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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第四部 南方騒擾
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ありがとう――初めての言葉

 突然で一瞬だった。



 リンクスから放たれた数本の雷が広場に落ちる。


 それを身体に受けた数名のオーガ兵は青白く激しく光り、叫び声も上げず、寡黙(かもく)(くずお)れた。



 『な、何だとっ』

 兵士は思わず足を止める。彼らの戸惑った目、戦意の僅かな喪失――その隙を。



 マルドゥムは見逃さない。

 ――好都合!



 詰まっていた間合いを更に寄せマルドゥム。


 何人かのオーガを斬り伏せる。

 それで我に返った兵士は一斉にマルドゥムを押し包む。



 撃ち込む剣、跳ね返すマルドゥム。だが、多勢に無勢。戦闘に長けたオーガ兵は徐々に彼を追い込んでいく。



 「お父さん!」

 「マルドゥム殿!」

 ティアナ、クラストが揉み合いに参加する。



 連発はできないのか、リンクスは再度、雷撃の準備に入る。


 それを見たユーザーン。

 しばらくは前の三人が敵を引きつけてくれる、そう判断して。



 ――(がら)にもないことは、するもんじゃないなぁ。

 ぱちん――片手剣を鞘に戻し、リンクスと同様に目を閉じた。

 途端、彼の足元に現れる、青白く光る魔法陣。



 ユーザーンは呪文の詠唱が好きだ。

 決められた旋律を、決められた律動(リズム)で口にする時――そこには他に何もなく、ただ、自分と魔法と、呪文との純粋な対話があるだけだ。ユーザーンはそうやって自我が削ぎ落とされ、ただ魔法だけが残る――その無垢な瞬間を、心から愛していた。



 詠唱は弟子(ユーザーン)の方が師匠(リンクス)より後に開始した。



 だが。

 「氷結(フリージング)

 終えたのは弟子が先だった。

 彼の手から(ほとばし)る氷の気流がオーガ兵を飲み込み氷漬けにする。



 その間にティアナ、クラストはマルドゥムをオーガ兵から引き離すことに成功する。

 そこへリンクスの雷撃が再び放たれ、更にオーガ兵は数を減らす。

 『おのれ、おのれっ』

 歯噛みするリーダー格のオーガ、彼の背後からマルドゥム達に向けて数本の火矢が放たれた。



 「いかん! ()けろ!」リンクスの絶叫。



 カザイアがら(つか)わされたオーガ兵の放った火矢(フレイムアロー)だ。

 前に突っ込み過ぎていたマルドゥム、クラストが直撃を受ける。ティアナは、マルドゥムに(かば)われ無事だった。



 ユーザーン、ティアナが二人を抱えリンクスの所まで下がる。

 「()せて!」

 ケアが二人の怪我の程度を確認、すぐさま回復魔法をかける――致命傷ではないが、二人ともしばらく戦線復帰は無理のようだった。



 ――どうする。

 咄嗟にティアナは皆の前に出て剣を構える。

 左右に控えたリンクス、ユーザーンが再び攻撃魔法を準備。



 『続けては放てまい! 今だ、畳みかけろ!』

 リーダーは残っている十人ちょっとのオーガ兵に指示を出す。先ほどと同じ火矢が何本かティアナに向かって放たれた。



 『覚悟を決めろ』――マルドゥムの言葉がティアナに去来する。

 ちらと背後に視線。痛みに耐える父親は娘に無言で頷いた。



 ――いつまでも守られていては駄目。今度は。

 迫る火矢。ティアナは幅広剣を振り上げる。瞳が緑色に染まる。



 「はっ!」

 その場にいた誰もが、その剣筋を見切れなかった。

 見えたのは、突如巻き起こった激しい空気の流れ、風圧で消し飛ばされる火矢――それだけだった。



 ――今度は、あたしが守る!

 単騎。

 一気に間合いを詰め、少女は一人、オーガ兵に切りかかる。







 『ひ、退けっ! 退却だ!』

 オーガ兵は怪我人を抱え、広場から退散していく。


 「お、終わっ……、た?」

 ケアの回復魔法のお陰でクラスト、マルドゥムは半身を起こしていた。


 ――何と凄まじい。

 リンクスは目の前で幅広剣をだらんと下ろし、肩で息をする少女の背中を見つめていた。




 オーガ兵の剣戟(けんげき)を弾き返し、返す刀で切りつける無駄のない動き――それでいて決して致命傷は狙わず、行動不能になる最低限のダメージを与えていく。



 合間に放たれる火矢は全て剣風(けんぷう)で掻き消しながら、残ったオーガ兵、その半分ほどをティアナが倒したところでオーガ兵は撤退していった。リンクス、ユーザーンが魔法で支援する前にカタは付いていた。



 少女はゆっくりとこちらに振り返り、歩いてくる。

 相当消耗したのか、がらがらと幅広剣を引きずりながら。

 「大丈夫? 父さん、クラストさん」

 父の側で屈み込む少女。



 マルドゥムは彼女の頭に手を遣り、優しく撫でた。

 「ああ、よく守ってくれた。ありがとう、ティアナ」

 感謝の言葉。

 守られるばかりではない、初めての自分。




 それを確かめる、言葉(ありがとう)



 ――あたし、皆を守れたの……?

 「あ、あたし……」

 ぼろぼろと涙を溢れさせて父親にしがみつく。 

 緊張の糸が切れ緩んだ気持ち、全て涙に置き換わっていく。



 すすり泣くティアナをマルドゥムは父親の手で包む。



 それを見守っていたリンクス、やがてケアを伴って広場に歩き出す。

 「手加減はした。多分、ユーザーンもそうだ。だから誰も死んではいないだろう」

 「ええ。そのようです」

 二人は手分けしてあちこちに倒れているオーガ兵に回復魔法をかけていく。オーガ達は程なく意識を取り戻し、彼らもまた逃げて行った。








 朝陽が昇る。柔らかな曙光(しょこう)が辺りを満たしていく。

 「お父さん?」

 ゆっくりと立ち上がるマルドゥム。



 ケアの回復魔法のおかげで、火矢の傷はすっかり癒えていた。クラストも同じく、立ち上がる。




 「リンクスさん」

 広場の中央から、しっかりした足取りで戻ってくるリンクスにマルドゥムは声をかける。



 「お疲れのところ――悪いのですが」

 「ああ、分かっているよ」

 すぐにここを出よう――リンクスの目線を何となく追いかけるティアナ。

 広場の入り口では、騒ぎを聞きつけた町の住人達がこちらを遠巻きにしていた。




 いずれ追加の兵隊が来るかもしれない。

 「行きましょう」

 一行は広場を反対側の入り口から出る。



 ティアナは、トゥードの消息が気にはなった、が今はここから離脱せねばならない――そんな思いで歩を進めていく。



 ――ウード、待っていて。

 ティアナは幅広剣を背負い直し、凛と前を向いた。


 ――あたし、君を必ず見つけるから。

 晴れやかな顔のティアナ。

 少しだけ心が軽く、晴れやかな気分。

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