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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第四部 南方騒擾
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争奪戦

 同時刻、メルトハイヤ。


 町に入ったオーガ兵が詰め所から兵士(なかま)を引っ張り出し、徒党を組んでリンクスの捜索を始めていた。


 カザイアがらやって来たオーガ兵は、オーガ族の(おさ)、サルクからの勅命(ちょくめい)を帯びていた。(すなわ)ち、脱獄したリンクスを連れ戻すこと、それが叶わぬ場合は――死体でも構わない、と。




 彼らはリンクスが使った魔法の痕跡を辿り、短く転移を繰り返しながらこの町まで辿り着いた。

 故に、この辺りに対象(リンクス)がいるのは分かっている。後は、人数を動員して見つけるだけ――。


 だったはずだ。

 「な、何?」

 町の中央広場の辺りまで来て、オーガ兵は全員足を止めた。


 兵士たちの後方から、先ほど町の入り口で分かれた三人の仲間が合流し、叫ぶ。

 「リンクスがいたぞ! だが、転移で――」

 逃げられた、までは口に出来ず、言葉は呑み込まれる。

 彼らが見たのは。

 五人の人間に守られる、リンクスの姿だった。









 宿を出たマルドゥム達は、取り敢えずオーガ兵の行く方へ進もうとした。

 「待って下さい、皆さん!」

 が、それを止めるユーザーン。



 「お師匠様の気配を感じます!」

 普段の彼からは想像もできなかったその凛とした口調に、他の四人は思わず足を止める。



 こっちです、と言って走り出す。それに続く一行。

 向かった先、中央広場。



 「ああ! あれ、見て!」

 ティアナが声を上げる先に、空間の揺らぎが現れる。

 カナーティを出て約四カ月。

 今まさに、再物質化を終えて。

 一行が追い求めた顔が、そこにあった。












 ――何処(どこ)に出たんだ。

 町中のようだ。

 出来れば迂回したかったが、取り込んだ魔力量が中途半端だったようだ。いや、呪文のおかげでここまで跳べたと言うべきか。



 軽い胸焼けをこらえ、立ち上がるリンクス。

 町中だとすれば、急いで移動しなくてはあっという間に捕らえられてしまう。


 『ああ! あれ、見て!』

 若い女性(にんげん)の声がした。

 驚いてリンクスは広場の入り口付近に視線を巡らせる。


 松明を持った人間が五人、こちらに駆けてくるところだった。

 その中に見知った顔。リンクス、驚いて。

 ――ユーザーン? それに、バナデサスか?



 元弟子、元部下の顔を見つけ、やがて確信に変わって、リンクスも思わず走りだす。

 「お師匠様!」

 「フォルトッドさん!」


 「お、お前達っ」

 三人、抱き合って歓声。

 クラスト、マルドゥムとティアナはその輪に静かに寄り添って立った。



 「あ、あなた方は……? い、いや、あなたの顔には見覚えが」

 うっすら涙の(にじ)む目でリンクスはマルドゥムを見つめる。


 「ええ。何度か、カナーティの庁舎でお会いしていますよ」

 「おお、ロクス殿か!」

 マルドゥム・ロクスは笑って頷く。

 「――は、初めましてリンクスさん。ティアナ・ロクスです」

 「娘です」とマルドゥム。



 「お初にお目にかかります。私は――」

 「おお、テトルアンじゃないか」

 何度か兵舎で話したな、と言うリンクス。

 まさか覚えられているとは思っていなかったクラスト・テトルアン、感極まったように深く頭を下げた。


 「――ご無事で何よりです」

 「み、(みな)はどうしてこんなところに」

 マルドゥムが代表して経緯を説明する。



 「トゥード(むすこ)が、行方不明?」

 「ええ、ですが、私達はとにかくあなたをお助けしなくてはと」

 「何と言うことだ……」

 「索敵魔法に反応があります!」

 ユーザーンの切迫した声。



 全員、リンクスを囲むようにして広場の入り口を注視する。

 果たして、先ほど反対方向に向かっていたオーガ兵達が、広場に入ってくるところだった。







 ――数は、三十か。

 それぞれ広場の奥と手前――間合いはまだ全然詰まってはいない。

 後方に向けて逃走することもできるが、体力の落ちたリンクスを伴って走るよりは。



 ――まだ、戦闘(こっち)の方が()がいいか。

 マルドゥムは片手剣(レイピア)から鞘を払う。



 ――大将(リーダー)を落とせば後は逃げてくれる、そう思いたいな。

 他の者も銘々、武器を構える。

 ――フォルトッド殿は。

 マルドゥムが振り返ると、彼は胸に手を当て何かを唱えている。ぼうっと胸の辺りが光り、彼の足下に小さな魔法陣が現れた。

 呪文詠唱を伴う魔法の場合、その精度によっては今のリンクスのように魔法陣の出現を伴うことがある。



 『おい貴様ら! その男を渡せ!』

 リーダー格の兵士が何かを叫ぶ。



 オーガ語。唯一分かるであろうリンクスは魔法起動の準備中だ。

 「まずいな」

 マルドゥムのこめかみを冷や汗が一筋流れる。



 ――言葉が通じないのは危ないんだ。

 こちらはただ単に分からなくて応答できないだけなのだが、故意に無視していると受け取られかねない。



 『答えぬか! さもなくば』

 案の定、先頭に立つオーガ兵は何やら激昂(げっこう)し始めている。



 「仕方ない、やるぞ。準備はいいな」

 頷く四人。



 マルドゥムは手に持っていた松明(たいまつ)を地面に投げ、身軽になって戦闘態勢を整える。


 『良かろう! そっちがその気ならっ』

 オーガ兵、全員抜剣(ばっけん)す。



 幅広剣(ブロードソード)を握りしめ、構えるティアナ。

 「ティアナ殿。気負わぬように」


 隣のクラストの声。

 入りすぎていた力が少し抜ける。


 「ケアさん。僕の後ろへ」

 片手剣(レイピア)の震える切っ先で、それでもましになった構えでユーザーンがケアの前に出る。



 「む、無茶しないでよ?」

 彼女は、呪文の詠唱を続けているリンクスの隣へ。



 『総員、かかれっ』

 叫び。たくさんの軍靴(ぐんか)が広場の地面を雪崩(なだれ)(ごと)く響かせ、躍り上がるオーガ兵、六人めがけて殺到を開始する。

 

 「き、来たっ」

 ティアナ、僅かに(おび)えた声。



 「――雷撃ライトニング・ストライク

 その最中(さなか)、リンクスが魔法の起動を静かに告げた。

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