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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第四部 南方騒擾
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南へ

 「どう? キツくない?」

 テントの中、隣に座るガウがウードに心配そうに問う。


 「うん、大丈夫」

 問われた少年はにこやかに竜の少女に答える。


 ウードの左腕――かつて左腕だった場所――には今、ガウがベルトで固定した小型盾(バックラー)が装着されていた。


 マルフォント王に斬り落とされたウードの左腕には肘が残っており、曲げ伸ばしが出来る。

 だったらそっちに小型盾を装備してみればいい、と言い出したのはサンタクララだった。





 「いいね。これなら右手も使えるし」

 座ったまま小型盾を何度か振り、ウードは満足()に頷く。




 エフロン隊と合流し、総勢三十名を超えたウード達は彼らの複数の馬車に分乗して南を目指している。


 精霊都市(ハイレン)を出て七日目の夜。

 春も終わりとは言え肌寒い夜もある。



 いきなりウードのテントにガウがやって来て、世間話をしているうちに何となく小型盾を合わせてみようとガウが言い出したのがついさっきの出来事。



 「や、仲間、かなり増えたよね」とウード。

 「あー、ごめん。私、ちょっと調子に乗りすぎたかも」


 さほど深刻でもない表情(かお)でガウがおどける。それを見て、現在の情況は彼女にとっては予定の行動であり、行き当たりばったりの結果のようでもあるな――ウードはそう思った。





 「でも、王都か」

 「うん――行かなくちゃ」

 「もし僕達と一緒に行きたいって言う人が出たら?」

 「まあ、その時は連れて行けばいいんじゃない」

 ガウはあまり心配していない口振りだ。





 ――いま言っても仕方ない。

 資金とか食糧とか移動手段とか寝床とか、細かいことを挙げれば切りがないのだが、ウードも取り敢えずは考えないことにした。



 「何と言っても副隊長さんの頼みだからね」

 事実上ゼルスタン王国から切り捨てられた形のエフロン隊。恐らく、全滅とか消息不明とか、適当な理由が隊員の家族には告げられたに違いない。


 問題なのは隊員(かれら)の家族だ。我が子、我が夫、兄弟――二度と戻らぬと聞かされて悲嘆にくれているだろう。


 それらに何とか無事だけでも伝えたい、とはエフロン隊副隊長の願いだ。それならついでに王都の様子も確認しようとサンタクララが提案し、ウード一行は南へと針路を定めた。


 オーガが一方的に王国からの離脱を宣言したらしい、と言う情報は副隊長(かれ)からもたらされていた。





 八台の馬車。


 何人かはナヨリが王都に連絡に()ったので、現在は隊長込みで二十七人のエフロン隊。


 そこへウード、ガウ、レンカ、サンタクララの四人を加え三十一人、それが今のウード一行。



 目指すは南。




 エフロン隊の無事を密かに伝える旅。

 王都の様子を確認するための旅。


 どうかうまく行きますように、とウードは願わずにはいられなかった。









 ガウがレンカの眠るテントに帰った後、深夜になっても眠れないウードは外に出た。

 胸苦しいわけでもない、かと言って快適なわけでもなく、ウードは(はら)に落ち切らない感情を持て余していた。






 テントの外はそれなりに明るかった。

 周辺はエフロン隊が交代で見張りに立っていて、彼らの焚いた篝火(かがりび)のおかげだ。


 見回すと点在するテント、馬車、それらが大きな円を作っており、中心と周辺の幾つかに篝火(かがりび)が設置されているようだった。



 見張りに立つ隊員と目が合う。

 ウードは軽く会釈しながら、ゆっくりと円の外縁(がいえん)に歩いていく。靴から伝わる地面の感触がかすかに冷えているような気がして心地良い。




 外縁(そこ)に立って遠くを見渡す。

 渡る風は冷涼。

 遙か彼方、朧気(おぼろげ)に地平線が見える。

 その他は墨を溶かしたような暗闇がただただ広がる。加えて今夜は星もない。


 ウードは軽く夜空を見上げる。

 肚に落ちていかない気持ちとは、つまり。

 ――父さん。



 ウードの父、リンクス(ちちおや)の消息は手がかり一つない。

 つまり、この辺り――北方にはいないということを示してはいるが、では何処にいるのかと言うと情報はまるでなかった。



 一つ前の晩夏(ばんか)(カナーティ)を出て、秋から春へ、そして、季節は――巡ろうとしている。



 ここに父がいればとウードは思う。

 今の状況にどれだけ心強いか。あてもなく、彷徨(さまよ)うようなこの旅に。



 ――もしかしたら今頃、カナーティに戻っているのかもしれない。

 そうしてウードの帰りを待っているかもしれない。探しているかもしれない。

 ――いちど、街に戻らなきゃ。

 この道行きはウードにとってはそう言った意味合いも含んでいた。



 だが、父はどこかウードの知らない場所で何かひどい目にあっているかもしれない。何も情報がなく、確かめようもないのがもどかしい――どっちつかずの気持ちが、ウードを常に揺らしていた。



 ひらひら。

 何かが視界に舞い降りてくるのに、ウードは気付いた。




 ひらひら。

 ――あれは……。




 見上げた視線のずっと先、ふらりふらり、ゆらゆらと(はね)をはためかせながら小さな白いものが舞い降りてくる。



 ウードには見覚えのある物体だった。

 (かつ)て、ガウの住んでいた森の家の前で(はかな)く散っていったそれは今、ウードが差し出した指の先に静かに着地する。



 白く、小さな蝶――紙でできた、偽物の。

 だが、今度はあの日のように消滅することなく、まるで本物のように翅を休める。




 見れば翅はぼろぼろで、よくこんなところまで飛んで来られたものだとウードは感心する。



 ――っ……。



 ウードは指先にぴりりとした小さな痛みを覚えた。

 蝶は、まるでその痛みをウードに与えるのが役割だったように、あの日と同じように崩れ去り、風に乗って消えていった。



 思わず見送る視線の先。

 いつの間にそんな時間が経っていたのか。

 今日の陽が昇る。

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