飼いトナカイ
トナカイは、幼女のペットに進化した。
「わたしの名前はサラだよ! よろしくねお人形さん!」
屋敷の主人の娘である女の子サラは、トナカイに自己紹介をした。
「となかいなのよ! ……って人間には聞こえないのよね、となかいの声って」
トナカイも名乗ろうとしたが、残念ながらサラにトナカイの声は届かなかった。
「お人形さんに名前をつけないと。何がいいかなぁ……あ、もふもふだからもふ太にしよう!」
サラはトナカイをとても気に入ったようで、新しい名前をつけてくれた。
肌触りがきっかけでつけられた安易な名前だったが、サラはまだ小さな女の子なのでしょうがないのだ。
「もふ太! 今日は庭園に行こうよ!!」
「あんまりひっぱると、おててがとれるのよ!」
サラはどこに行くにもトナカイを引っ張り連れて行った。
「サラはとっても、元気なのねぇ」
今まで森の中で一人引きこもっていたトナカイにとって、サラに引っ張りまわされる日々はとても新鮮で楽しいものだった。
綺麗な庭園に植えられた様々な種類の草花を見て回ったり、敷地内にある湖のほとりで魚を眺めたり、ミニトナ人形をお互いに出して戦わせたりして遊んだ。
「ゆけぇみにもふ太2号!! ふぁいやーすとーむ!」
「なんの! となかい初号機はまだまだ戦えるのよ! 迎え撃てアイスストーム!」
ちなみにこのミニトナ人形は、じつはとても高性能な、持ち主の意思のとおりに動かすことができる魔道具である。
持ち主の魔力を利用して簡単な魔法も使えるため、ある程度の自衛手段として用いることができるのだ。
ただし、どれだけ繊細な動きをさせられるかは持ち主の才能と努力次第となるため、サラがなんとなく感覚でミニトナ人形を動かしているのは、とてもすごいことなのだ。
そんなことを、小さな子供と世間知らずなトナカイが知るわけもなく、ただおもしろいという理由でミニトナ人形で遊んでいた。
ちなみに、サラと人形で遊ぶために、となかいも自分用にミニトナ人形を作った。
「なぁ我が妻よ。最近のあの子は、元気すぎやしないか?」
「ま、まぁ子供は元気な方が良いですよアナタ。高い魔力を持っているみたいですし、将来がどうなるか不安……コホン、楽しみですね。」
サラの両親は、変なぬいぐるみと小さな変なぬいぐるみで遊んでいるサラに、将来の不安を感じたが、今までになく活発になった姿を見て考えないことにした。
「遊び終わったら、ちゃんと片づけないとだめなのよ!」
「もふ太が、これを片付け終わるまで遊んでくれない……」
トナカイは変なぬいぐるみに見えるが、とても面倒見がよかった。
サラが寂しそうにしていたらさりげなく隣に寄り添い、サラが外ではしゃいで泥だらけになったら、どこからともなく持ってきた水を抱えて駆け寄り、躓いてもろとも水浸しになった。
もちろん、後で母親にとても叱られた。
「サラは寝相が悪いのねぇ。おふとんが落ちちゃうのよ」
サラが眠くなったら一緒に布団に入りもふもふされ、布団がずりおちていたらやさしくかけ直してあげた。
「夜は、静かねぇ……」
ちなみに、トナカイに寝るという概念はなかったため、サラが寝てしまうと暇を持て余した。
そんな穏やかで楽しい日々が、これからも続くと思っていた。
「わたしも街に行きたい! ねぇ連れていって!!」
「お嬢様、私の一存では決められませんので……」
ある日、屋敷のメイドが街に買い出しに行こうとすると、サラがついていきたいと言い出した。
メイド一人に判断できることではないと、やんわり断られたサラは、メイドを連れて父親の元へ行き相談した。
「お父様! わたしも街を見て回りたいです!」
「うーむ……いくら領地とはいえ、外は危険なことがたくさんあるのだよ」
「そんなぁ。ちゃんと言うことを聞いていい子にしているから!」
「それでもなぁ、うーむ……」
悩む父親に対し、サラが奥の手を出した。
「どうしてもだめというなら……もうお父様とは一生口をききません!!」
「!? サラよ……そのような悲しいことを言わないでおくれ」
「ふーんだ!」
「ぐぬぬ……やむをえん、護衛を一人つけよう」
