺麗だった。二人でデッキチェアに寝そべり見上げた空は、星が降り注いでいるかの様な錯覚を覚えるほどだった。


だが二人きりと言うのがまずかった。


専用デッキに着くまでは、執事も私専属の侍女もいたはずなのに、いつの間にか消えていた。今考えると未婚の男女を二人きりにするのはウェスト侯爵家にとっても色々と不都合があるだろうに、示し合わせた様に消えていた。まぁ、リアムの指示だろうがそこは、ウェスト侯爵家の使用人として主人に物申して欲しかった。


星を見上げた先にリアムの顔面アップが迫って来た時は、思わず両手でリアムの顔を押しのけてしまった。


あれは女としてどうかと思う………


顔を背けて恥じらうのが正しい対処方法だった気もする。


床に胡座をかいて顔を手で隠し肩を震わせて笑っていたリアム………


私に恋愛経験があれば、もっとスマートに対処出来ていたのかと思うと居た堪れない。きっとリアムは私の態度に呆れて笑っていたのだと思う。


心に宿るモヤモヤ感は相変わらず晴れない。


………考えても答えなんて出ないのだから、考えるだけ無駄ね!


そんな事より、今日はある決意を胸に甲板にやって来たのだ。


視界の端に捉えた真っ白なつば広帽子を被り、優雅に椅子に腰掛け、絵を描いている女性。あれは絶対、アナベル・リンゼン侯爵令嬢様だ。なぜ、庶民も集まる甲板でわざわざ簡素なワンピースにつば広帽子を被り変装してまで、毎日絵を描いているのか不明だが、あれでは正体を隠しきれていない。バッチリ貴族令嬢だとわかる優雅な所作で、庶民とは違うオーラを放っていれば誰が見ても高位貴族の令嬢だと分かってしまう。今も通りすがりの通行人が二度見して行ったが、アナベル様は意に介さず一心不乱にペンを走らせている。


私が近づいたら流石に気づくかしら………


ゆっくりゆっくりアナベル様の背後に近づき、手元を覗き見した。


「………っ‼︎」


なんて美しい絵を描くのかしら………


アナベル様が描いていた絵は、その場から見える風景が見事に描かれていた。躍動感溢れる甲板の人々を手前に、奥まで続く真っ青な海は陽の光を浴びてキラキラと輝く。今目の前で見える景色をそのまま写しとったかの様な絵は素晴らしかった。


「なんて素敵な絵をお描きになられるのですか………

わたくし感動致しました!」


「えっ‼︎………アイシャ様ですの⁈」


私の声に振り向いたアナベル様の瞳が驚愕に見開かれる。


「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。しかし、あまりにも見事な絵をお描きになるので思わず声を掛けてしまいました」


「アイシャ様!失礼ですがお付き合いくださいませ‼︎」


目の前のアナベル様は慌てて絵を描いていたノートを閉じると、私の手を掴み急ぎ足でその場を立ち去ろうとする。あまりの迫力に圧倒されつつ、無言のアナベル様に連れられ歩く事数分、着いたのは貴族エリアのメインダイニングだった。


近づいて来たボーイに適当にお茶を二つ頼んだアナベル様は、一番奥の人気のない席に私を連れて行き座らせると、威圧的に睨みつけ話し出した。


「なぜアイシャ様がこの船に乗っているのですか?ウェスト侯爵家のリアム様が上船していると耳にしましたが、まさかご一緒されているのですか⁈」


「はぁ…まぁ、不可抗力ですが………」


「なっ‼︎未婚の男女が一緒に船旅なんて、貴方………

貞操観念が緩いんじゃありませんの‼︎

社交界の寵児三人を手玉にとるだけの事はありますわね」


初っ端なから好戦的だなぁ~


「アナベル様、わたくしも好きでこの状況に追い込まれた訳ではありませんのよ。社交界デビューしたあの日、あんな事になるとは全く知りませんでしたの。あの御三方が何を理由にわたくしに求婚するに至ったかは知りませんが、はっきり言って迷惑被っているのは、こちらです。伯爵令嬢の身分では、王太子様と侯爵子息様にこちらからお断りをする事など不可能です。はっきり申しますが、今回の船旅だってわたくしが好き好んで来た訳ではありません。侯爵子息であるリアム様のお誘いを伯爵令嬢如きが断れるはずありません。わたくしだって、未婚の男女、しかも婚約者でもない方と船旅をするリスクなんて分かっております」


目の前のアナベル様の目がつり上がり、顔が見る見る赤く染まっていく。


あぁ………

言い過ぎたか?


