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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第四部 南方騒擾
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覚悟を決めろ――父と娘

 全員を見送った後。

 ティアナが振り返ると――何とも言えない表情(かお)をした父親がいた。

 ――あれ、この顔って……。





 子供の頃。

 マルドゥムが余りに同級生にモテるのが気に入らなくて、ティアナは部屋に閉じこもったことがある。


 お父さんはあたしのお父さんなのに――いま思えばひどく下らないことだが、当時のティアナは真剣だった。


 家族との押し問答を続け、膠着(こうちゃく)状態のまま夜になって、二人きりで話そう、と言う父親をティアナは部屋に入れた。


 マルドゥムは椅子に座り、ティアナはベッドに腰掛け、涙を()めた瞳を父親に向けた。

 その時、マルドゥムは眉をひそめて泣いているような、何とも言えない顔をしていた。


 「どうしてそんな顔なの?」

 ティアナは訊いた。泣いているのはこっちなのに、と。


 マルドゥムはやがて微笑んで、こう言った。

 「ティアナ、お父さんが嫌いか?」

 「そうじゃないよ。でも……」

 みんなに構ってばかりじゃない――(うつむ)くティアナ。


 するとマルドゥムは立ち上がってティアナに近づき、彼女の頭を優しく撫でた。

 「お父さん?」

 「いいかティアナ」

 見上げた先、マルドゥム、口を開いて。

 「父さんが守るのは――君だけだよ」










 ――何か、とても大事なことを言う時の、顔……?    

 「ティアナ、装備を確認しておけ」

 「お父さん――?」父の声で今に戻るティアナ。


 娘に言い置いて、自身も片手剣(レイピア)を鞘から抜き、床に砥石(といし)を置くと研ぎ始める。


 暫くそうした後、彼は立ち尽くしているティアナを見上げた。


 「いいかティアナ」

 「な、なに?」

 マルドゥム、片手剣の研ぎ具合を確認し、鞘に戻す。


 「いきなりだが、覚悟を――決めろ」

 鋭い語気。


 覚悟って? そう問いかける娘に父はただ、一言。

 「生き延びる覚悟だ――何があってもな」


 それは多分、誰を殺しても自分は生き延びる、その覚悟を持てと言うことなのだとティアナは悟った。

 ティアナを守りきれないかもしれないと、マルドゥムが言外(げんがい)に告げてもいるようだった。


 ――あの時とは逆ね。

 彼女は唇を引き結ぶ。


 君だけだよ――そう言われて機嫌を直し、部屋から出た子供時代。二人の間には明確に、守るものと守られるものという関係性が流れていた。


 そして現在(いま)、マルドゥムはティアナに覚悟を求める。

 関係性はそうやって、(ゆる)やかに変質していく。


 ――もう、守られるのは終わり。父さんを助けなくちゃ。


 何よりも。

 ――ウードを見つける、までは死ねない。


 ティアナ、決然とマルドゥムの目線を(とら)えて。

 「ええ、分かった」

 神妙に顎を引く。











 夜半過ぎ。

 妙な胸騒ぎを覚えてティアナは目覚めた。


 部屋は真っ暗だ。隣に頭を巡らせると――マルドゥムは既に起きており、装備を身に付けているところのようだった。


 「ティアナ、ちょうど起こすところだった」

 「どうしたの?」

 マルドゥムはカーテンを細く開き、窓外(そうがい)を見るように娘に告げる。

 ――部屋の光が漏れちゃいけないってこと……?


 ティアナは真っ暗闇の中、マルドゥムが生み出した細い光にそろそろと近づく。


 窓の外、見下ろした先。

 松明(たいまつ)を持った数人のオーガ兵が一斉にどこかへ走って行く。数は十か、二十。


 「あたしたちが目的じゃ?」

 「違うようだ。だが、ということは」


 ――オーガが必死になる対象。

 リンクスさんかもしれない。そう呟くマルドゥムの声音(こわね)に、朧気(おぼろげ)ながら確信の匂いがあると、ティアナは思った。


 「行くぞ。全員を起こす」

 軽く首肯(しゅこう)し、ティアナはマルドゥムの後に続いて部屋を出た。










 カザイアを脱出し、途中転移(ジャンプ)を何度か挟みつつ、近くの町までの道程(みちのり)をリンクスは何とか踏破した。


 何日かかったのかは分からない。

 時折(ときおり)野草を口にし、魔法で仕留めた獣の肉を喰らい、雨水で喉を潤しながら、死んではならぬ、トゥード(むすこ)に会うまでは――その思いの力、強さだけでリンクスはメルトハイヤ(ここ)まで辿り着いた。

 ――正直、こんなに離れているとは。

 息子への連絡蝶にカザイアと録音したのは間違いだったか。

 だが、この町に潜み、体力を戻した後カザイアに戻っても遅くはないはずだ、と己に言い聞かせる。


 夜。町の門は閉じられ、彼の視界の先、遠くで一対の篝火(かがりび)が揺らめいていた。


 近くの茂みに身を潜め、しばし休憩する。

 静かな夜だった。

 星の(またた)きは抑え目で、虫の声や魔獣の唸り声も余り聞こえない。


 念のため索敵魔法を起動する。

 周囲に敵の気配はない。

 彼はそこで、やっと気を(ゆる)めた。



 ――これから……。

 メルトハイヤに入り、暫く身を潜める。

 だが、オーガ中心の町で人間が目立たずにいられるか不透明だ。





 いっそのことメルトハイヤを迂回し、もう少し人間の多い町へ、と考えるリンクス。

 ――だが、これ以上カザイアから離れるわけには。

 そこで頭の中に警報(アラーム)が鳴り響く。

 ――接近警報。


 腰を浮かし、茂みから辺りを(うかが)う。

 果たして、リンクスの視線の先の空間が揺らぎ、オーガ兵が五人、出し抜けに現れた。


 ――転移(ジャンプ)か。


 カザイアからの距離から言って、何度か繰り返したのだろう。と、言うことは全員魔法が使えるのだ、とリンクスは当たりをつける。飛ばされたのではなく、自分で飛んだのだ。



 アラームが耳障りになり、リンクスは索敵魔法を切る。

 『街に入ったかもしれん、二手に分かれよう』


 頷き、二人のオーガ兵がメルトハイヤの門へ走る。

 残った三人、当たりをきょろきょろと見回す。


 『まだ遠くへ行ってはいないはずだ、捜すぞ』

 じりじりと範囲を広げる三人。やがて、リンクスの潜む茂みの近くまで一人の兵士がやって来る。




 ――どうするか。

 辺りの魔力はそれほど濃くはない。

 取り込んでも転移が精々(せいぜい)だ。


 だが至近距離に、武装したオーガ兵。

 ――仕方ない。

 リンクスは胸に手を当て、心の中で呪文を詠唱する。


 魔法の起動に呪文は必須ではない。だが、威力や効果を高めたい時には必要となる。

 呪文は、必ずしも声に出す必要はない。


 ――少しでも距離を稼ぐ。

 静かに、力強く。


 ――転移(ジャンプ)

 『いたぞ!』

 オーガ兵がリンクスを見つけ声を上げるのと。

 リンクスがその場から掻き消えたのは、ほぼ同時だった。

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