突然の来訪者
「レマイク様、もうすぐお屋敷でございますよ」
御者に声を掛けられ、サンタクララは目を覚ました。
長旅で疲れていたのか、少し眠っていたことをサンタクララは自分で意外に思った。
――いかんな。
目を押さえ、軽く頭を振る。
普段は気を張っている為、うたた寝などしたことがない。次代の領主として、彼は使命感に燃えているのだ。
村同士の諍いを収めるため、辺境の地まで三週間の旅だった。どうにか双方の村長に納得してもらい彼は今、帰途に着いている。
やがて夜陰に紛れ、屋敷の前で馬車が止まる。
馬車を降り、彼は屋敷を見上げた。
そして、違和感を覚える。
見上げた先、明かりの点っている多くの窓。それはいいのだが、うまく言えない感覚がある。少し考えて、窓に人影が映らないことだ、と気付く。煌々と屋敷内は明るい。だが誰も、動いては――いない。
「どうかなさいましたか」
「いや、何でもない。お前は馬車を格納庫へ。その後はもう下がっていい」
御者を屋敷の裏手にある格納庫に遣ると、サンタクララは警戒モードのまま屋敷の門をくぐる。因みに下男、御者といった使用人は敷地内の別棟で寝泊まりしている。
――心許ないな。
今回は討伐が目的ではなかったため、手持ちの武装は片手剣のみ。鎧の類も身につけてはいない。
――強盗か、或いは……。
家族が気掛かりだ。
――剣術の加護持ちである父がいる、何も心配はないはずだ。
なるべく音を立てないように最小限の幅で扉を開け、素早い身のこなしで屋敷に入る。扉を閉め、屋内の雰囲気を探る。
案の定、中はとても明るい。
だが、迎えに出てくるものはいない。
サンタクララは中央にある階段に向けて歩いていく。
今の時間帯、家族は二階の広間で寛いでいるはずだ。
ゆっくりと階段を上がって行くサンタクララ。ビロードの敷物が都合よく足音を消してくれていた。
サンタクララの動悸は先程から早くなる一方だ。彼の鼻腔はずっとある臭いに反応していて、戦場などで覚えのあるその臭いに彼は静かに戦慄していた。
それは簡単に言えば鉄の臭い。
だがそこに混ぜられている錆の臭いが曲者だ。
つまり、正確に言えばそれは。
――血の、臭い。
二階に到達する。
より濃さを増した臭気に顔をしかめながら、サンタクララは廊下を進み、中程の大きな両開きの扉の前に立った。
大広間。だが、誰の話し声もしない。
ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けた。
ごおっ。
途端に廊下に何かが流れ出してくる。さっきよりも強く、濃い臭気。
もはや、これは。
サンタクララは手で口元を覆う。
――死の臭い。
果たして彼の目の前には。
広間の床にうつぶせに横たわるサンタクララの父。剣を握りしめたまま絶命している。おかしいのは、干からびたように全身皺だらけなことだ。
そして、その隣にサンタクララの母親が仰向けで倒れていた、父親と同じように干からびており、とてつもなく恐ろしいものを見た――眼のままで。
二人だけではない。
メイド、執事、よく知った顔が他に四人、床に散らばる形で倒れていた。床には量は少ないながら、彼らの流した血が点々とついている。
――よくも!
目の前が赫くなる。怒りに震える。だが、絶叫はぎりぎりで踏み留まる――と言うより。
「おや、まだ人がいたとは」
男の声、背後の――気配。
――こ、声が……?
この部屋はかなり広く、背後の声の主とはそれなりの距離がある。だが、その状態でもサンタクララは動けなかった。背後から流れてくる禍々しい魔流が彼を捉え、身体の自由を奪っていた。
信じられないことだが、男から魔力が生じていた。
魔力は普通、体内に取り込むものであって作り出せるものではないはずだ。しかし、明らかに男から魔力が生じ、流れ出していた。
「あなたも、私が」
暗闇で静かに男の声が――響く。
そして、次の言葉でサンタクララは男の正体を知る。
「血を吸ってあげましょう」
音もなくその場で浮かび上がる男。その瞬間、魔流がサンタクララの身体から逸れ、動けるようになった彼は咄嗟に床に伏せる。その頭上、飛んで来た黒ずくめの男が、突き出した拳を空振りさせる。男のマントが翻る。
――何て速さだ。
あと一瞬でも伏せるのが遅ければ、サンタクララは殴り倒されていただろう。
「やりますね」
サンタクララを見下ろした男の眼――黄金に輝いていた。
嘲笑うようなその口元に鋭い牙が閃く。
「生憎だったな!」
うつ伏せから仰向けになり、サンタクララはなるべく大きな声を出した。男をしばらく自分の目線に引きつける為だ。自分の整った顔立ちは、例え相手が男だろうと目を逸らせなくなる――サンタクララはそれを知っている。
浮かんだままの男は、背中の羽を少しはためかせ、ゆっくりとサンタクララを跨ぐようにして着地した。依然、サンタクララの挑戦的な目を睨みつけたまま。
男の目線の外で自分のズボンのポケットから小さな球を取り出すサンタクララ。
軽く握って魔力を流し込む。
――これでも喰らえ。
サンタクララは男に気取られないように球を投げつける。
「さあ、大人しく私の餌に――?」
自分の目線の外からサンタクララが投げ入れた球を思わず見てしまう男。
それは。
魔力に反応して一瞬だけ強い光を放つ魔法具。
「ぐわっ」
男は目が眩み、思わず顔を覆う。
目を閉じて閃光をかわしたサンタクララは立ち上がって片手剣を抜き、男の肩口に切りつけた。
手応えはあった。
袈裟がけに裂けた傷口から血が噴き出し、男はうずくまり、床に手をつく。
「皆の仇!」
サンタクララ、とどめを刺すべく剣を振り上げる。




