5.1年ぶりの再会
「私の婚約者さ………」
背後から私を抱き締めてる奴に殺意を覚える。
あんたはいったい誰なんだぁぁぁ………
その時、私の首筋に顔を埋めた知らない男の赤髪が一房頬を撫で、懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。
「まさか、リアム様なの?」
「正解だ。アイシャ、久しぶりだね。
私という婚約者がいながらノア王太子とキースと二回もダンスを踊るなんて、困った娘だ。
あの二人も強引だから断れなかったのかな?」
久々に見たリアムは、真っ黒なオーラを身にまとい笑みを浮かべていた。
色々とツッコミ所満載の言葉を発していたが、今は逆らうべきでないと、私の生存本能が訴えかける。
とりあえず頷いておこう………
「………そう。
令嬢方、アイシャには婚約者としての振る舞いを正しておくから今日の所は大目に見てやってくれ。
何しろ右も左もわからないデビュタントだ。男からの誘いの断り方も分からなかったのだろう。今後もアイシャに粉をかける男が現れたら私に知らせてくれると助かるよ。では失礼………」
私は華麗なる手捌きでリアムに腰を抱かれると、操り人形の如く彼にリードされ、人気の少ない庭へと連れ出された。
「わたくしいつからリアム様の婚約者になったのかしら?」
「そうだね〜
正確には婚約者になる予定かな?」
「はぁ~?わたくしそんな話何も知りませんけど」
「アイシャの7歳の誕生日パーティーからずっと婚約者候補ではあるんだけどなぁ~」
「あぁ~なんだ。あの時の事をおっしゃっていたのね。お母様に聞きましたけど、幼少期の婚約者探しは貴族社会では必須なんですってね。幼い頃から将来有望な子息に目をつけて他家に取られる前に婚約してしまおうって魂胆なんでしょ。あの日以来、両親から婚約者の話も出なかったし、あの時の婚約云々は、今はもう全く関係ないんじゃないかしら」
「はぁ、アイシャの認識は今もその程度なんだね。
私も他の二人と同じ立ち位置なのか………」
「………えっ⁈リアム様何か言いましたか?」
「………くくっ…いや………」
手で顔を隠し、肩を震わせ笑うリアムに首を捻る。
私、変なこと言ったかしら?
いつの間にか美しい庭園の四阿まで歩いて来ていた私は、リアムに促されベンチに座る。
それにしても一年会わないだけでこんなに男の人って変わるものなのね………
私の横に腰掛けたリアムの横顔を盗み見る。一年前までは、肩まではなかったサラサラの赤髪は伸び、後ろに括っているためか、今まで見たことがなかった横顔が顕になっている。キリッとした目元に、スッキリとした鼻筋と薄めの唇、それに続くシャープな顎から首筋………
一年前には確かに感じていた少年の面影は抜け、大人の色気を纏うリアムに心臓がドキッと跳ね上がる。
なんだかおかしいわぁ………
知らず知らずの内に頬が熱くなる。
「………アイシャ?どうしましたか?」
リアムの横顔を見つめていた事に気づき慌てて下を向く。
「いいえ。何でもないのよ。
それよりも、さっき私に話しかけてきた真っ赤なドレスの令嬢って、誰かわからないかしら?」
「あぁ~あの令嬢ですか?
随分と辛辣な事を言われていた様ですが………
公衆の面前で一人の令嬢を多数で詰るなんて、卑怯にも程がある」
「あら?そうかしら?
