20.貴族としての責任
あれから5年、私はもうすぐ15歳になる。
師匠から受ける一週間に一度の特訓とは別に、リアムからは短剣の扱いを習う。そんな生活を5年も続けていれば、騎士団の練習生くらいとは互角にやり合えるまでには成長したが限界だった。
未だにキースに剣を当てることすら出来ない。
連敗記録を更新中の私は、騎士団に所属はしていないながらも、いつの間にか騎士団本丸で噂になっていたらしく、意外な第三の師匠と知り合う事が出来た。
騎士団所属の女騎士であるお姉様方。
今日もキースにコテンパンに叩きのめされた私は宿舎にある通称『女の花園』、談話室にてお姉様方に慰められていた。
「今日のアイシャは惜しかったと思うわぁ~
小さな身体を反転させてキースの懐に入った時はもしかしたらって思ったもの」
「そうねぇ、持っていた剣が長剣でなく短剣だったら一撃入れられていたかもね」
「あのキースの驚いた顔見た?アイシャに懐に入られて目を丸くしてたわよ!」
頭上で交わされる三人の騎士服を着た麗しいお姉様方の会話に癒される。
ひとりのお姉様のお膝の上でエグエグ泣いていた私は、ここぞとばかりに目の前の豊満なお胸に顔を突っ込み堪能する。
………柔らかい…………
あぁぁぁ、男装の麗人………
新たな趣味が花開きそうだわぁぁぁ
「それにしても不思議よね。人当たりの良いキースが女の子相手に本気で剣を振るうなんて。
周りから見ても明らかにキースはアイシャを目の敵にしてるわよね。
貴方、キースに何かしたの?」
「………ひっく…ひっく………
な…なにも…じで…まぜん………」
「そうなの………
もしかしたら、思春期特有の好きな女の子を虐めたい男の子心理ってやつかしらぁ~?」
………イヤイヤイヤイヤ、絶対それはないだろう‼︎
アイツの殺気の篭った目は好きな相手に向けられるものではない。まぁ、殺したいほど好きな人には向けられることもありそうだが、そんなヤンデレこっちから願い下げだ。
数刻、お姉様方に慰められ癒された私はやっと帰路に着いた。
帰宅してそうそう執事から、母が私室で待っていると伝えられ、急ぎ向かうと笑顔の母がソファに腰掛け待っていた。
………イヤな予感がする。
過去を振り返ってみても、お小言を言われる時は決まって笑顔を貼り付けた母が私室で待っている事が多かった。それは、絶対に逃がさないという無言の圧力でもあるのだが、目の前で優雅に紅茶を飲みながら私を笑顔で見つめる母の唯ならぬ迫力に冷や汗が背を流れる。
対面のソファへ腰掛け、姿勢を正す。
「お母様、ただ今戻りました」
「アイシャももうすぐ15歳になるのね。最近、時の流れが早く感じるのは気のせいかしら?やっぱり年かしらねぇ」
「はぁ、………」
一見、どうでもいい話から会話がスタートする時は私にとって良くない兆候でもある。大抵、この後に爆弾を落とされる事が殆どだ。
「貴方は我が国では貴族令嬢は16歳で社交界デビューを迎える事は知っていますね?」
「はい」
「年の始めに開かれる王城での舞踏会が16歳を迎える令嬢のデビュー戦となります。貴方はこの舞踏会に嫌でも参加せねばなりません。アイシャは、社交界デビューについて、どう考えているのかしら?今の貴方でも通用すると思いますか?」
「えっと………」
言葉が出なかった。
社交界デビューの年に近づくにつれ、貴族令嬢であれば出来て当たり前のマナーやダンスのレッスンが増えて行った。しかし、将来自立して生きて行くつもりだった私は、何の役にも立たないレッスンなど時間の無駄と切り捨て逃げ回っていた。そんな私の行動は、もちろん母に筒抜けだったのだろう。
「きつい事を言いますが、今の貴方では舞踏会へ参加したところで魑魅魍魎闊歩する社交界を渡り歩く事は出来ないでしょう。社交界は貴族の戦場です。上っ面な笑顔の下にドス黒い感情や企みを隠し、或いは自身の地位を上げるため平気で他人を蹴落とし悦に浸るそんな輩がウヨウヨいる汚い世界なのです。その中に何も知らない真っ白な心を持つデビュタントが放たれます。自身を守る術がなければあっという間に汚され落とされてしまいます。
貴方はあと1年で自身を守る武器と鎧を手に入れなければならない。言っている意味はわかりますね?
