11. 見解の相違
「あのぉ、護衛の方とかいらっしゃらないのですか?」
約束通り、今日は朝から遠駆けへ行く準備をし先程、厩前でキースと合流した訳だが、辺りを見回しても私達二人以外には、馬の世話をする馬丁のみだ。
「ナイトレイ侯爵領地は管理が行き届いているから森の中でも護衛が居なくてもなんの問題もない。万が一、賊に襲われても俺が居ればアイシャ一人くらいなら守れるから大丈夫だ。それにアイシャとの二人きりの時間を邪魔されたくない」
「………はぁ、左様ですか」
よくそんな小っ恥ずかしい事、面と向かって言えるなぁと変なところに関心しつつ、キースの手を借り馬に跨る。相棒は昨日と同じ栗毛色の馬だ。私を馬の背に乗せた後、抱き込む様に背後に跨ったキースを妙に意識してしまうのは近しい距離感だからだろうか。
キースがあんな事言うから悪いのだ。
顔を真っ赤に染めた私とそんな私を愛し気に見つめるキースを乗せた馬が走りだす。
森の中をしばらく駆けていると目の前に小さな小川が見えて来た。
「アイシャ、ここら辺でお昼休憩にしよう」
彼の手を借り馬から降ろしてもらい辺りを見回す。目の前の小川は大小の岩がゴロゴロしているがゆっくりとした川の流れは穏やかで綺麗な水面に陽の光が反射してキラキラと輝いている。
綺麗ね…………
川の中に入る事って出来ないのかしら?
私は靴と靴下を脱ぎ捨て裸足になると小川の岩に腰掛け足を水の中に浸してみた。サラサラと流れる水が火照った足を冷やしとても気持ちいい。
「気持ち良さそうだなぁ~俺も入っていいか?」
私に二人分のサンドイッチの包みと水筒を手渡すと、裸足になり隣に座り足を浸す。
「これは冷たくて気持ち良いなぁ~
この小川は、山麓の湧水が流れて来ているからこんなに冷たいんだろうなぁ。身体が熱かったから丁度いい」
小川に足を浸しながら食べるサンドイッチ。
ゆっくりと穏やかな時間が流れていく。
キースとこんなに穏やかな時間を過ごせるなんてあの当時は考えられなかった。訳もわからず憎まれ剣を振るわれていた事は、気にしない様に心の隅に追いやっていても、精神的なダメージは大きかった。ただ二人でサンドイッチを食べているだけなのに、こんなに心が温かくなるなんて思わなかった。
「アイシャが楽しそうで良かった」
急に私の方を振り向いたキースの手が頬に触れる。
「えっ?………」
「笑っている………
ナイトレイ侯爵領へ来てからずっと緊張していただろう。こんな自然な笑みを見たのは初めてだ。アイシャが俺といて自然に笑ってくれたのが嬉しいんだ」
………なんて顔して笑うのよぉぉぉぉ
私はイケメン耐性無いんだから!
