23 これから頑張る
みんなとお別れです。
アシダカ軍曹の小屋も出来て、お風呂場も出来た。
ようやくウィリアムたちは町へと帰る。
昨夜は、折角作ってもらったお風呂場をクレアとジュエルにお披露目した。
クレアは嬉しそうだけど、お風呂に今ひとつ縁遠いジュエルは微妙な顔をしていた。
この世界、お風呂はメジャーじゃないのね。みんな、夏は水で冬はお湯で体を拭くだけなんだって。
シャワーでもなく拭くだけ! 私には耐えられない。っつーか、もう嫌なんだもん!
湯船に肩まで浸かりたい!
ここはシャンプーとコンディショナーとボディソープでジュエルも釣ってみた。
はっきり言って、ジュエルだけじゃなくクレアの食い付きも凄かった。
シャンプーとか、小瓶に分けてあげることになったもん…
さらさらの髪の威力を舐めてた…
やっぱ、私、女子力低い…
一応、どれもちょっとだけ良いやつなんだから効果も当然期待できる訳なんだけど。ちょっとだけっていうのが、女子力の低さか。
ともあれ、朝ご飯を食べたらみんなは出発だ。
クレアが焼いてくれたパンを食べながら、今後の予定を話さないと。
そうそう。パン作りはクレアに教わったよ。火や水の加減は、この三日で一生懸命練習した。
ちゃんとできれば、料理やお風呂に困らない。
今後の生活に密着し過ぎて、めちゃ力入った。今までにない集中力。私、やれば出来る子? ちょっと自信ついたわー。まさか、自分でパンが焼けるようになる日が来ようとは。
「ところでさ。次は二ヶ月後の予定じゃない?」
「多分問題ないぞ?」
「今のところ、二ヶ月後の予定なんかないよねー」
「まあ、それはいいんだけど…いや、良くないんだけど」
「何か、問題が?」
クレアが僅かに首を傾げる。
「来るの、一ヶ月後にしならないかな?」
「来月っすか? ミズル草は揃えられるんすか?」
「それは心配ないんだけど…私的にはもっと心配なことがあってね…」
「なんでしょうか?」
皆が身を乗り出す。
ミズル草は向こう一年は大丈夫だけど、今ここでの問題点は無視できない。
いや、無視されたら私が困る。
「今回、軍曹の小屋作りにみんなの滞在が延びたじゃない? それで持ってきた食料が大幅に減っちゃったのよー」
「あ」
「確かに」
「そーだよな」
みんな、今気付いたという顔になる。
「そうですね…七人分の食事ですしね」
クレアも失念していたと、顔を強張らせた。
「始めに在庫の確認をしておくべきでした」
「まあ、私がホイホイ使った訳でもあるし」
食材はみんな空間収納に入っているから、在庫がどれくらい、なんて私しかわからない。
私も私で、食材放出することにした時から、一ヶ月にしてもらおうと思ってたから、わざわざ言わなかったしね。
でも思ってた以上の減り幅だったのよね。七倍とまではいかないけど、毎日鍋二つなんだもん。そりゃあ食材もなくなるよね。読みが甘かった。
肉はアシダカ軍曹がなんとかしてくれるけど、野菜とか卵とか牛乳とかね。
頑張って、一ヶ月が限度じゃないかなあ。
食べ物は別にあるから、生きては行けるんだけどね。
「すまん、俺たちのせいで」
ウィリアムが頭を下げる。
「別にいいよう、軍曹の小屋作ってくれたんだから」
「来月、食材を持って来たらいいのね!」
ジュエルがやや食い気味なのは、何の理由があるのやら。
「何が必要ですか? 今まで使った食材ですと…」
クレアも食い気味なのは…やっぱり、シャンプー類か…
だけど、補てんとして名前が上がったのはこの三日で使ったものだった。粗方把握しているところが凄い。さすが、この話をした時に真っ先に在庫について言いだすだけのことはある。
「あ、追加があるんだ」
「…………ヤカンか?」
「ヤカンはいいよ。台所にあったし」
前にヤカンの名を叫んだことを、フィッツは思い出したらしい。
いいよヤカンは。幾つもいらないから。
「洗面器欲しいんだよね」
「洗面器?」
みんなが首を傾げる。
「洗面器じゃわからない? えっとじゃあ、これくらいの桶」
手で直径二十センチくらいの円を作る。
昨夜、お風呂に入る時、洗面器がなくて持ってきたボウルで代用したんだ。
ボウルはね。使いにくかった。すごい持ちにくかった。底の円みがさ、するんするん滑るの。
そう考えると、洗面器考えた人、偉い。
あの、お湯をなみなみ掬っても、手から滑り落ちない形。
ボウルなんか、三回は落としたもん。
「桶、ですね」
クレアが頷く。多分、クレアも昨夜のお風呂を思い出しているはず。
「わかりました。全て揃えて来月お持ちしましょう」
「え、クレアさん来月も来るの?」
「勿論です」
「ズルイっす。クレアさんが来るなら俺も来たいっす!」
クレアが頷くと、ブライスが直ぐ様騒いだ。
そんなブライスをクレアは冷ややかに見る。
…あのさあ。
この二人、過去に何があったの?
今さらながらに、気になる…気になるけど、今は聞くのは止めとく。
「貴方は別に来る必要はないのでは?」
「来るっす。大体、グンソウどうするんすか。慣れない人は無理っすよ」
アシダカ軍曹を引き合いに出して、ブライスは食い下がる。
「それはまあ、あるよね。軍曹のこと説明するのは面倒だよね」
アシダカ軍曹はここに出入りするもんね。
知らない人が来る度に、気絶してもね。
「まあ、人選はそちらで決めて」
「わかりました。それについては、来月までには決めておきます」
「うん」
「じゃあ、そろそろ出発するか」
片付けを終えて、みんなが立ち上がる。
外に出ると、小屋からアシダカ軍曹も出てきた。
小屋にぴっちり収まっているアシダカ軍曹…シュールだ。
みんなはもう慣れたもので、アシダカ軍曹に挨拶をしながら馬車へと歩いていく。
「じゃあ、グンソウ。リムのことは頼んだぞ」
「リム、また来月な」
「元気でね」
「うん、みんなも元気でね」
みんなが馬車に乗り込むと、コークスが馭者台に上った。
「じゃあなー」
「じゃあねー」
またねー。
馬車は走り出した。
私は、馬車が見えなくなるまで、手を振っていた。
馬車が見えなくなり、私は踵を返す。
「行っちゃった…」
残ったのは私ひとりだ。
つい、数日前にはひとりだった時は、寂しいとか思わなかった。
精神耐性のせいもあったんだろうけどね。
全然、平気だったんだよね。
でも、ウィリアムたちに出会って、町にまで行って。
わいわいと賑やかだったなあ。
「なんか、静かになっちゃったね」
これからひとり暮らしかあ。
呟く私に、ひぃちゃんとふぅちゃんが足元で跳ねた。
「そうだね。ひぃちゃんもふぅちゃんも軍曹もいるしね」
ひとりじゃないね。
「さて、なにをしようか。まずは、おばあちゃんの知恵袋みたいのないかなあ?」
まだ、家の中、把握してないしね。作業部屋なんて、触ってもいないよ。
家の中探検、から始めよう。
「なんか、面白いことできるといいね」
ひぃちゃんたちが跳ねるのを眺めながら私は新しい我が家へと帰る。
今日から、私の新しい日々が始まる。
のんびり、いきましょう。
2018年中で一旦終わりです。閑話等、予定してます。
ストック貯まったら、ニ章を始める予定です。
 