わたくし、あの真っ赤なドレスを着た令嬢好きでしてよ。お友達になりたいくらいに」
「はぁ~?何を言っているのですか⁈
仮にも貴方はあの令嬢に罵られていたのですよ!」
「まぁ、そうよね。
でも見方を変えれば、あの方は至極真っ当な事をおっしゃっていたわよ。
自身が慕っている男性がぽっと出のデビュタントと二回もダンスを踊り、しかも次は令嬢の憧れの騎士様とも二回も続けてダンスを踊ったのよ。そりゃあ、誰だって『あの女、何なのよ‼︎』って怒るのは当然だわ。しかしね、大抵の令嬢は怒っていても我慢するか、陰でコッソリ嫌がらせをする位しか出来ないのよ。あの方のように、面と向かって苦言を呈する事なんて、まず出来ない。あんな馬鹿正直な方、貴族社会では貴重よ」
「馬鹿正直って………
確かにアナベル嬢はちょっと頭が足りないと言うか、乗せられやすいと言うか………」
「あの方、アナベル様って言うのね。では、リンゼン侯爵家の………
道理で沢山のお友達がいらっしゃる訳ね。確か陛下の妹殿下が降嫁した家ですものね。まぁ、アナベル様の人柄もあるでしょうけど」
「そうだね。王家と繋ぎをつけたい者達もアナベル嬢の取り巻きをしているが、あの性格に惹かれる者もいるだろうね。辛辣な言葉は言うが間違った事は言っていない。誰に対しても公平ではあるし、言いたい事ははっきり言う。なかなか言いたい事も言えない令嬢達には人気があるよ。ただ、今夜は少々度が過ぎていたな。あの場で、デビュタントを貶める言葉を選んだ時点で品位を疑われる。そんな事も分からない程、馬鹿ではないと思うが」
「まぁ、仕方ないわよ。あの方、ノア王太子殿下の婚約者候補筆頭と言っていたわ。それだけではなくって、たぶん王太子殿下にも恋をしているのよ。
誰だって、好きな相手が他の女とダンスを踊っているのを見れば、嫉妬だってするでしょ。本人の怒りのボルテージが振り切れてしまったのか、または取り巻き令嬢に乗せられてしまったのかは、分からないけど」
やっぱりお友達になりたいわ………
「確かに、好きな相手が他の男とダンスを踊る姿は、愉快なモノではないね」
「………へっ?何か言った?」
アナベル様とのお友達計画を思案していた私は、リアムの言葉を聞き逃してしまう。
「いや、何でもないよ。
そう言う君だって、令嬢達から絶大な人気を誇っていると思うけど?令嬢達以外にも、君を狙っていた子息も多いとかなんとか………」
「はぁ⁇わたくし全くモテないわよ。
だってここ1年で参加したお茶会やパーティーでも誘われた事なかったもの」
「はぁぁ、この鈍感………」
大きなため息をつき、リアムが私をジト目で見つめる。
「じゃあ、アイシャにとっては私が一年前にした告白は無かった事になっているのかな?」
「………告白‼︎」
あの日の事が蘇る………
好きだと言われ抱き締められキスされた日のことを思い出し、心臓がドキリっと跳ね上がった。そして気づいた時には、ベンチに押し倒され見上げた先のリアムの唇が近づいて来ていた。
「もう一度思い出させてあげる」
「………っ‼︎」
軽くキスされただけなのに唇から伝わる熱が全身を痺れさせる。一度離れた唇が再度近づき深く重なった時、私の理性は崩壊した。
「潤んだ瞳に赤く染まった頬、そして誘うように艶めく唇………
………参ったな。まさかキスに応えてくれるとは」
「………ふぇ⁇」
急に離れた熱に寂しくなり、見上げた先の瞳に囚われ、また心臓がトクンっと鳴る。ただ、切なさを滲ませた瞳で見つめられても、その意味が分からず困惑してしまう。
「まさか無自覚か?」
「リアム様、何言って………」
肩を震わせ笑い出したリアムに面食らう。
「アイシャにひとつ忠告だ!
人気のない場所で男と二人きりになるとどうなるか自覚した方がいい。あっという間に喰われるぞ」
私はリアムに言われやっと今の状況に気づいた。
誰もいない四阿で二人きり。
………あぁぁぁ、マズいぃぃぃぃぃ
しかも押し倒されてるし………
「リアム!アイシャから離れろ‼︎」
「………時間切れのようだ」
四阿に血相を変え飛び込んで来たダニエルお兄様の怒声が響く。
「アイシャ、これに懲りたら自身の行動には充分注意する事。男は皆ケダモノだからね」
私は心臓が早鐘を打つ音を聴きながら、ゆっくり遠ざかるリアムの背を見つめる事しか出来なかった。
「アイシャ!リアムに何かされたのか⁈」
リアムの姿が消えるとお兄様が唐突に切り出した。
何かあったとしても答えないでしょう。普通………
「何もありませんわ!会場に戻りましょ‼︎」
「待て!今会場は大騒ぎになっている。アイシャまで戻れば更に混乱を招く事になる。このまま帰ろう」
私はお兄様に促されエントランスに向かうと馬車に乗り帰宅の徒についた。
その頃会場では注目を集めたデビュタントが消えた事で様々な憶測を生むことになった。
『消えたデビュタントこと、アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、どうやらノア王太子殿下、キース・ナイトレイ侯爵子息、リアム・ウェスト侯爵子息から求婚されているらしい』
社交界の寵児とも称される三人の子息から一度に求婚されたアイシャの噂はたちまち広がり、後に大騒動を巻き起こす事となる。