「御三方に求婚されて迷惑被っているですって………

貴方、何様のつもりよ‼︎‼︎‼︎

わたくしには全く見向きもしてくれないノア王太子殿下の御心を奪っておいて………

わたくしがあの方の婚約者になる為、どれだけ努力したと思っているのよ。幼い頃からノア王太子殿下の隣に立つため血のにじむ様な努力をして来た。王太子妃になる為の厳しい教育も、皆の手本となる令嬢になる為の淑女教育も手を抜く事はなかった。

その甲斐もあって、ノア王太子殿下との婚約も正式に成立する直前だったのに。

やっと幼い頃からお慕いしていたノア様と結ばれると思ったのに………

全てをぶち壊したのは貴方よ‼︎‼︎」


私への怒りを爆発させたアナベル様が、泣きながら私の頬を打つ。


「悔しいことに、貴方と踊っていたノア様は今まで見た事もないくらい幸せそうだった。あんな自然な笑み、わたくしには一度も見せてくれたことなんてなかった。いつも社交辞令の笑顔だけ。

わたくしには、あの方を笑顔にさせる事なんて出来ない。あの方を幸せに出来るのはアイシャ様だけなんだと納得したのに………

何で貴方がノア様の求愛を拒否するのよ‼︎‼︎‼︎」


机に突っ伏し泣き出したアナベル様を見て私はある事を考えていた。


やはりアナベル様は素敵な女性だわ。


好きな男性の為に、こんなに頑張れる女性は早々いない。私だったら、好きな男性の為でも辛い妃教育なんて受けていられない。しかも相手が応えてくれるのかも分からないのに。


少々、激情型だがノア王太子の事が絡むと、こうなってしまうのかもしれない。恋は人を狂わすとも言うし、あの夜会での言動も致し方なかったのだろう。彼女の本質は、努力家で思慮深く、皆の憧れに足るだけの存在感を放つ令嬢。


ぜひ、お友達になりたい………


社交界デビューをした夜会でアナベル様に会ってから、私は彼女とのお友達計画を推考していた。


あの日以来、使える伝手は全て頼り彼女の人となりを調べ尽くした。結果、とても素晴らしい女性だと言う事がわかったのだ。


アナベル様は社交界では令嬢の憧れの存在であり、淑女の(かがみ)とも言われている。その地位に驕らず、傲慢になることもなく上位貴族から下位貴族に至るまで別け隔てなく接する姿は素晴らしいの一言につきる。幼少期からノア王太子殿下の妃候補として、あらゆる知識を身につけ、その博識ぶりは他を寄せ付けないほどだと。彼女と特に親しい友人からの情報だと、王太子妃になるため、愛するノア王太子殿下と結ばれるため並々ならぬ努力をして来たそうだ。ノア王太子殿下の妃として将来は立派な王妃になるだろうと言われていたらしい。


そんな話を聞いて私は疑問に思っていた。


なぜノア王太子は、令嬢の鑑と評されるアナベル様と言う存在がいながら、私に求婚するなんてバカをやらかしたのか?


一応、ノア王太子の幼馴染みの端くれとして、何となく彼の性格は把握している。


彼の態度は、男女の駆け引きに疎い私を揶揄って、反応を楽しんでいただけ。決して恋愛感情なんて物はない。


しかし、公の場で二曲ダンスを踊り、私に求婚した。これは政治的な思惑が絡んでいるとみていいだろう。


目の前で泣き崩れるアナベル様を見て考える。


この方こそ、ノア王太子殿下の妃となり国を支えるに相応しい人だ。誰かのために頑張れる人は滅多にいない。


ノア王太子の政治的思惑から逃れる為にもアナベル様を利用させて頂きます!


目の前で、泣き続ける彼女を見つめ不適な笑みを浮かべた。

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