2-2 森のモフモフ
朝の日課なので、畑に水撒きをしていたら、足元でひぃちゃんとふぅちゃんが、わちゃわちゃし始めた。
「ん? どうかした?」
じょうろを一旦下ろすと、右手に糸が巻き付く。そのままやんわりと引っ張られた。
「どこか行くの?」
なんか連行される気分を味わいながら森を進む。
ひぃちゃんたちがいるせいか、魔獣には遭遇しなかった。
ヒュン、ヒュン。
進んでいると、何とも情けない声が聞こえる。
仔犬でもいるのかな?
仔犬が甘えるような鳴き声なんだもん。
とか、思ってたらアシダカ軍曹の姿が木々の合間から覗く。
アシダカ軍曹が、呼んだんだ。
「軍曹、何か用?」
アシダカ軍曹に近付くと、地面転がるモフモフが見えた。
白いモフモフ。
犬みたい。サモエド? あんなモフモフ。
体は一回りくらい大きいけどね。
白いモフモフは、前足後ろ足とも糸でぐるぐる巻きにされていた。口もぐるぐる。そうか、さっきから聞こえる鳴き声はこのモフモフか。
口が開けられないから、鼻から抜けるような鳴き声になるのね。
頭の方に回り込む。鼻先が長い。犬じゃなくて狼だった。でも、まだ子供かな。
モフモフは私を見ても、威嚇しない。ヒュンヒュン鳴く声が大きくなった。
えっと、名前は…
シルヴェリアウルフ? シルバーなの? 白じゃなくて?
あ、よく見ると毛が透明?
北極熊がこんな毛質だったよね。
もしかしてフォレストウルフより、珍しい個体かな。
「…で、これをどうするの?」
聞くと、アシダカ軍曹、ひぃちゃん、ふぅちゃんが前足を掲げた。
従魔の証であり指輪がはまっている足だ。
でも、みんなは従魔じゃないんだけどね。
だしだし、アシダカ軍曹たちが、足踏みをする。
「えーと、もしかして、この仔を従魔にしろ、とか?」
とりあえず思い付いたことを口にすると、アシダカ軍曹がびよんと跳ねた。
正解だったらしい。
「なんで、今さら従魔?」
みんながいるじゃない。
とは、思ったものの、アシダカ軍曹がしきりと勧めるんだから、何か訳があるんだろう。
私はモフモフの眼前にしゃがんで顔を覗き込む。
「聞いてた? 私の従魔になる?」
言葉は通じるのかな?
アシダカ軍曹が通じるから、そのつもりで話したんだけど。
モフモフは、甘えるように鳴いた。
どうやら、ちゃんと言葉が通じるようだ。
良かった。
「なるってことね。軍曹、前足の糸を切って」
セブンストーンの指輪を取り出す。
一応、これが私の従魔の証だからね。
糸が切られて自由になった左足に指輪を通した。
指輪は難なくモフモフの足に収まる。
何度見ても不思議だ。
輪ゴムでもないのに、何倍にも伸びる指輪。
セブンストーンの指輪も、やっぱりサイズアップすると可愛くなかった。
ちょっと微妙。
モフモフは、やっぱりまだ仔犬だわ。見た目以上に触感がモフモフ、ふかふか。
凄い触り心地がいい。
後で、モフモフを堪能しなくては。
「…名前は…シロじゃあ安直? いや銀? 白銀? 日本語はまずいか。シルバー…まんま過ぎるか。んと…銀は元素記号でAg…Agってなんて言うんだっけ? あ、アルゲンなんとか…アルゲン…アルジェン……もう、アルでいっかあ」
日本語名は回避しておく。万が一、召喚された人の耳に入ったらまずいから。
そうやって考えてたら、面倒くさくなった。
アシダカ軍曹はアシダカ軍曹だったから、考えるまでもなかったからね。
とりあえず、覚え易いのでいいよね。
「アルね。アル、決まり!」
宣言すると、モフモフの体が淡く光った。
従魔契約完了ってことかな。
アシダカ軍曹がさくさく糸を切るからそういうことなんだろう。
この子は、もう私にとっての脅威ではないと言うことだ。
アルは起き上がると、私の前でお座りをした。
モフモフ尻尾が揺れている。
つぶらな瞳が、可愛い。
ヤバい、マジ可愛い!
「よろしくね、アル…でもさ、本当に従魔になって良かったの? お父さんとお母さんはどうしたの?」
従魔契約は滞りなく済んだけど、アルの親が乗り込んで来たりしないだろうね。
狼って、群れを作るから、子供は取り戻しに来ると思うんだけど。
聞くとアルはしゅんと項垂れた。
耳がぺたりと倒れている。実に分かりやすい。
「もしかして、死んじゃった?」
アルはわふわふ吠える。沈んだ声じゃないから、違うってことか。
「じゃあ、はぐれた?」
今度は甘えた声を出す。当たりのようだ。
「そうか、はぐれちゃったかあ」
なら、仕方がないね。
何があったかは解らない。まだ、子供のようだし。一頭では、きっとこの森では生きていけないだろう。
もし生きていけたとしても、かなり過酷なものになる。
なら、私たちと一緒に暮らすのも、選択のひとつだ。
それを受け入れたアルは、かなり頭が良いと言える。
野生の動物は、人には簡単になつかないって言うもんね。
だから、こんなにあっさりと従魔にはならないと思うんだ。
まあ…アシダカ軍曹に脅されて、という可能性もあるんだけどね。
「じゃあ、一旦帰ろうか」
わふ。
一言答えて立ち上がるアルの背中に、ひぃちゃんとふぅちゃんがするするとよじ登った。
アルは嫌がらない。
自分がヒエラルキーの一番下にいることがわかっているんだろう。
糸を使われたら、文字通り手も足も出ないもんね。
アシダカ軍曹を先頭に、私たちは家へと帰った。
アルが家族の仲間入りをしてから、アシダカ軍曹は留守がちになった。
最初、二日ばかり帰って来ない時は、私も気を揉んだけどひぃちゃんたちが平然としているので、心配はいらないんだと何とか自分を宥めた。
そんな風に何日も帰らないことが増えた。
推測するに、自分の縄張りである迷いの森を見回っているんじゃないかな?
この家に落ち着くまで、アシダカ軍曹はずっと私に付きっきりだった。
町に行った時も、森の端っこで私の様子を見ていたらしいし。
主としては、縄張りを空けすぎていた。
自分の縄張りを守り維持していくためには、定期的に見回らないとまずいんじゃないかな。
でも、私をひとりにするのは気が進まない。
で、新たにと言うか、絶対に私に抗わない従魔を見繕った。そんな気がする。
そんなアルは、日中機嫌よく庭を駆け回っている。
夜はアシダカ軍曹の小屋で眠るし。
正に番犬と言う感じ。
その様子から、推測したんだけどね。
庭を守るのがアルで家を守るのがひぃちゃんとふぅちゃんたち。そんな棲み分けも出来ているようで、実に頼もしい。
これならアシダカ軍曹も安心だね。
2章はモフモフ成分多めになる予定です。




