無間の刻
だが剣は虚しく空を切る。
いつの間にか男はサンタクララの間合いの外に移動、立ち上がり、傷も塞がっていた。
――やはりか。
剣を構え、後退るサンタクララ。
「やってくれたな」
「そっちが間抜けなだけだろ」
意外なほど冷静な声が出た――サンタクララは自分で驚く。
「なるほど!」
男が出し抜けにマントを広げた。まるで鳥の両翼のように。
すると、広間にあった全ての燭台の火がマントが起こした風で吹き消された。
あっという間に辺りが闇に包まれる。
「決めたぞ、お前はじわじわとなぶり殺しにしてやる」
闇夜に、男の声だけが響く。どうやら夜目が利くようだ。
――さすが吸血鬼。
サンタクララは一瞬だけ目を閉じ、開く。
――だがな。
瞳が――緑色に輝いていた。
吸血鬼の男がサンタクララの右側から無音で拳を繰り出してくる――のが、サンタクララにははっきりと見えた。
――俺には、むしろこの方が好都合。
あのまま、明るいまま純粋に膂力の勝負をしていたら、サンタクララはとっくに両親と同じように干からびていただろう。
サンタクララは身体を捌いて拳を避ける。
「なっ」
男の狼狽。サンタクララの微笑み。
一瞬の間の後。
「そうか――加護持ちか」
応えず、無言で吸血鬼に切りかかる美貌の剣士。
男は難なく剣をかわす。その姿も、サンタクララには明るい所と同じように見えている。
暗視――それがサンタクララの加護。まるで盗賊のようなこの加護が、今の今までは嫌いだったが。
――神に感謝しなくてはな。
とは言え、本来なら見えないはずの敵が見えるようになっただけで、両者の差は埋まってなどいない。そもそも、人と吸血鬼では身体能力の基礎が違う。
それを分かっている男はあからさまに余裕のある態度でじりじりとサンタクララとの間を詰めて来る。
手持ちの片手剣では致命傷は与えられない。
と、後退するサンタクララの踵に何かがこつんと当たる。
――これは。
絶命している父――握りしめるは。
――銀剣だ……。
彼は男から目線を切らず、ゆっくりとしゃがみこんで銀剣を拾う。隙ありとばかりに男は弾かれたように一気に間合いを詰める。サンタクララは男の動きに合わせ、カウンター気味に銀剣を――突き出した。
加速のついていた男はそれを避けられず、銀の刀身を自身の身体深くまで突き立ててしまう。
「ぎゃああああああああっ」
――何かで読んだか、聞いたか。
吸血鬼は銀に弱い。
刀身を身体の中央に刺され、咆哮を上げる男。
彼の体内に封じ込められていた魔力が出口を得て一気に放出される。巻き上がる風圧でサンタクララは後方に吹き飛び、銀剣から手を離してしまう。
後方の壁に当たって止まり、痛みに顔をしかめつつ、サンタクララは見た。
一体どれだけの時を過ごし、魔力が蓄えられていたのか。厖大な魔力の流出とともに、男の身体から活力が失われていく。急速に――老いていく。
やがて禍々しい断末魔を上げ、男は、男だったものは、灰となりその場に崩れ去った。灰の山に、行き場を失った銀剣が突き刺さる。
――やったのか?
肩で息をし、立ち上がる。
重い足取りで灰の山に近づく。と、灰が舞い上がっており、サンタクララは少し吸い込んでしまう。
銀剣を床から引き抜く。
見回せば変わり果てた男、床に横たわる執事、下男、メイド。そして――サンタクララの父、母。
――申し訳ない。
不意に力が抜けサンタクララは暗闇の中、その場に膝を折る。両手を胸の前で組み、神に祈る。
たびたびの出没を噂では聞いていた吸血鬼。
――まさかこんなところにまで現れるとは。
もう少し早く帰れていれば、誰も死なせずに済んだかもしれない。誰のことも、サンタクララは守れなかった。
厚く弔わなくては、そう思ったところで。
サンタクララは突然、激しい痛みを覚えた。
あまりに濃密な痛みに耐えきれず、サンタクララはその場に倒れ、やがて気を失った。
夢を見た。
夢の中であの男がサンタクララに向けて笑顔を向けていた。
諦めたような、憐れむような、それでいて、嘲笑うような。
そうして――こう言った。
『お前も生きてみるがいい。無間の、刻を』
早朝。
日の光で目を覚ました時、痛みは消えていて、それだけでなく、あの灰も、沢山の遺体も全て――消えていた。
立ち上がるサンタクララ。
と、床に奇妙な穴が開いていることに気付く。
――何だ……?
近寄り、穴の前でしゃがみ込む。
それはあの男がサンタクララの斬撃を受け、手をつき跪いたところ。
――手の、跡?
男の血が床一面を染めていた。
そこに。
まるで自ら意志を持ち、床から剥がれ何処かへ消えたように。
掌の形にぽっかりと――きれいな穴が開いていた。