サラの奥の手に屈する父親であった。
「アナタ! そんなに簡単に折れてどうしますか!」
「仕方があるまい。このまま拒み続けたら勝手に外へ飛び出してしまうかもしれないだろう? それなら監視の目があるところで自由にさせた方がまだましだ。いいかいサラ、護衛の言うことをよく聞いて、勝手なことをせずいい子にしていないといけないよ」
父親もただ甘いだけでなく、ちゃんと許可した理由があったようだ。
「ありがとうお父様! お父様大好き!」
「そうかそうか! わたしもサラが大好きだよ!」
結局、護衛を一人つけて勝手に歩き回らないという条件で外出の許可が出た。
あまり外に出してもらえないサラは、わくわくしながらメイドについていった。
「もふ太もふ太ー。お家と違って、いろんな人がいるねぇ!」
「人がいっぱいなのねぇ」
もちろん、トナカイも一緒に連れてきた。
動く人形に見えるトナカイはとても目立つため、街の人の視線を集めた。
小さな女の子とトナカイが手を繋いで歩く様は、とてもかわいらしくほっこりさせられた。
「……おい、あのガキはどうだ?」
「護衛も少ないし、いいところのお嬢さんのようだ。あれにしよう……抜かるなよ」
しかし、中にはいかにも金持ちの子をさらい身代金を要求しようとか、よからぬことを考える輩もいたのだ。
「さすがにその荷物の量は大変でしょう。少し持って差し上げ……なんだ!?」
「キャーッ……モガッ!? ――!!」
それは一瞬の出来事だった。
メイドが大量の荷物を抱え、護衛が代わりに持ってあげようとメイドに視線を移したそのとき、隙が生じた。
急に煙幕で周囲が見えなくなり、サラの悲鳴と複数の人の気配が煙のなかで動いた。
「私としたことが……クソっ! お嬢様!!」
護衛はあわてて剣を抜いたが、視界の悪い状況ではむやみに振り回せない。
サラの声が聞こえなくなっており、既に連れ去られてしまった可能性が高い。
護衛は一瞬の油断に後悔しつつ、手を薙ぎ煙を飛ばした。
「――!? ――!!」
そこには、口にばってん印にテープをつけられて、もごもご言いながら必死にトナカイをさがすサラの姿があった。
どうやらサラを攫おうとした輩は、背丈の似たトナカイを間違えて攫ってしまったようだ。
「――! (もふ太! もふ太がいないの!!)」
「お嬢様、よくぞご無事で……すぐに屋敷に戻りましょう! こちらへ!」
護衛はサラが無事だったことに安堵しつつ、これ以上の危険をさけるために早急に屋敷へと全員を誘導するのであった。
大きな袋を肩に担いだがらの悪い男たちが駆けていく。
「予定通りだ……いつもの場所に向かうぞ!」
「暴れてくれるなよお嬢ちゃん。痛い思いはしたくないだろう?」
「残念! サラじゃなくてとなかいなのよ! 聞こえてないと思うけど!」
さて、トナカイを間違えてさらってしまった人さらい達だが、彼らとてバカではない。
普通は攫う対象を間違えるという初歩的なミスを犯すことはない。
ではなぜ間違えてしまったのか。
それは、全てトナカイのせいである。
煙幕が張られた瞬間、サラの危険を察知したトナカイは、素早くサラの口にテープを張ってふさぎ、以前着せ替え遊びで使っていたトナカイ特製のサラ変身セットを身にまとい、ついでにサラの頭にトナカイヘアバンドを被せていたのだ。
よく見なくてもトナカイの変装姿は残念だったが、煙幕の中のシルエットはギリギリサラっぽかった。
そして人さらいの手際が良く、その場で袋を被せて攫って行ったため、取り違いに気づくことができなかったのだ。
人さらい達は街の端にあるスラム街に逃げ込み、老朽化している建物の中に袋を放り込んだ。
「おらよっと!」
「もがっ!? 顔から落ちたのよ…….」
ぼふっとやわらかい音がしたが、人さらい達は特に気にすることなく、建物の扉を閉め施錠した。
「おまえの価値は、一体いくらなんだろうなぁ? お嬢ちゃーん! ギャハハハ!」
貴族の娘の身代金となれば、莫大な額になるであろう。
そう考える人さらい達が袋の中の残念なサラもどきに気づくのは、もうしばらく先のことである。