貴方が今必要なのは実戦で使う剣や盾ではない。
社交界を渡り歩くための知識と完璧な淑女と言う鎧です」
「でも!お母様………
私は、貴族令嬢だからって社交界デビューしなければならないなんて思えません。だって、女性騎士だっているじゃありませんか。彼女達は、貴族令嬢でも社交界へは参加していない筈です」
「アイシャ、貴方は本気でそう思っていますの?
女性騎士の皆様は、全員社交界デビューを果たしておられますし、今でも社交界でお見かけする事もあります。貴族の中には、女性で騎士団へ入隊している事を良しとしない貴族もいますが、それらの輩を抑え込むだけの所作や知識、コミュニケーション能力を彼女達は持っています。並大抵の努力ではないでしょう。だからこそ、彼女達の存在は魑魅魍魎集う社交界でも認められ、崇拝の対象ですらあります。そんな彼女達の努力を貴方は汚したのですよ。女性騎士団員だから社交界へは行かない?それは暗に、剣を握る彼女達は野蛮だと言っているのと同じです。女の癖に剣を握るなんておぞましいと囁くバカ共と一緒です。貴方が今まで心血を注いでやって来た事を自分自身で汚してどうするの⁈
今まで逃げて来た事の言い訳はよしなさい!」
「………」
自身の今までの行動を正当化する為についた言葉が、いかに愚かなモノだったかを思い知らされる。
母の言葉は正しい。
私の言い訳は剣を教えてくれたお姉様方を貶めただけではなく、目標に向かい努力し続けた自分自身の8年間をも穢してしまった。剣を握っている女は、社交界デビューしないなんて、なんて馬鹿気た考え方だろう。
自分で自分の可能性を潰してどうするのだ!
何でも挑戦する心構えがなければ、一人で生きて行く事なんて出来ない。
「申し訳ありません。愚かな事を言いました。
お母様のおっしゃる通りです。私は自身の努力まで貶す発言をしていました」
「そうですね。貴方がずっと心血を注いで来たモノは将来きっと役に立つ時が来るでしょう。しかし、それは今ではありません。貴族として生を受けたからには果たさねばならない責任と言うモノがあります。今までは、貴方の好きなように生きる事を許して来ましたが、そろそろ貴族としての義務と責任とは何かを考え、行動しなければなりません。貴方の行動ひとつでリンベル伯爵家が傾き、その下で仕える者達の平和な生活を奪い兼ねない事を知りなさい。
15歳の誕生日までに貴族として生きる覚悟を決めなさい。それが貴族として生を受けた者の責任です」
母はそれだけ言うと私を残し部屋を出て行った。私室のベットに突っ伏し考える。
………貴族として生を受けた者の責任か………
母は知っていたのだろう。私が剣を習っていた事を………
知っていながら何も言わず見守ってくれていた事に感謝していた。
………そろそろ思いのまま生きる事を封印しなければならない………
14歳の今の私では親元を離れ一人で生きて行く事は到底出来ない。親の保護下で生きる以上、貴族としての責任は果たさねばならない。
母の言う通り、私の評判が地に落ちればリンベル伯爵家の評判も地に落ちる。そうなればリンベル伯爵家に関わる全ての人の生活にも影響を及ぼす。
16歳で社交界デビューする事が決まっているのであれば、自身の身を、ひいてはリンベル伯爵家を守るための武器と鎧を身につけるのは必須だ。
私が自身の力で生きる事が出来るようになるまで、リンベル伯爵家の利となる完璧な令嬢になるため努力をしよう。騎士団のお姉様方のように、魑魅魍魎闊歩する社交界でも通用する一流の女性になる為の努力を。
それが将来の自分への投資にもなるはずだ。
剣を習い始めて8年。
長かったような、短かったような………
私に剣を教えてくれた師匠達に心からの感謝を伝えよう。
………そして最後にキースに一矢報いたい!
キースとの戦いで肉体的にも限界だった私は最後の戦いを胸に眠りに落ちた。




