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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第四部 南方騒擾
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メルトハイヤにて――捜索隊

 前回は意識が朦朧(もうろう)としていたため、ウードは(ほんとう)のガウをいま初めて見た。


 ――なんて美しい。



 ウードは自宅で、ガウを介抱したことを思い出す。

 冷え切ったガウの身体を湯船につけた時に見た、あの、胸苦(むなぐる)しくなるような、切なくて透明で、(なま)めかしくて(いと)おしい肢体(したい)

 ――やっぱり、ガウは綺麗だな……。





 (ガウ)は、しばらく気持ちよさそうに全身をぷるぷると震わせた後、ゆっくりと首を下ろし、眼下のウードを優しく(くわ)え、自分の頭に乗せた。


 ウードはガウの荷物をロープで一つにまとめ、伸ばした縄の先を自分の背中に()わえ付ける。



 「もう少し上まで来て、ウード」

 ガウの上でそろそろと立ち、ウードは彼女の頭部、後方に()り返る真っ黒な(つの)に寝そべって腕を巻きつける。片腕でやや不安定だが、これで何とか身体は固定できそうだった。



 「準備はいいかな? ウード」

 「うん」

 ガウの翼が羽ばたきを始める。



 最初は(ゆる)やかに、確かめるように――やがて、確信を持って強く。



 この場所は街道から遠く離れてはいるが、そろそろ誰かが気付くのではないか。それほど、ガウの翼が巻き起こす風の勢いは凄まじかった。



 ふわり。

 ゆっくりとガウの身体が浮かび上がり。





 浮かび上がったかと思うとあっという間に空高く舞い上がった。既に地面は遙か彼方(かなた)だ。



 あまりのスピードにぐらつき(・・・・)つつも、ウードは何とか腕一本で自身を支える。



 「ウード! 大丈夫?」

 「な、何とかっ」

 だが、風を切る余りの凄まじさにウードは(くじ)けそうになる。

 「上に出れば気流が安定するから!」

 ガウ、数瞬で雲を突き抜ける。









 さっきまで身体に感じていた(あつ)が去り、ウードは途端に軽さを覚える。

 きつく目を閉じただ振り落とされまいとしていた彼は、不意に訪れた柔らかい感覚に驚いて目を開けた。




 ――わぁ……。

 雲の上には何もなかった。




 眼下に雲が純白の海のように広がり、目の前には抜けるような空。遠く地平線を臨み、陽の光だけがその光景を淡々と照らしている――ただ、それだけ。

 ウードは、こんなにも情報の少ない、それでいて雄大な景色を生まれて初めて目にした。



 「ウード! 怖くない?」

 彼の目下から聞こえてくる声にウードは大丈夫だよと言葉を返す。

 ガウは翼の動きを抑え目にして、滑空と羽ばたきを交互に使い、体力を温存しつつ距離を稼いでいく。



 「後はもう怖くないから!」

 少し弾んだガウの声。久し振りの飛翔を楽しんでいるようだ。


 「さあ、一気に行くよ!」

 針路、南へ。



 ――待ってて父さん。どうか、無事でいて。

 祈るウード。

 話者と竜は空を進む。












 少し(さかのぼ)って。

 カナーティの街を年の初めにでたリンクス捜索隊。

 春先になり、ようやくオーガの支配圏に入った一行は、物価が下がったことで借りられた馬車に乗り、カザイア近郊の町であるメルトハイヤに入った。


 町の入り口で馬車は御者と共に帰っていった。


 「ああ、やっと着いたわ」

 ティアナは感慨深げに呟いた。

 彼女の父親であるマルドゥムも同じ思いだったらしく、深く頷いた。



 「ここまで来れば、カザイアは目前だ」

 一行は町に入る。


 メルトハイヤの町は中程度の規模。

 カザイアに向かう旅人が最後に逗留する宿場(しゅくば)として、ある程度は栄えている。

 町はオーガが住人の大半を占めており、人間ははっきり言って場違いだ。だが、彼らは意外なほどティアナ達に関心を示さなかった。ここは宿場町だから、旅の人間など見飽きているのだろうか。


 ――と、言うより……。

 マルドゥムは町に流れる浮き立つような、地に足が着かないようなそわそわした空気を感じ取る。


 どうやら他に強い関心事があって人間のことなど構っていられない――そんな雰囲気のようだった。


 とにかく宿に入ろうか、というマルドゥムの提案に一行は従う。







 「お客さん、悪い時に来たね」

 と、宿屋の主人が流暢なゼルスタン共通語でマルドゥムに話しかけて来た。



 「悪い時?」

 「何だ、知らないのか?」

 「――さっぱり分からん」

 すると主人は何故か声を潜め、マルドゥムの耳元で(ささや)く。



 「俺たちはゼルスタン王国を()けたんだよ」

 聞いたマルドゥムの表情が固まる。


 今、カザイアでは王国が攻めてくるって言うんでその準備の真っ最中さ、と主人は続けた。


 「人間を泊めてもいいのかい? そんな時期に」

 「はは。まあ、それはそれ、商売(これ)商売(これ)、さ」

 にっこりと微笑む主人。

 マルドゥムは苦笑いで鍵を受け取り、皆を引き連れて二階に上がった。





 「いやまさか、そんなことに……」

 元王国兵士、クラストが眉根を寄せる。



 取り敢えずこれからの方針を決める、と言うことで一行はマルドゥムとティアナの部屋に集まっていた。

 二人のベッドにめいめい腰を下ろし、オーガが王国を離脱したという話について検討している。



 「だ、大丈夫なんでしょうか、メルトハイヤ(ここ)にいて」とリンクスの元弟子であるユーザーンが震え声を出す。



 「どうだろうな。ただ、オーガがゼルスタンから離脱したというのが事実なら、人間(おれたち)は今、彼らにとってどんな存在であるのか――その認識から揺らいでいると思った方がいい」とマルドゥム。


 「どういうことですか?」

 リンクスの元部下、ケアにマルドゥムは顔を向ける。



 「もともとオーガは人間を見下すような傾向があった。それが、王国から抜けたことによりますます助長されたかもしれない、ってことさ」


 「人間への印象が下がっている、ということですか?」

 「それは何とも言えないが、確実に――揺らいでいる」

 まあ、良い方に変わった、なんてのは希望でしかないね――マルドゥムはそう続け、長めの溜め息を()く。



 「これからどうするの?」とティアナ。

 「――カザイアには行けない、だろうね」


 「やはりそうなりますか」

 クラスト、(あきら)めたように。


 「いま行っても、人間(われわれ)は多分、歓迎されない。それどころか……」

 「で、でも……、リンクスさんはどうするの?」

 ティアナは(すが)るように父親の顔を見た。



 「カザイアにいると決まった訳じゃない、が――」

 確かに特異な状況。捜索打ち切りとしてここで引き返しても誰にも責められないだろう――ただ、それは何の解決も生んでいない。


 「――今日はもう休もう。各自、警戒を怠るな。何かあれば、すぐにこの部屋へ」

 マルドゥムの言葉で一行は解散し、それぞれの部屋へ帰って行った。

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