キースの破壊力増し増しの笑顔を見て、みるみる私の頬が熱くなって来るのがわかる。このまま沸騰して倒れそうだ。
「一度アイシャに聞いてみたかった事があるんだ。どうして剣を握ろうと思ったんだ?以前兄上から聞いたが、自身の身を守らねばならない事情があるとか何とか。周りに聞く限りだと、リンベル伯爵家の家族仲はとても良いはずだが、命を狙われる様な事があるのか?」
急に真剣な顔に戻ったキースに尋ねられるが、答えに詰まる。
騎士団本丸の男同士の熱き肉弾戦を見たかったなんて言ったら絶対引くわよねぇ。
「あの当時は、結婚せずに自立する夢を持っていたからよ。ひとりで生きて行く為には自分の身は自分で守らないとでしょ。だから剣というか護身術を習いたかったの」
「しかし、貴族令嬢が結婚もせずにどうやって生きて行くつもりだったんだ?職もなければ、自身の身の回りの世話すら出来ないだろう。衣食住を整えるのにも金はいるぞ」
………何だその偏見は‼︎
「キース様、それこそ女性に対する偏見ですよ。女性だからって手に職をつけられないとは限りません。騎士団にいる女性騎士だって立派な職業ですし、王城で働く女官や侍女だって貴族令嬢が就く職のひとつです。それに幼い貴族令嬢のマナーや刺繍など淑女としての教育を施すため雇われる家庭教師もれっきとした女性が就く職業です。確かに、男性が稼ぐお給金より少なく、貴族家で養われていた時よりもかなり質素な生活を強いられるでしょう。でも、工夫次第で衣食住は担保することは出来ます。貴族令嬢でも結婚せずに生きて行くことは可能なんです」
「確かにその通りだが………
アイシャは将来結婚するつもりがないのか?」
「社交界デビューするまでは結婚するつもりはありませんでした。しかしわたくしの知らない所で色々と進んでいた様で、しかも王城で開かれた夜会で策略に嵌められまして、どなたかと婚約を結ばなくてはいけなくなりましたの。キース様も心当たりはお有りかと思います」
ついついキースをジト目で睨んでしまう。
「俺はアイシャにプロポーズした事を後悔したりしない。ノア王太子やリアムがアイシャにアプローチしているのも知っているが譲るつもりはない」
真剣な眼差しとぶつかり、心臓の鼓動がトクトクと高鳴り出す。そんな状態の変化に気づかないフリをして、言い募る。
「わたくしも誰かと結婚を避けられないのであれば政略結婚も致し方ないと考えておりますの。皆さまにとってリンベル伯爵家と姻戚関係になるのはとても重要な事だと思われますし、リンベル伯爵家に娘はわたくししか居ませんから、嫌でもわたくしと婚約しないとなりませんものね。でも大丈夫ですわ!わたくし愛人を囲う事には寛容でしてよ。衣食住さえ補償くだされば別宅へ移る事も可能ですから」
若干心の奥がモヤモヤするが無視し、キースの目を見てきっぱり告げてやる。
「はっ⁈アイシャは何を言っているんだ!
俺達がアイシャにアプローチしているのはリンベル伯爵家と姻戚関係になりたいからだって⁈しかも愛人を囲ってもいいだなんて、何を勘違いしたらそう言う解釈に行き着くんだ‼︎」
「………えっ?違うの?」
肩に両手を置かれ深いため息をつくキースに睨まれる。
「いいか………
俺もリアムもノア王太子だってリンベル伯爵家と姻戚関係になる事には何の興味もない。俺達はアイシャと結婚したいんだ。アイシャ以外の女と結婚するつもりもない!他の二人がどうかは知らんが、俺は政略結婚でアイシャにプロポーズしたつもりは全くない。愛しているから、心の底から手に入れたいと思ったからプロポーズしたんだ!」
私を愛しているからプロポーズした?
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………
意味がわからない。私の何処にそんな魅力があるのだ!
「わ、わかったわ!キース様は私に対する罪悪感からそんな事おっしゃっているのね!確かにわたくしキース様に傷物にされましたし、お嫁に行けないと思い責任を取るおつもりなのね。
でも問題ありませんわ!わたくし元々は結婚するつもりありませんでしたし、今は傷ひとつないピッカピカの身体をしておりますので‼︎」
怖い顔をしたキースがにじり寄ってくる。
………何故そんなに怖い顔してるのよぉ。
私何も間違った事言っていないわ………
「アイシャには俺の気持ちは届かないのか………
アイシャへの愛は罪悪感から来るものでは全くない。俺は、貴方の聡明さと罪を許す事の出来る寛大で優しい心に惹かれたんだ。それだけじゃない自身の意志を貫く強さに、間違った事を質す事の出来る勇敢な心、もちろん蜂蜜色の綺麗な髪に愛らしいコバルトブルーの瞳はいつ迄でも見ていたいと思う程魅力的だ。
アイシャを愛しく思う理由なんていくらでもあげる事が出来る」
………これは本当に私の事を言っているの?
キースの過分な褒め言葉に私の顔が真っ赤に染まる。
「アイシャお願いだから俺との結婚を本気で考えて欲しい。俺は、アイシャだから結婚したいと思えたんだ」
キースに引き寄せられ抱きしめられ、紡がれた愛の言葉は私の心の奥底に楔を打ち込んでいった。




