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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第四部 南方騒擾
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三つの事態

 ウードとガウ、二人を送って来た馬車が帰ってきた。

 その馬を暫く休ませて。


 「さあ、では俺達も行こうか」

 御者台に乗ったサンタクララがそろりと馬に手綱(たづな)を入れる。


 車輪が回り出し、馬車は進行を開始する。

 他の馬車もそれに追随する。

 王都へ、南へ。



 「なあ、王都ってどんなところだ、ナヨリ」

 隣に座る騎士に声をかけるサンタクララ。彼は二頭立ての馬車を器用に操り、どこか楽しげだ。まるで、久しぶりの感覚だとでも言うように。




 「人がたくさんいるらしいよ。ね、ナヨリさん」

 背後の客車からレンカの声。


 「うむ。ゼルスタンの人間なら大抵は王都か、周辺の四都市に住んでいる。中でも王都は――美しい(まち)だ」


 瞬間遠い目になった後、すぐにいつもの仏頂面に戻るナヨリ。

 ――笑うともう少しましなんだがな。



 馬が温まってきたことを見て取ったサンタクララは、馬の速度をトロット(早足)からキャンター(駆け足)に切り替える。



 「エフロン隊の連中は(みな)王都住まいか?」

 「――いや、それぞれである。むしろ王都に住んでいるのは私と、副長のみだ」



 ――なるほど。

 つまり、そういう(・・・・)選別がある(・・・・・)ってことだ、とサンタクララは腹の中で苦笑する。



 選ばれた人間だけが王都に住み、それ以外は周辺都市。

 「あれ? でもウードのお父さんって」


 カナーティなんでしょ? とレンカ。

 意外にと言えば失礼だが、彼女は頭の回転が速い。


 ――と、言うよりも……。

 速くなった(・・・・・)のかもしれない、とサンタクララは気付く。精霊都市(ハイレン)で行政官であるアミナに(とら)われ、どんな夢を見ていたにせよその経験は彼女の中に息づいているに違いなかった。



 「フォルトッド殿は自身の希望でカナーティに居を構えた、と聞いたことがある」


 「ほぉ」

 意図は分からんが、とナヨリは会話を結ぶ。


 「きやっ」

 車輪が小石を噛んで軽く()ねた。



 「おっと、悪い」

 サンタクララは手綱を調節し、なるべく馬の脚に負担がかからないように操るリズムを変更する。



 それを見ていたナヨリが小さな驚きをその顔に()いた。

 「お主、どこで操馬(そうば)を習った」



 美貌の盗賊は小さく微笑む。

 「昔々、大昔に少し、な」



 「そう言えばさ、王都や周辺都市以外に人間は住んでないの? いや、サティルナス(うち)には一人もいなかったからさ」



 「うむ。恐らくだが、殆ど住んでいまい」

 「おいおい、それでどうやって統治してるんだよ」

 とサンタクララ。しかし、それをナヨリ、不思議そうな顔で。



 「なぜ王国人がそれを知らんのだ」

 「あのね、半年に一度か二度――昔は一年に一度だったんだけど――くらいかな、王国の兵隊が見回りに来るんだよ」



 客車から僅かに身を乗り出して、レンカ。それを、乗り合わせた隊員たちが親目線で心配そうに見守る。

 「見回り?」

 「そうそう。何かこそこそやってないか、とか、街の様子はどうだ、とかね。だから、この前のナヨリさんの訪問にはびっくりしたんだ。全然その時期と違ったから」

 

 「いや、と言うか、それだけ?」

 そんなの、何でも(くわだ)て放題だろ、と言うサンタクララにナヨリはふんぞり返る。



 「王の威光である」

 「は。余程の名君なんだな」

 「うむ」

 「でも族長が言ってたよ。このところ年々監視が厳しくなる、挙げ句、人質を差し出せなんて、って」

 ナヨリの顔が曇る。

 

 「――人質?」

 レンカはいつの間にかサンタクララとナヨリの間に無理やり座り込み、頷いた。



 「うん。族長の家族を王都に住まわせろって言ってきたの」

 「ああ、ふむ……。何とも古典的な手法()だな」

 その手の人質政策の例は古今(ここん)、枚挙に(いとま)がない。




 「まあ何年かごとに交代してもいいらしいんだけど、その経費もこっち持ちなんだとか」



 ――威光、名君ねぇ。

 違和感を覚えるサンタクララ。



 ――そもそも、ゼルスタン王国など、俺の若い頃(・・・・・)には影も形もなかったんだ。



 人間、様々な種族――それらは混沌とあらゆるところに存在し、時に(いさか)いながらも自由に生きていたのだ、それが。


 ――ここ何百年かで、世界は激変した。

 極東の新興国で、当時サンタクララが歯牙にもかけなかったゼルスタンなどという国は、生まれたと思ったらあっという間にこの世界の隅々にまでその名を轟かせ、気付けば全てを支配していた。


 ――だが、ここ最近は何となく、こう……。

 前までははっきりと感じていた王国の強さや揺るぎなさと言った言葉にはできない「何か」が。


 サンタクララは馬の速度を落とし始める。

 ――今の王か、問題は。


 彼はそう推量する。

 安易な人質政策、巡回だけの(ゆる)い監視。

 ――中央から動きもせず、あちこちに首だけ回したところで国は治められまい。



 ここ何十年かで感じていた違和感の一端(いったん)を垣間見た思いだった。



 ――揺らいでいるのだろうな、この国は。

 だからオーガは脱退したのかもしれぬ――サンタクララはいったん休憩するべく、街道を少しだけ外れ、だだっ広い平原で馬車を完全に止めた。




 「む。休憩か」

 そうだ、と言うサンタクララの声を背中で聞き、ナヨリは御者台を降りた。後ろの兵士たちも順次降車し、停車しつつある他の馬車にそれぞれ休憩を告げに行く。




 ――さて、どの程度(ていど)急ぐべきか。

 思案するサンタクララ。



 ――進行中の事態は恐らく三つ。

 一つ、父親を捜索にカザイアへ向かったウード、ガウ。彼らは多分、何か高速移動できる術を持っているとサンタクララは確信している。ただ、人数が限られるのだろう。




 二つ、カザイアへ親征するであろうマルフォント・マナ王の動向。タイミングが悪ければウード、ガウは巻き込まれるかもしれない。




 ――三つ、王都へ向かっている俺達。

 のんびりやっていたのではエフロン隊の家族がどんな目に遭わされるか分からない。



 ――何より。

 (あね)さんに任されたからには応えねばなるまいとサンタクララは思う。




 あの少女と少年が作る国を見てみたい。

 ――血染めの(てのひら)はそれからでも遅くない。

 「どうかした?」



 隣のレンカが、サンタクララの思考を中断する。

 「いや、もう少し急いだ方がいいかな、と」

 するとレンカは何か思い出したのか、軽く両手を打ち鳴らした。




 「ええとね。あの二人に追いつくのはちょっと無理だけど、できるだけ急ぐなら……」

 

 と、レンカはとある考えをサンタクララに示す。

 彼の顔にみるみる困惑した表情が広がる。




 「――そんなものが本当にあるのか?」

 レンカは満面に得意()だ。

 自身の胸に手を置き。




 「あるよ。だって」

 ドワーフだからね、そういってさっきよりもひときわ破顔した。

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