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9.恋は暴走する【キース視点】


ナイトレイ侯爵領地の邸宅に数日前から滞在していた俺は、アイシャが来る日を今か今かと待っていた。


昨夜は興奮して寝られなかった。

騎士団の遠征前だって緊張して寝られない事なんてなかったのに、恋は人を狂わせるものだと初めて知った。剣一筋で生きて来た俺にとってアイシャは初めて恋した女性だ。



アイシャと出会ったのは6年前。

あの当時は、リンベル伯爵家に生まれたアイシャの婚約者候補に据えるため、結果として兄上から次期侯爵の座を奪ってしまった事実に罪悪感を持ち、闇雲にアイシャを憎んでいた。兄上から剣を習う彼女に憎悪を燃やし、練習相手になった事を利用して散々心身ともに痛めつけていた。


しかし、最後に剣を交え、アイシャが『白き魔女』としての力を発動した日………

俺の身勝手な思い込みを冷静に諭された時、全てが変わった。


アイシャと会えなくなってから一年間、毎日毎日身勝手だった日々を思い出し、後悔し続けた。


もっと早く兄上と話していたらアイシャとの関係は変わっていたのだろうかと、今更後悔しても遅いのは十分に分かっていたが、諦めきれなかった。


会えない日々を後悔しながら過ごすうち、いつしかアイシャと接した僅かな思い出を繰り返し思い出すようになっていた。


俺を睨む強い眼差し。

剣を交えた時に感じた息遣い。

苦痛に顔を歪めながらも損なわれない美しい面立ち。

涙に滲んだ瞳の輝き。

何よりも心惹かれたのは強い意志を持ったあの煌めく瞳だったのだろうか。


アイシャへ会えない日々が長くなればなるほど抑えられなくなる焦燥感。


待ちに待ったアイシャの社交界デビューの日、数十名のデビュタントと一緒に会場入りした彼女を見て俺の中の想いが弾けた。


思い出のアイシャよりも格段に美しく魅力溢れる女性へと成長した彼女がノア王太子とファーストダンスを踊っている。溢れ出す醜い感情がノア王太子に対する嫉妬だと気づいた時、アイシャが手を取られ二曲目のダンスを踊り出すところだった。あの時、初めて彼女に恋をしていると気づいた。


ノア王太子の手から逃げたアイシャの手を無我夢中で捕らえていた。彼女から自分が嫌われているだろう事は認識していたが止まらなかった。


戸惑う彼女を引き寄せダンスホールへ連れ出す。細い腰を抱き、手を重ね俺のリードに身を任せ踊るアイシャ。夢のような時間だった。


彼女に騎士の忠誠を誓ったのは本心からだ。会えない日々の中で芽生えた想いは、騎士として生涯アイシャを護り抜くという決意だった。『白き魔女』など、どうでもいい。彼女が『白き魔女』だろうと無かろうと、護り抜くと決めた。

もう誰からも彼女が傷つかないように。




「キース様、リンベル伯爵家のアイシャ様が間もなくエントランスへ到着なされます。お出迎えを」


「わかった」


はやる気持ちを抑え私室を飛び出す。


ゆっくりとエントランスに到着した馬車に駆け寄り扉を開け手を差し伸べる。そして、手の平の上に乗せられた白く美しい手に理性が吹っ飛び、乗せられた手を掴み引き寄せていた。


柔らかい身体が胸に飛び込んでくると同時に陽だまりのような優しい彼女の匂いに鼻腔をくすぐられ思わず強く抱き締めていた。


望んでも望んでも見ることすら叶わなかった彼女が腕の中にいる現実が、ただただ嬉しかった。


背中を叩くアイシャの可愛い抵抗に我に返った俺だったが抱きしめた彼女を離すことだけは出来なかった。



「………あの、キース様!

そろそろわたくしを離してくれてもよろしいかと思うのです。わたくし、まだ挨拶もしておりません」


「挨拶などどうでもいい。俺はアイシャとずっとこうしていたい………」


俺は欲望のまま、彼女の望みを一蹴した。


抱き締めたアイシャの小さな身体と温もりに何だか泣きそうになる。


その時、予想外の事が起こった。


背中を優しく撫で、ポンポンとあやす様に叩かれ、

その慰めるような安心させるような手つきに心が震える。


………アイシャは俺の事を嫌ってはいないのか?


「俺をあおったのはアイシャだからな………」


胸いっぱいに広がる喜びのまま、彼女の唇を奪っていた。


柔らかい唇を味わい驚きに開いた唇の隙間から舌を伸ばし口腔を犯し、甘く魅惑的な唇を思う存分むさぼった。


ライアンに引き剥がされる寸前に見た彼女の紅く上気した頬に潤んだ瞳、今思い出しても堪らない。今すぐそばに行き抱き締めたいと訴える欲望を必死に抑え込む。


ケダモノだな………


ここで焦っては全てが台無しになる。アイシャに嫌われていない事が分かっただけ良しとしよう。


あと一週間。少しずつ彼女との距離を縮めていけばいい。


ノア王太子だろうと、リアムだろうとアイシャを譲る気はない。必ず手に入れる………


俺は決意を胸に彼女の元へと向かった。



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